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五話 あなたのことを知りたい

 出立の日。役所で挨拶を済ました二人は、村の入り口の片隅で立ち尽くす。

「わたし達って旅に向いてないよね?」

 先ほど、村から乗合馬車に乗って移動しようと思い、頭巾を被った美少女が馬車に近づくと馬が大暴れ。村の入り口は阿鼻叫喚。幸いにも、怪我人は出なかったが、馬が落ち着くまで乗合馬車は動けなくなってしまった。

「歩いて移動しかできないみたいね、顔を隠しながら」

 インフェリアイが地図を睨みながら呟く。

「えー、外を歩いている時ぐらいこの頭巾取りたいよ!」

 頭巾を被った美少女が近づくと馬が暴れてしまうのだ。道の端っこを歩いていたとしても、馬が暴れてしまうかもしれない。そして旅に出て分かったのが、美少女は外の世界を見るのが好きということだ、だから美少女は顔を隠しながら旅をするのは嫌だった。

「それなら道から逸れて進むしかないわね」

「そだね。それじゃあ行こっか」



 村を出てしばらく、馬車や人が行き交う道を視界の端にとらえながら二人は歩く。

「目的地はなんてとこ?」

「地図にはケルリア、と書いていたわ」

「どんな所かな」

「さあ? それを考えながら向かうのもいいんじゃないかしら」

「あはは、そうだね、楽しみだ」

 美少女が笑うと視界の端の方からなにやら声が響いたが、二人は気にしなかった。

「ケルリアへは道を真っすぐ辿るだけで到着するけれど、歩くと数日はかかる距離よ」

「それなら景色を見ながら気長に歩こうか」

 二人は風を感じながら進む。が、割とすぐに難所が待ち受ける。

「川があるね」

 二人の前を横切るのは広大な川、近くに橋がかかっているがなぜか人が多く、馬が多いため近づきたくない。

「ギリギリ飛び越えられるかしら……?」

「わたしは飛べないよ」

「それなら泳ぐ?」

「結構深そうだし、流れも早いよ」

「どうしようかしら」

「他にも橋がないか探してみようか」

「そうね」

 そして二人は橋の反対側へ向かって歩く、道に迷わないように川に沿って。

「なんかあの橋、大っきくて人が多かったね」

「……なにか蠢いていたけど、やっぱり人だったのね」

「あと馬も結構いた」

「栄えている橋なのかしら?」

「さあ?」

 など、ゆるい会話を交わしながら歩く。

 やがて橋が見えなくなるまで進むと美少女は立ち止まる。

「なんっも無いね」

「それなら戻る?」

 立ち止まったインフェリアイは首を傾げる。

 しかし美少女の頭には戻るという選択肢は無かった。せっかく歩いて来たのだ、このまま進めばなにかあるかもしれないし、橋がなくても、川の流れが穏やかになっていれば対岸へ渡ることができるだろうと。

「せっかくだし進もうか。別に先を急いでるわけじゃないしそれに、楽しそうだし」

「楽しい……ええ、そうね」

 少し考えた後、インフェリアイも頷く。

 人がいない自然の中を二人で歩くのも悪くない、なにかあっても美少女のテントが衣食住には困らないだろうと。

 二人の隣は広い川が流れている。辺りにも特に建物の類はなく、ただ緑の大地が高低を作っているだけだ。

 太陽はまだ昇りきっておらず、昼にはまだ早い。

「平和だねえ」

 しみじみと、美少女は水面に反射する陽の光に目を眇めながら呟く。

 そして不意に身体を傾かせると、そのまま地面に――倒れることはなく、インフェリアイに受け止められる。

「大丈夫⁉︎ 具合が悪いの?」

「あ、大丈夫だよ」

「よかった……心配かけないでちょうだい」

「ごめん」

 インフェリアイに立たされた美少女は口を引き結ぶ。

 美少女は緑の絨毯に倒れてみたかったのだ、天気がいいからさぞ気持ちいいだろうと。

「……地面に倒れてみたかったの」

「え、そうだったの? それは……悪いことをしたわね、ごめんなさい」

「全然大丈夫だよ、インフェリアイはわたしを守ってくれようとしたんだし」

「そう言ってもらうと助かるけど、立ったまま倒れると痛いわよ? それに地面に横たわると結構汚れるし」

 インフェリアイの言葉に少し考えた美少女だったが、湧き出る好奇心には勝てなかった。

「えー、でもやってみたいなー」

「……頭から落ちるのはだめよ」

「はーいお姉ちゃん」

「誰がお姉ちゃんよ‼︎」

 笑いながら美少女は身体を傾かせて、そのまま地面に――。

「ゔぇふぇっ」

 頭をぶつけた。

「いっった! 後頭部……!」

「だから言ったじゃない⁉︎」

「大丈夫……、ぶつけた……けど……最後だか……ら……」

 グッと親指を突き出す美少女だったが、インフェリアイにはそれは見えておらず。

「ああもう!」

 美少女を優しく抱え上げたインフェリアイだったが。

「ふぎゃ!」

 運ぼうとした矢先に躓いたインフェリアイ。抱えられていた美少女は僅かに宙を舞う。

「ちょ⁉︎ ぐふぇっ」

 咄嗟に頭を守った美少女だったが、背中は盛大にぶつけてしまう。

 インフェリアイは慌てて美少女に駆け寄る。

「ごっごめんなさいっ……大丈夫……?」

「痛いけど大丈夫……たぶん」

 美少女は顔を顰める。

「一回休んだほうがいいと思うわ」

「……そうだねとりあえずテントで休もうか」

 よっこらせと立ち上がった美少女は、カバンからテントを取り出すと平坦な地面を選んで広げ始める。

 テントを建て終えた美少女は、入り口近くに《近づくとぶっ飛ばされます》と書いた看板を設置する。

 美少女はインフェリアイを連れてテントの中に入る。

 インフェリアイを椅子に座らす。

 美少女は箱から牛乳を取り出すと鍋に入れて火にかける。

「先にお風呂入る?」

「私より美少女が入る方がいいんじゃないかしら?」

 コップを取り出しながら美少女は答える。

「いやーどうせこの後も歩いて汗かくだろうし、まだいいかな」

 それに頷いたインフェリアイは一瞬動きを止める。

「なんであなたが準備しているの?」

 怪我人でしょ? という目を向けるが。

「いやあ、インフェリアイはキッチンに立てないでしょ、目が悪いんだし。怪我でもしたら大変」

 程なくして、湯気が立つ牛乳を二つのコップに注いだ美少女はインフェリアイの正面に座る。

 美少女は牛乳を一口飲む。

「そういえば、インフェリアイのこと聞いていなかったよね? なんで攫われたの?」

 美少女が知りたいのは、自分と出会う前、なぜインフェリアイは攫われたのか、なにがあったのかということ。

「もう痛まないの?」

「あー痛いなー、インフェリアイになにがあったのか教えてもらったら治る気がするなー」

「あなた……強引よね」

「美少女だから」

 ため息をついたインフェリアイは顎に手を当てる。

「そうねえ……」

 インフェリアイは牛乳を一口飲み、一息ついた後。

「いつまでも言わないままっていうのもなんだしね」



 王都の外れにひっそりと佇む、身寄りのない子供達が過ごす小さな孤児院。

 孤児院の中で十七歳の私が一番年上だった、他の子はみんな十歳にも満たない、そして年長者だから院長の手伝いで年下の子の面倒を見ていた。

 寄付などで運営していたから、最低限の衣食住は確保できていた。

 それでも最低限だから、服は破れ、孤児院は雨漏りや隙間風が凄く、ご飯もお腹いっぱい食べられることは少なかった。

 それでもそんな環境で育てば逞しくなっていく。敗れた服を修繕したり、雨漏りや隙間風も自分達で改修、一日食事を抜いて、浮いた食費を次の日に足してお腹いっぱいになったりもしていた。

 そういった、大変だけど楽しい日々を私は送っていたはずだった。

 そんなある日。

「おねーちゃん」

「あら、どうしたの? リラ」

 夕食を終えた後、お風呂に入った子供達を寝かしつける前。

「いっしょにねよーよ」

 十歳の女の子のリラが私に声をかけて来た。

 リラは私が特に仲良くしている子で、よく二人で出かけたりもしていた。

「わかったわ」

「ほんとうに⁉ やったあ!」

 特に断る理由の無かった、私はリラと一緒に寝ることにした。

 そして就寝時間、並べられた布団の一角で、私達は同じ布団へと入る。その前に掛けていた眼鏡を近くの棚の上に置いて。

 孤児院の子達は、私が眼鏡をかけないとほとんど見えないということを知っていた。

 そして、みんなが寝静まっている深夜、寝ていた私をリラが起こした。

「おねーちゃん、トイレにいきたい」

 私は返事をすると起き上がって、棚の置いていた眼鏡を掛けようとしたけど、なぜか眼鏡がなかった。

 私は困惑したけど、別にリラのトイレに付いていくだけだ。明かりがなくて見えなくても特に問題ないと思い、そのまま付いていった。

「ぎゃう!」

 盛大に小指をぶつけたけど。

 足元に注意しながら、私はリラを連れてトイレへと向かう。そして、リラを待って戻ってきた。

「あら……?」

「おねーちゃんどうしたの?」

 違和感を感じて足を止めた私をリラが見上げる。

「いえ……。まあ、寝ましょうか」

 私はその違和感を気のせいだと思って、そしてリラを布団で寝かせようとして。

「なあ、あんた」

 不意にそんな言葉をかけられる。

 驚いた私は声をした方へ顔を向ける。

 部屋の中は暗くて相手の顔がよく見えないけど、その声の性質は舌足らずな子供ではなくハッキリと話す大人の声。明らかに孤児院では聞こえない声、私は瞬時に部外者と判断し、攻撃しようとしたけど。

「逃げて!」

 寝ている子供達を逃がす方が先、私は声を張り上げた。

「きゃあっ」

 突然の私の大声に、リラが驚いて悲鳴を上げるが、他の子達の反応はなかった。

 なぜ反応がないのか、私は訳が分からなかった、それでもリラだけはと、リラを抱えると外へ出るために壁を蹴破る。

 古い孤児院、壁もさほど分厚くないし簡単に壊せた。

 外から淡い月の光が差し込み、部屋の中を微かに照らす。

「え……⁉」

 照らされた部屋を見た私は思わず声を上げてしまう。部屋の布団には誰一人おらず、中にいたのは、私に目を向ける一人の子供だけだった。

「おいおい、その子は置いてけよ」

 その子の声音は、見かけによらず大人びた声、さっきの声だと判断する。

 そして、急にみんなが消えた⁉ でもどこに? それにあんな子供この孤児院で見たことない。そんな疑問が私の頭に湧き出で、私は硬直してしまう。それでも抱えるリラの震えが私の身体の硬直を解く。

 今はリラを守ることを考える。

 夜中でも騒ぎを起こせば衛兵達が気づいてくれるだろうと。そしてリラを預けて、他の子の所在をはっきりさせようと。

 そして私は孤児院から駆け出して王都の中心へ向かう。

「待てよこの野郎!」

 背後からさっきの子供の声がするが、私は待たずに靴も履かずに逃げる。

 足の裏に石が刺さって痛むけど、その痛みを無視して今はとにかく王都の中心へと向かう。いつも子供達と王都の中心へと向かう時に通る道、暗くて見えなくても道は覚えている。

「ふぎゃ!」

 そう思っていたけど、出かけるのはいつも明るい時間。月明りのみが頼りの夜、狭くろくに整備されていない路地。目の悪い私が転ぶのには十分すぎた。

 そして転んだ拍子に、私はリラを離してしまう。

 リラは私をしっかり掴んでいたけど十歳の力では簡単に振り落とされてしまうもの。

 そしてリラは地面に落下、焦った私は泣き叫ぶリラに駆け寄る。

「ごっごめんなさい! 大丈夫⁉」

 リラの身体を慌てて確認したけど私の目ではよく見えなかった。

「ちょおおっと! 大丈夫ですか⁉」

 すると突然、私の頭上、民家の屋根から一人の少女が降りてきた。

 少女は私に近づいてくると、抱えるリラの傍らに膝をついた。私はリラを抱きしめ、その少女から遠ざける。

 少女はなにかを呟くと私に向けて手を伸ばすと私の意識はそこで途絶えてしまった。


 私は目を覚ます、辺りは薄暗く、今は早朝かなと思うと、腕の中にあった温もりが無いのに気づく。私は弾かれたように起き上がり辺りを見渡しながら声を張る。

「リラ!」

「どわぁぁぁぁ!」

 すると、近くにいたのだろうか、誰かが絶叫しながら倒れた。

 私は慌ててその人に駆け寄ると肩を掴む。

「ねえあなた、リラはどこにいるの!」

 私は必死だった、通りすがりの人にいきなり聞いても相手を困らすということを考えられなくなるぐらいには。

「ひええ、怖い怖い。ちょっと落ち着いてよお姉さん」

 私が肩を掴んだのは淡藤色の髪に、翠色の瞳を持つ少女だった。

「痛いよ!」

「あっ、ごめんなさい!」

 無意識に彼女の肩を掴む手に力が入っていたらしく、私は手を離すと頭を下げる。

「うん、大丈夫。それよりもどうしたの? すごく慌てていたけど……?」

「リラが……、孤児院の子達がいなくなっていたの……」

 言ってもなんの事か伝わらないかもしれない、なんだったら私にもなにが起こっているのか教えてほしい、そう思いながらも私は、目の前の彼女に起きたことを伝える。

「それで気がついて今に至ると?」

 私が起きたことを全て伝えると彼女は困惑しているように見えた。

「ちょっと待って、王都の外れに孤児院なんてあったの?」

 もしかすると彼女は王都の中心に住んでいるから外れに孤児院があることを知らないのかもしれない。

「もしかするとあなたは知らないかもしれないわ」

「うーん、じゃあ案内してよ」

 彼女は腕を組み少し考えた後、指を立てた。

 私は少し考える。

 孤児院に戻ると子供に見つかるかもしれない、でもここでずっと話している方が見つかりやすいか? いや、関係ない。元々消えた子たちを探す予定だった、もしかするとリラも戻てっているかもしれない。

 他にも嫌な予感が頭をよぎるがそれを無視する。今は前向きに考えないといけない。

「ええ、そうね。案内するわ」

 私は頷くと彼女を連れて孤児院まで戻ることにした。


 あの子供に会うことはなく、無事に孤児院までたどり着く。

 昇ってきた朝日が辺りを照らす。いつもならみんなを起こして朝ごはんの準備をしている騒がしい時間。

 でも今はそんな騒がしさを微塵も感じない、ただの壁が朽ち果て、屋根もないただの廃墟だった。

「え……」

 呆然と建物を見やる私の隣で、彼女は困ったように言う。

「えっと……ただの廃墟だよ……?」

「そんなはずは⁉」

 建物自体は私の生活していた孤児院だ。そしてあの時は知っている道だったから見えなくてもある程度は逃げられたのだ、道を間違えたわけでもない。

 もしかすると私の目が悪いから廃墟に見えるだけかもしれない。私は建物に近づく、壁を蹴破った後がなかった、だから他の開いている所から中へ入る。

 ――パキッ。

 ガラスを踏んだのだろうか、私は足を上げる。そして気づいた。

 私は

「ねえ、お姉さん。大丈夫?」

 呆然としていた私の顔を彼女が心配そうに覗き込んで、目の前で手を振る。

「大丈夫? 一回休む?」

 私は頷いた。

 外に出て、腰を掛けられそうな所を探して、私達は並んで腰を掛けた。

 訳が分からなかった、孤児院に戻ってくるとそこはただの廃墟だったということ、靴を履いていなかった私が靴を履いていたということ。そしてなにより、子供達が消えていたこと。

「ここがお姉さんの言ってた孤児院? 私にはただの廃墟にしか見えないんだけど」

 人なんか住めたもんじゃないよ、と彼女は言いながら私に目を向ける。

「場所を間違えたわけじゃないよね?」

 私は頷く。

「夢でも見ていたのかしら」

「夢?」

「ええ、子供達と過ごす夢よ」

「うーん、それはあり得るかもしれない」

「ふふっ、それならもう少し裕福に暮らしたかったわ」

 孤児院での生活は私の見た夢の話だったのかもしれない。

「ごめんなさいね、訳の分からない事に付き合わせてしまって」

 私は彼女に頭を下げると立ち去ろうとする。

「探さないの? 記憶違いの可能性もあるんじゃない?」

「可能性なんて、あるのかしら?」

 状況からしてそれ以外考えられないでしょ。

「お姉さんが連れて逃げた子は? どこかに隠れているんじゃないの」

「……多分リラの事も夢かなにかよ。だって……よく思い出せないから」

 夢は時間とともに薄れていくもの。だから、少しすれば全て忘れてしまう。

「不思議な夢だね、その子の顔は思い出せなくても今に至る経緯は覚えているんだもんね」

 確かに彼女の言う通り、不思議な夢だ。私は彼女に目を向ける、そんな表情をしているかは見えなかったけど。

「そうね……それだけ、大切だったんじゃないかしら?」

 あの子達の顔は忘れてしまっても、あの時間は私に取って大切だったのかもしれない。

「なーるほど、それで行く当てはあるの?」

「適当に外にでも出ようかしら」

 夢を見る前はどうやって過ごしていたのか覚えていないけど、とりあえず王都から出てみようかしら。

「そっか、気をつけてね」

 彼女は立ち去る私に手を振る。

「ええ、ありがとう」

 私も手を振り返し、その場を後にする。

 そして王都から出て数日。どうして手ぶらで旅に出ていたのか、僅かな空腹を感じながら私は腰を下ろす。

 そして、どうしようかと考えていた時、背後から足音が聞えて。

 ――私の意識は途絶えた。



「それで次に目が覚めたらあなたに助けられたのよ」

 インフェリアイは湯気の立っていない牛乳を飲み干すと長く息を吐く。

 インフェリアイが落ち着いたのを確認すると。

「気になる点がいくつかあるけど」

 美少女は頬杖をつきながらインフェリアイを見やる。

「なにかしら?」

「まず、私と初めて会った時、インフェリアイは、『そうなのよ、眼鏡がね、無くなっていて……全く私としたことが』って言ったよね? その時、瞳に陰りが差したのは夢の内容を思い出したからってこと?」

「……目に陰が差したのかは私には分からないけど、その通りね。思い出すのはやっぱり夢だとしても辛かったわよ、今はまあ」

 インフェリアイは少し頬を染める、美少女はなにかを察すると次の質問をする。

「次、『攫われたのよ。……察していたくせに』ってインフェリアイは言ったよね? なんでわかったの?」

「それは目が覚めたら猿轡されてロープで縛られていたのよ、それ以外考えられないわ」

「まあそうだよね」

「ところで、あなたはもしかして、私の発言を一言一句覚えているの?」

 インフェリアイは少し額に汗を滲ませながら問う。

「気になったから覚えていただけだよ。それより、さっき『今はまあ』って言ってたよね? 今はなに?」

「なんの事かしら? そんなこと言っていないわよ」

 美少女がいたずらっぽい顔をしながらインフェリアイに顔を近づけるが、インフェリアイは早口で言うとコップを流し台へと持って行く。

「それはさておき、インフェリアイは記憶がないのね?」

 途端に真剣な声音で美少女は言う。

「ええ、夢を見る前はどうしていたのか、さっぱりね」

 インフェリアイは席へと戻る、そしてなんでもないといった調子で言う。

「まあだからといって戻したいとは思わないわ、今は楽しいし。戻す必要があればその時考えましょう」

「そだね、今は適当な旅を楽しもうか」

 美少女は笑うとおもむろに立ち上がる。

「もう痛くないし、そろそろ出発しますか」

「ええ、日が暮れるまで向こう岸に渡れるかしら」

 インフェリアイも立ち上がり流し台にコップを置いてきた美少女を待つ。

「ありがとうね、話してくれて」

 また一つ知ることができた、あなたのことを。

 そして二人は共に外へ出る。対岸に向かう道を探して。

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