『さあ、各チーム【負け残り】が出揃いました。それではこれより、トーナメントに移行します』
揃いも揃った、各チームの負け犬たち。
みんな顔が青白く、気分まが悪そうだ。死ぬかもしれないというストレスから、えづいてる子もいる。
そんな中でも、最下位の大本命が、大いに喚いていた。
鼓膜に響くほどの絶叫を垂れ流しているものの、誰も「うるさい」なんて叱責をする者はいない。そんな悲惨なこと、誰ができようか。
「落ち着け! 覚悟を決めるんだ! 私が応援しているぞ!」
だけど中には、反対に激励をする奴もいる。
ヒトミちゃんだ。体育会系のノリで空気を読まずに、力いっぱいサナちゃんを励ましていた。
腕相撲で俺に買ったことで、何か吹っ切れたようだ。さっきまで落ち込んでいた気持ちをカラッと切り替えて、最初に出会った頃のように、快活な力強さを見せた。
「はあ? なんなんアイツ。ウザくね?」
「同じチームになった仲間を応援することに、何の問題があるというんだ! 僕は、サナに勝ってほしい! 声援が100%以上の力を漲らせてくれることは往々にしてあるのは、身をもって体感しているからな!」
きっぱりと言い返されて、嫌味を口にした子はすぐに黙った。
「皆もどうだろう! せめて悔いのないように、同じチームになった子を、応援しないか? ……僕たちは、同じ境遇の、仲間なんだから」
ヒトミちゃんの信念の強さに、皆はたまらず、しんと静まり変える。
やがて、ぽつりぽつりと、小さな声が聞こえた。
それはたちまち、大きな渦となって、体育館に響き渡った。
「頑張れー! 負けないで! 一緒に生き延びよう!」
「リラックス! リラックスだよ!」
「ファイトファイト! 頑張ってー!」
格闘少女の想いが皆の心を震わせた瞬間だ。
みんな、各チームから送出した【負け残り】の彼女たちを、思い思いに激励しだした。
涙を流しながら、死なないで。生きてほしいとエールを送る。
トーナメント出場者たちもそれに呼応して、各々が泣いていた。
声援と嗚咽に満たされた会場内。
ここはたしかに、人の善意で溢れていた。
「ううう……ひ、ひ、ひどいよぉ……! みんな、みんな私を殺そうとしてるじゃん! 私も、私も、死にたくないのにぃ……!」
一人、悪意なき憎悪を纏ったサナちゃんがすすり泣く……。
この子は、ヒトミちゃんには悪いが、声援を力に変えることができないタイプの人間のようだ。
応援するくらいなら手伝ってよ。と考えるタイプだ。
だから仲間の応援を力にできない。
なんで私が……。そう思い続けて、過去に学ぼうとせず、同じ失敗を繰り返す。
『敗者! 菊池サナ! 二回戦に進出決定!』
「ああ、ああああああ……!」
案の定、サナちゃんはあっさりと負けた。
試合開始と同時に肘を離してしまったのだ。反則負けだ。
『敗者! 菊池サナ! 準決勝に進出決定!』
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……」
「が、頑張るんだサナ! 次がある! 次こそ勝とう! 諦めるな!」
「う、う、うるさい!」
今回、サナは頭がいっぱいになって、開始の合図前におっぱじめてしまった……。
当然、反則負けだ。
ヒトミちゃんが檄を飛ばすも、煩わしいと一蹴する。
『敗者! 菊池サナ! 決勝進出決定!』
「あああああああああ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 助けて! 助けてええええええ!」
今回はもう、普通に負けた。
何をしたらいいか分からなくなり、何もしないで、抵抗の一切もなく負けた。
誰よりも生きたいと願う一方、彼女は誰よりも【生き下手】過ぎた……。
『決勝戦を始めます。菊池サナVS佐志トモコ! 前へ!』
──二人とも、慣れた足取りで机に向かう。
ここまで負け続けて、何度も腕相撲をしてきたのだ。貫禄が違う。
二人とも、負け犬の絶望顔が染み付いている……。
佐志トモコちゃんは、低身長かつ細く痩せた、見るからに非力な子だ。
ピアスを両耳に何個も開けていて、黒を基調としたパンクロックな風体をしている。
サナちゃんはとにかく胸がデカい。胸だけでトモコちゃん一人分あるんじゃないかってくらいでかい。
単純な体積で言えばサナちゃんが有利に思えるが……。
ダメだ。彼女が勝てるイメージがぜんぜん湧かない。
「サナちゃん……」
両手を祈るように合わせて、心配そうに見守る看護師のナツキさん。
俺もその行く末に、拳を握る手が震えるよ。
「サナって言ったっけ。悪いけど……今回は運がなかったってことで、大人しく死んでくれよ。……これまで無様に負け続けたようにさ」
「……勝たなきゃ……勝たなきゃ、勝たなきゃ……」
「今までの試合見てきたけど、テンパリすぎて、勝負にすらなってなかったよね。今もかなり、人の話聞いてないみたいだし……。頼むから、せめてこの試合が終わるまでそのままでいてくれよ」
「もう失敗できない。もう失敗できない。もう失敗できない……もう……!」
まるで会話になってない。
トモコちゃんの挑発に乗る心配がないというメリットはあるか……? いや、ないな。
「……こりゃ、ウチの希望が叶いそうだね」
もはや対戦相手に呆れられる始末だ。
トモコちゃんは、彼女自身も全戦全敗であるなんて感じさせないくらいの強気で机に肘を乗せる。
サナちゃんも、もうすでに幽霊のようにゆらりと机につく。二人の手が結ばれたことで、ああまだサナちゃん生きていたんだとようやく認識できた。
だけどもう間もなく……。
彼女は死ぬ……。
『泣いても笑ってもこれがラストバトルです。レディ……!』
そして、運営のゴッ! の掛け声とともに……。
トモコちゃんが負けた。
サナちゃんは、このデスゲームで初めて腕相撲らしく振る舞い、難なく、トモコちゃんの細腕に押し勝った。
「──へ?」
「勝たなきゃ、勝たなきゃ、かた……あれ?」
こんな結末、あんまりだな……。
サナちゃんは、これまで散々反則負けを繰り返していたおかげで、腕力はほぼマックスだ。
かたやトモコちゃん。
まともに対戦をし続けて、全力で相手に立ち向かい、負けてきた……真面目な人だ。
腕力は限界をとっくに超えていただろう。
筋力マックスと筋疲労マックスの二人が、まともに戦ったなら……勝敗は見えている。
問題は、筋力マックスでも、精神力がマイナスに急転直下で、まともに戦える精神状態じゃなかったという点なのだが……数撃ちゃ当たるってことか?
最後の最後で、大当たりだ。
この勝負、サナちゃんの勝ち。
『敗者! 佐治トモコ! 失格決定! ──死んでもらいます!』
「え……え……?」
信じられない。何が起こっているのかわからない。
トモコちゃんは、瞳孔とまんまるの目を見開き、ガタガタと震えて、失禁していた……。