「ふざっけんなっ!!!」
怒声一発。……いや、二発。
俺が放った咆哮とハモって叫ぶ黄色い声があった。振り返ると、金髪の学生服姿をした……!
「ギャル!」
「いや属性で呼ぶなし」
自己紹介の時に彼女は下戸山アスナと名乗った。でもギャルなんだもの。ついそう呼んでしまう。お酒好きそうなのに、苗字に下戸なんてつくのも、イメージと合わないし。
……先ほどの乱闘で、ギャルは左目を負傷して、包帯を巻いている。治療が終わると、はあとため息をついて「マジ、サイアク。髪型変になるじゃん」と言っていた。最悪ってどういう意味だっけ。
声を上げてくれた、気持ちは分かる。それに自分以外にも抵抗してくれる人がいるのって、すげー嬉しかった。
だけど、そこまでにしておいてくれ。
犯人は、俺たちの人権なんて意に介さないイカレ野郎だ。逆鱗に触れて、どんな制裁が下るか、わかったものじゃない。
「ギャル。ありがとう、でもあまり目立つようなことはするな。後は俺に任せろ」
「はあ? いや無理。言ってやらなきゃ気が済まないから」
「ダメだって! 何されるかわかんないだろ!」
「うるせーな! ビビってんじゃねーよ!」
ビビるに決まってんだろ! お前殺されるかもしれないんだぞ!
ただでさえお前……喧嘩すげえ弱いじゃん!?
さっきもめちゃくちゃ一方的にやられてたんだろ!? ほっそい腕でさぁ! 胸の肉付きはいいくせに、不健康な体つきしやがって!
いや実際、相手が銃とか、武器持って殺しに来たらどうにもできないけどさ、でも最低限の護身すらままならないのがお前なんだぞ! どうにもならなくなる前に、下手な挑発はやめとけって!
「おや、元気がいいですね。下戸山アスナさん」
ほら目をつけられた! もう黙ってろお前!
「は? キモ! フルネームで呼ぶとかコミュ障っぽいの、陰キャのオタクくさくてマジムリなんですケド」
「挑発すんなって!」
死にたいの!? それともまだいけるとか思ってる!?
一人で勝手に暴言チキンレースしてんじゃねえぞ!?
「本当に元気がいいですね。……このままでは少々、あなたの存在は、進行に支障がきたすかもしれませんね」
「すまない! 黙らせる! すぐ黙らせるから! 何もするな!」
抑揚のない電子音は、しかし苛立ちを含んでいることが伺えた。もうチキンレースは終わりだ。ギャル、お前、前輪飛び出してる。もう落ちる寸前だから!
俺は即座にギャルに飛びつき、その口を塞いだ。
だが、手で口を覆ったくらいでは、ギャルは止まらなかった……。
じたばたともがいて、俺の手を振り払い、更なる怒りでもって、小馬鹿な態度をとってしまう。
「はぁ? だったらなに? なんでも自分の思い通りになるとか思ってんの? バカじゃん! そんなこと本気で思ってるの、バカか小学生だけだよ? 頭大丈夫? てか大丈夫ならこんなキモいことしてねーよな! ごめんごめん! ただのバーカ! 死ねっ!」
ギャルは完全に、崖から落ちた。
『はやり、ここまで反抗的な方がいると、進行に支障がでますねえ。……よって、下戸山アスナさんを、処分いたします』
――背筋が凍り付く。処分ってなんだよ、まるで物か家畜みたいに、人をそのように呼ぶ奴がいるか?
そしてその言葉を電子音性が放った瞬間……ギャルは、宙に浮いた。
「は?」
「え? ……え? え? なに、これ? どうなってんの!?」
急にふわりと空中に浮かび始めたのだ。俺の目の前で、一メートルくらい浮き上がる。
ギャル本人も何をされているのかわからないといった様子で、浮き上がった事実に、ただただ驚愕と、ただならぬ恐怖を感じていた。
「うそ、ヤダ、なにこれ、降ろして! 降ろしてってば!」
「やめろ! 俺がよく言い聞かす! だから処分はやめてくれ!」
信じられない。人が空中を浮くなんて、あり得ない。
だけど現に目の前で起こっている異常性。そして間もなく起こるだろう、悲惨な結末を予想して……誰もが息をのんだ。
俺が必至で食い下がるも、もはやこれは、誰にも覆せない……。
「やめろ! おい! もうこいつに文句は言わせないから、早くおろせ! おい! 頼むよ!」
『これは決定事項です。下戸山アスナさんの処分を開始します』
「ぐあっ……! く、くるしぃ……! い、痛、い、よぉ!」
ギャルが途端に苦しみだした。何をされているんだ? くそ……! 俺は、何もできない!
超能力。心霊現象。魔法……。そんな言葉が頭の中を駆け巡り、そんなどれに対しても、俺は、抗う術を持ち合わせてはいなかった。
『執行』
「いやあああああああああああああああああ!」
「やめろおおおおおおおおおお!」
――バチュン。
何かが千切れる音がした……。
俺は、訴えることしかできず、目の前の状況に……目を逸らす。
誰も、何も言えない。
無機質な音声のみが、淡々と響いた。
『これは見せしめであり、皆さんへの警告です。今後はこのようなことにならぬよう、言動にはくれぐれも注意してください』
ふざけるな……!
ふざけるなふざけるなふざけるな!
どうしてこんなことをするんだ! 俺たちが……何をしたっていうんだ……!
怒りの訴えは、心の中に留めるしかできない。
そして、ついに、この状況に耐えられなくなって、一人の悲鳴が、体育館を震わせたのだった……。
「いやあああああああああっ! な、なんで!? 服が弾け飛んだんですケド!? きゃああああああああああヘンタイ! ヘンタイ!!!」
悲鳴の主であるギャルは、怒りと羞恥心に、泣きながら叫び散らすのだった。
よ……。
よかったあああああああああああああああ!!!
殺さないんだ!? 服だけでいいんだ!? よかったああああああああああああああ!!!
マジでほっとした!!!
……いやしかし、俺があのまま反発し続けていたら、俺がこうなったのか……。
マジで、今後口答えは、できる限りやめておこうかな……。俺の服がはじけ飛ぶなんざ、公然わいせつが過ぎる。
『さあでは、気を取り直してオリエンテーションといたしましょう。さあ、楽しい楽しいデスゲームです。――この中で最低でも一人は、死んでもらいますので、みなさんは覚悟を決めておいてください』
こうして不吉に始まった、オリエンテーションという名のデスゲーム。
ほかの親切な女子たちがギャルにそれぞれ衣類を貸してくれて、ギャルは泣きべそ顔になっていた。
マジでお前、今後調子に乗った発言は控えるように。