耳を覆いたくなる悲鳴。骨がぶつかる音。肉が潰れる音。
痛いと叫ぶ声に、つい走り寄りたくなる。
……だけど、そんなことをしたものなら、どうなるか目に見えている。
俺が庇ったばかりに、その子が、他の女性たちに袋叩きにされるのだ。
罪状は、俺の気を引いたセックス未遂。そんな抜け駆けは即リンチの対象となる。えげつなくて容赦のない、血祭の開催だ。
だけど、俺だって何もしないわけにもいくまい。女性たちがこうして、必死に命を賭けて殴り合っているというのに、男の俺がどうして黙っていられるんだ。
そして、最悪なことに、この血みどろの戦いの果てに待ち受けているのは、死屍累々の上で行われる、史上最低のセックスだ……。
……無理だろ。
勃たんだろ、俺……。
痛みにもだえ苦しむ数多の女性の恨みの視線を浴びながら、そんな行為に至れるわけないだろ! 俺だって一人の正常な倫理観を持った人間だ! 人間なんだ!
それもそうだし、何より、セックスした人以外のみんなが死んでしまうなんて状況が耐えられない。
真相は不明だが、現に知人や肉親が被害にあっているという子もいるのだ。到底信じられないが、しかしこうして、何者かに閉じ込められているのは紛れもない事実。
むやみに、人の命を奪ってしまうかもしれない行為に及べない……。というか普通に、この状況でセックスは無理。
だからここは一旦、落ち着こう。
冷静さを欠いたらおしまいだ。欠いた結果が現状なのだ。
これ以上被害が出る前に、なんとか……!
とにかく、訴えるしかない! 暴力はやめろと! それじゃあ何も解決しないと!
人間には言語がある。力を行使しなくとも、話し合いで解決できるんだ!
「おい、みんな! やめてくれ! 少し落ち着いて、話し合おう!」
……返事はない。
ただ怒鳴り声と、悲鳴と、打撲音が響くのみである。
何も変わらない。俺の呼びかけに、何の価値もないと、誰もがそう思っている証拠だ。
――めげるな! 声を張れッ!
「おいって! 頼むよ! みんな、手を止めろ! おかしいだろ! こんなの!」
「うるせーよ、バカ!」
決死の叫びに、ムカつくレスポンスが返ってきた。
この声はギャルだ。大乱闘でみんなゴチャゴチャしてるから、どこから聞こえてきたのかわからない。
見渡していると、再度ギャルが怒号する。
「おめーはさ、もう黙ってろよ! これに勝ったヤツの景品でしかねーんだからさ! せめて身綺麗にして待ってろよ!」
「景品!? ひどくね!?」
なんちゅう酷い言い草だ。あ、ギャルの姿をやっと見つけることができた。
文句の一つでも言おうとしたが……止めた。
代わりの言葉が口をつく。
「お前、大丈夫かよ……」
「うぜー」
ギャルは片目を閉じていた。閉じた目から、血が頬を伝って、一粒一粒、床を濡らした。
「な、ナースの人! ちょっとヤバイ! すぐこっち来てくれ!」
こんな中でも少数は戦いに参加していなくて、その一人である看護師さんを呼んで、ギャルにあてがう。
ギャルは肩で息をしながら悪態をつくも、黙ってナースの治療に従った。といっても、医療道具もないこの場で出来ることなんて、限られている。
それにナースは少しだけ包帯や痛み止めの薬なんかを持ち歩いていたようだが、それらもとっくに使い切っていた。
それだけ、負傷者がすでに多数出ているのだ。
これじゃもう、いつ死人が出てもおかしくないぞ。
かといって、皆に俺の言葉は響かない。ギャルも言っていた。俺はただの『景品』だと。
確かにそうだ。別にみんな、俺のことが好きすぎてセックスを待望しているわけじゃない。
ただ、死にたくないから俺とセックスがしたいだけであって、俺の意見とかは関係ないんだ。
言ってしまえば、俺なんて喋るソーセージみたいなもんだ。
ビーチフラッグよろしく、ただそこに突っ立って、勝者の手に渡るのを待ってればいい。そう思われている。
男として、なかなか情けない状況だな。いやもしもみんな俺のことが好きすぎて暴走しているだけなら、どんなによかったことか。なんせ、みんなとセックスすればいいだけだもんな。
だが、ここはそうもいかない異質な空間。一人としかセックスできず、それ以外はみんな死ぬ。と、ここにいる女性たちは思っている。
……なんだか腹が立ってきた。
だって実際は俺のことなんて誰も好きなんかじゃなく、我が身が助かりたい一心で、俺とセックスしようとしている。
なのに俺には発言権すらない。
だから、ここにいる全員に、絶対に、俺の言うことを聞かせたくなった。
「みんなああああああ! 聞けええええええ!」
人生で一番じゃないかと思うほどの大絶叫をかましてやった。
思わずみんな、俺を見る。
殴る手を止め、叫ぶ声を止めて、何事かと振り向いた。
また暴力的行為が始まる前に、すぐに次の言葉を紡ぐ。この一言で、絶対に皆は争いを止めざるを得なくなる確証を持って――!
「今からこれ以上、誰かを殴った奴。俺はそいつと絶対にセックスしねえから」