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カザリア研究所での事を思い出しながら食事を終えると、食べ終わるのを見計らっていたかの様に病室のドアがノックされる。
病室のドアがノックされ、片倉が「どうぞ」と答えると、前田というネームプレートをつけた看護師が明るい声で入室してきた。
前田は「どうもどうも~」というなり、部屋の片隅へ向かう。
そこには透明なガラスの培養槽が置かれており、中には人間の腕が浮かんでいる。
これは片倉の体組織から培養した、正真正銘片倉の腕だ。
探索者にとって部位欠損くらいなら骨折程度の感覚で、しかるべき医療機関なら失った部位をどのように再生するかもある程度選択が可能だったりする。
薄青い培養液に浸されながら、少しずつ、じっくりと成長しているそれを前田は楽しげに眺めた。
「大分育ってきましたね〜♪」
前田は呑気そうに言いながら、培養槽を軽く指でトントンと叩く。
片倉はその様子を一瞥し、軽く息をつく。
「本当に生身でいいんですか? 菱方重工のサイバネティクス・アームは生身とは比べ物にならない性能ですよ。少しお値段は張りますけれどね」
前田の言葉に片倉は首を振った。
「いえ、出来れば生身の腕が良いです。それにそこまで懐に余裕があるわけでもありませんから」
「そうですか」と残念そうに前田は言って、ふと思い出した様に「そうそう、城戸さんから面会の連絡がありまして……」と付け加えた。
──彼か
脳裏に赤い髪の青年の姿が浮かぶ。
城戸 晃(キド アキラ)──単独探索者だ。
協会所属の単独探索者で、等級は片倉より一つ上。
自信家で、傲岸不遜。
派手な見た目とビッグマウスと癖が強い。
しかし、カザリア研究所ダンジョンの入り口で行き倒れている片倉を発見し、病院に運び込んだのはその城戸であった。
「何時頃来るとか聞いてますか?」
片倉が尋ねると、前田がどこか落ち着かない様子を見せた。
「え、ええと……」
「今だ」
そんな声と共に、ドアが開けられ──
◆
「単独探索者に憧れる奴は案外多い。5000人の探索者がいれば250人はいるだろう。なぁ片倉、3年後、この中で何人が生き残ると思う?」
赤髪の青年、城戸が尋ねた。
「さあ……50人くらいは居るんじゃないですか」
単独探索者の生還率が低い事くらいは片倉も知っている。
「俺も知らねえ! なぜなら知る必要がねえからだ!」
城戸は燃える様な赤い長髪をかきあげながら続ける。
「ワナビが何百人とくたばろうと俺には何の関係もねえからな。勿論俺はワナビじゃあねえ。俺は達成者になる男だ」
ワナビとは有名人や人気者などに強くあこがれ、それになりたがる者を指すスラングだ。
英語の「want to be(……になりたい)」の略で、あこがれて真似をするものの、実績や実力が伴わなかったりする者に対しての蔑称である。
「達成者、ですか」
片倉はその言葉をかみしめるように繰り返した。
達成者──それはただ "攻略" するのではなく、異領管制省が認定する国内のすべての甲級指定ダンジョンを "完全攻略" した者のみが認められる称号だ。
攻略はダンジョンから一定の成果を持ち帰ることだが、完全攻略はまた違う。
ダンジョンの最奥部から、そこにしか存在しないダンジョン素材を持ち帰る必要がある。
最難関の領域へ挑み、価値ある素材を持ち帰る──それが完全攻略だ。
これを国内全ての甲級指定のダンジョンでやるというのは、自殺の手段としては首を吊るほうがまだ消極的と言える。
しかし城戸は自信満々に胸を張り、片倉の視線に鋭い眼差しをぶつけた。
「俺は、達成者の座を狙ってるんだよ」
「本気で甲級全制覇を目指すってわけですか?」
片倉の問いに、城戸は笑みを浮かべた。
傲慢な笑みだが力強い。
「どう思う?」
城戸は片倉に尋ねた。
「どう、とは」
片倉の反応は鈍い。
どう思うと聞かれても、片倉からすればどうとも思わない。
自分は自分、他人は他人だからだ。
更に言えば今の片倉は
本来、赤の他人の突拍子もない野望など聞く耳を持たない男、それが片倉なのだが──
「だからよ、別に難しい話じゃねえんだ。どう思うかってのをそのまま言えばいい。別に嗤ってくれてもいいぜ、だからって助けてやった謝礼をしろとは言わねえよ」
片倉は意外にも真剣に考えこみ、ややあって「今のままじゃ難しいんじゃないですか」とだけ答えた。
「俺が弱いと思うか?」
城戸の言葉に、片倉は「いえ」と否定する。
「城戸さんは強い。ただ、俺より少し強いくらいじゃ難しいんじゃないかと思っただけです」
「……そうかい。ところで、お前さんはなんで単独探索なんてやらかしたんだ?自分の実力が分からないほどトチ狂ってるわけじゃあねえだろう」
「俺はダンジョンを100箇所ほど廻らなきゃならないんです」
「
「特異個体っているでしょう、ああいうのも全部斃さないといけない。どう思いますか?」
「……そうだなぁ、無理じゃあねえかなあ。俺より少し弱いくらいじゃ流石にな」
先ほどの意趣返しかと片倉は思い、口元に笑みを浮かべた。