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第37話【単独探索①】


 ◆


 それから以蔵との会話は世間話に終始し、最後には互いの連絡先を交換してその場を締めくくった。


 片倉も以蔵も人付き合いが得意な方ではないが、不思議と馬が合った。


 負け犬の遠吠えと言ってしまうと聞こえが悪いが、互いに瑕のある者同士の方がより早く、深く親しくなれることもあるのだ。


 ・

 ・


 帰路、片倉は以蔵の話を思い返す。


 単独探索は単純に1人で探索するから大変なのではなく、ダンジョンからの何がしかの干渉を受ける可能性が高いと見て良さそうだった。


 ──ダンジョンは挑戦を好む、か


 "山"の事を考えればありえる話だと片倉は思う。


「誰がダンジョンを創り出したか知らないが、随分と悪趣味なことだ」


 片倉は舌打ちして、ふと視界に入ったコンビニにふらりと入り、煙草を一箱とライターを購入した。


 ◆


 自室で久しぶりの紫煙をくゆらせながら、片倉はテーブルの上に置いてある瑞樹の遺品──眼鏡を眺め、それをテレビの横に置く。


 ふと思うところがあったのだ。


 ここ最近、相手の考えていることが妙にわかるということが頻発した。


 心の声がはっきり聞こえるというわけではなく、本当になんとなく"ああ、〇〇なのかな"くらいのふんわりとした感覚だが、確かに以前にはなかったものだ。


 考えられることは1つ。


「PSI能力、か?」


 PSI能力が後天的に発現することはままある。


 だが、やはり生来の気質が大きく影響するため、そこまで強力な能力に目覚めることはあまり例がない。


 ──今度検査を受けてみるか……


 片倉は心のメモ帳に書き記し、バッと窓の方を向いた。


 ──今、人影が見えなかったか? 


 カーテンを開けて、窓もあけて、周囲を確認してみるが何も怪しい影はない。


「気のせいか……」


 そう呟いて、再び瑞樹の眼鏡に目をやる。


 見るたびに思うことだが、片倉にはいまだに瑞樹が自身を助けた理由がよくわからない。


 教えて欲しいと思っても、瑞稀はもういない。


 さらに言えば、小堺や沙耶、海鈴らがあの蛙のモンスターに逃げずに立ち向かった理由もよくわからないのだ。


 蛙のモンスターと片倉は、前者が優勢ながら一時的に拮抗した戦闘を繰り広げていた。


 逃げ切れるかどうかはともかくとして、片倉を置いて逃げ出しても仕方がない状況といえる。


 なのに彼らは全員その場に踏みとどまり、戦い、命を散らした。


「結局、生き残れたことを良しとして、ダンジョンに潜り続けるしかないんだな」


 呟き、あらためて意思の在り処を確認する。


 出来るか出来ないかではない。


 やるかやらないかなのだ。


 ならもうやるしかないではないか。


 片倉はため息をつき、テレビをつけた。


 合わせているのは探索者向けの専門チャンネルおり、ニュースキャスターが各地のダンジョンや探索者事情を伝える。


 どこそこのダンジョンでこんな希少素材が産出されたとか、どこぞの企業でこんな商品が開発されたとか、はたまたこんな探索者団体が発足しただとか。


 真に価値がある情報は相応の対価を積まねば得られないが、探索者界隈のおおざっぱな情報を知るくらいならニュースで十分だ。


 ──『六道作業所が本日、ダンジョン内での探索と戦闘に最適化された新型銃器の開発に成功したと発表しました。このハンドガンは探索者自身の握力を利用して圧力をかけ、金属弾を射出するという革新的な仕組みを採用しています。従来の銃器はダンジョン内では威力を大きく減衰させますが、新型銃は探索者の力に直接依存することで、この課題を克服しています。探索者が握る強さに応じて圧力が変動し、その圧力を利用して金属弾を発射します。銃弾本体はどんなものであっても良く、また、スリンガー型の投射武器よりも安定した姿勢での射撃が可能となります』


 ──『福井県K市の清浄寺がダンジョン化しました。バブル期の負の遺産とされるこの寺は、これまで市の予算により維持されてきましたが、今後は国の重要資源として管理され──……』


 ──『千葉県船橋市のダンジョンで、モンスターがダンジョンの外を歩いていると通報があり、駆け付けた警察官とモンスターが戦闘になり複数の死傷者がでました。モンスターは既に協会所属の探索者により倒されておりますが、初動対処の遅れなどが──』


「ダンジョンからモンスター、か」


 カイト、アヤ、そしてMIRUの事を思い出す。


 ダンジョンからモンスターから現れるという現象は皆無ではない。


 だがそれは条件を満たした上でのことだ。


 これまで確認されている条件とは、ダンジョンそのものが長期間放置されていた場合で、ダンジョンの浅い層からモンスターが溢れてくることがままある。


 だから国や地方自治体は躍起になって日々ダンジョンを捜索したりしている。


 そして一般人に対して男女の出入りを禁止しないのもこの辺に理由があった。


 ダンジョンに人が入場すれば放置されていることにはならないのだから、都合がいいというわけだ。


 当然この国の姿勢には方々から大きな反発があったが、そういった反対活動は国家権力により叩き潰されてしまった。


 ともあれそういう特殊なケースでのみモンスターがダンジョンの外に出てくるというわけで、では船橋のダンジョンはどうなのかと言うと、日々探索者の出入りがあり、放置されていたとはとても言えない状況だった。


 ──トー横もそうだったな


 カイト達がもしモンスターとして変容してしまうか何かして、片倉にあった時にはすでに人ではない何かだったとしたなら、これはつまりモンスターがダンジョンの外を自由に歩いていたということで──


 ──どうにもおかしなことになってきたが、分からないものを考えていても仕方ないな……


 片倉はそう割り切る。


 ダンジョンの中は様々な"変化"に溢れ、探索者たちはそれに対応していかなくてはならない。


 それがダンジョンの外にも波及しただけのことだ。


「単独探索、考えてみるか。まず一度くらいはな」


 とはいえいきなり高難度のダンジョンに潜って死んでしまってはかなわないと、片倉は端末を取り出して近場の手頃なダンジョンを物色し始めた。


「よし、丙-1か、この辺りなら丁度よさそうだ」


 丙-1指定ダンジョンは難易度的には下から三番目で、そこまで難しいというわけではない。


 ただ、単独だとより困難が増すという以蔵の言葉を受けて、乙-3程度の難易度を見込んでいた。


 そして数日後。


 ・

 ・

 ・


 片倉は都内の探索者専門の病院で、病院食を食べていた。


 命からがらダンジョンを脱出して、そのまま倒れて意識を失ってしまったのだ。


 "攻略" こそ出来たものの、負った傷は重く、そのままだと確実に死んでいた。


 しかし心ある者へ病院に連れていかれ──結句この様である。


 ──参ったな……


 片倉はモソモソと病院食を口にしながら、初めての単独探索行の事を思い出していく……


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