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──それにしてもモンスターが出ないな
片倉がそう思った矢先だった。
「女の子?」
瑞樹が呟く。
少女が一人前方から歩いてくる。
位置的にカイトたちがカチ合うはずなのだが、少女はカイトたちの横をすり抜け片倉達に向かってくる。
「まずモンスターでしょうね、あの少女は。分かってはいましたけど黒ですか。俺たちはまんまと釣られてしまったみたいです」
「ご、ごめんなさい、で、でも本当にカイトさんたちからはそんな、そんな怪しい感じはしなくって……」
瑞樹は慌てて言う。
ここで片倉に裏切りを疑われるようなことがあると目も当てられないからだ。
もちろん片倉もその辺は分かっているためフォローをいれた。
「いえ、疑ってるわけじゃないです。ただちょっと驚いてしまって。カイトさん達がダンジョン絡みの何かだとして、まさかダンジョンの外にまで干渉してくるとは」
「確かに……聞いたことがありませんね。って、えっと……ど、どうしますか!?」
瑞樹は慌てて言いながらも得物を構える。
瑞樹の武器は取り回しのいいミドルハンマーだ。
長さ60センチほどの金属棒の先に、10キロほどの重量のカナヅチがついている。
無反動で使い方も単純で、それでいて一定の威力も保証されているため、使い勝手はかなり良い。
一般人基準だと女の細腕で振り回すには少々重いかもしれないが、探索者の身体能力は一般人をはるかに凌駕する。
典型的な私立文系地味女めいている瑞樹も探索者なので、何だったらもう少し重い得物も振り回すことができる。
身体能力に自信があるタイプではないものの、それでも普通自動車を持ち上げて人力レッカーするぐらいなら余裕だ。
そして、片倉としてはどうするもこうするもなかった。
長めのナイフの柄を握り込み、ぐっと腰を沈める。
取り回しが良いだけの普通のナイフだ。
「俺が先に仕掛けます。合わせてください」
「は、はい!」
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しかし「そうは言っても」と瑞樹は飛び込めないでいた。
なぜならば片倉が余りにもあっさりと片付けてしまったからだ。
なるほど、確かに近づいてくる少女はモンスターではあった。
ぱっと見は可愛らしいのだが、その本性は正しく "モンスター" だ。
──なんだかあっという間に終わっちゃいましたね
瑞樹は先ほどの戦闘ともいえない戦闘を思い出す。
§
「ねえおじさん、20万円でどう?」
少女が可憐な笑顔を浮かべて片倉を見て言う。
片倉は答えない。
「じゃあおじさん、2万円でどう?」
やはり片倉は答えない。
「私とシたくないんだ?私を拒絶するんだ?だったらおじさん、死んでね」
言うなり、少女の体が観音開きに開かれた。
少女の "中" は本来あるべき内臓が無く、ぬらぬらと艶めかしく光る肉癖には無数の牙の様なものが生えていた。
「わだじの、ながッ!!!ぎもぢ、いい、のにねぇぇぇl!!!!」
と絶叫を上げて片倉に飛び掛かる少女だが、次の瞬間には上半身と下半身をぱっくり斬り割かれていた。
少女・モンスターの上半身と下半身が地面でのたうっている。
しかしその動きは直ぐに弱々しいものとなって、やがて死んだ。
§
「死んじゃったみたい、ですね……」
モンスターはぴくりとも動かない。
「はい、死にましたよ」
片倉は事も無げにいうが、瑞樹には一つ疑問がある。
瑞樹が知る限り、モンスターというのはこれほど甘くはないのだ。
モンスターの殆どは、一般的な生物では考えられない程の生命力を持っている。
とあるモンスターの首を落として、油断した探索者が地面に落ちた頭に食いつかれて大けがをした事例もあるくらいだ。
──片倉さんが強いのはあると思いますけど……でも
瑞樹から見て片倉は強いが、なんというか地味であった。
何がどう強いのかをはっきりと明文化できない。
ただそれも当然で、片倉の強さとは力が強いとか身軽だとか、そういうところとは別の所にある。
片倉は敵の "殺す" という意思に敏感に反応して肉体の強度を高める希死念慮持ちの変態だが、 肉体強度を高めるのみならずちょっとした悪用もしている。
"殺す" とは、つまるところ殺されたくないという意思の攻撃的な発露だ。
殺されたくないと思うのは、自身に弱みがある事を意識的にせよ無意識的にせよ自覚しているからである。
その意の流れを片倉は汲み取って、相手の弱みを感覚的に攻める事が出来る。
例えば少女・モンスターの弱み──弱点は、彼女が考える所の女性性の象徴である下半身との分離なのだが、片倉はそれを感覚的に察知して、観音開きとなって体が "薄く" なった所を狙って攻撃を加えた。
結果がこれだ。
もともと臆病なほどに慎重な側面もある片倉だったが、澪を、仲間たちを失ってからはますます拗れ、小堺らを失ってからは更にこじれた。
"殺される"という事に対して人一倍臆病なくせに、本人は恐ろしく殺すのが上手い。
それが片倉という男であった。