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片倉は結局『六道建設』を辞することにした。
星周と和解できたことは喜ばしい。
装備品や物資について六道建設からサポートを得られるメリットも大きい。
しかし、これからすることになるだろう無茶や無謀のことを考えると、会社には居づらい。
自身の行動に対しての責任を会社が取ることになるかもしれない。
──さすがにそれはな
片倉本人にも、実際に自分がどこまでやらかすことになるかはわからないのだ。
会社を辞めるとなると社員寮も退去しなくてはいけないため、片倉は私室の荷物をまとめることになった。
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──都内で物件を探して……しばらくはそこが拠点になるな
少ない荷物を収納ケースに詰め込みながら、片倉は伝手のある不動産屋をいくつか脳裏に浮かべていく。
探索者の家探しは一般人の家探しより多少難易度が高く、物件の制限が厳しい。
一般人の中には探索者と同じ物件で暮らしたくないという者も少なくないのだ。
また、物件を取り扱う不動産業者にも特別な資格を要求されるため、探そうと思ってすぐに探せるものではない。
賃貸ではなく一軒家を購入するという手もあるが、資金の面でも時間の面でもなかなか厳しいものがあった。
──協会時代の伝手をあたれば大丈夫だろう
自分でも若干勢い任せかなと思うが、探索者向けの物件の手配ぐらいはしてくれるだろうという目論見がある。
もちろんそれにも資金は必要だが、ある程度活動をするだけの金は六道建設から退職金として受け取ることができたため、問題はなかった。
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"協会"とは民間の探索者団体だ。
協会は関東では最もメジャーな探索者団体である。
他にも関西圏で勢力を伸ばしている"連盟"をはじめ、九州、北海道、沖縄、四国といった地域でも地元に根付いた探索者団体が存在する。
それぞれの団体でそれぞれの色があり、例えば協会ならば、よく言えばくまなく、悪く言えば広く浅くといったサポートを探索者に提供していた。
そして民間だけではなく、当然国が管理する探索者団体もある。
とはいえこの場合は団体ではなく組織と言うべきだろう。
所属探索者のほとんどは陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊や警察組織などから抜擢された者がほとんどだ。
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片倉は荷物をまとめながら"あの場所"で聞いた声のことを思い出す。
──あの声は"山"と言っていた。山を超えろと。山がダンジョンか、それに関係することだというのは予想できる。だが超えろとは?
"超える"という言葉は様々な解釈ができる。
例えば攻略であるなら、それはダンジョンから一定以上の価値の戦利品を持ち帰ることだ。
踏破であるなら規定以上の罠の看破、ルートの調査、モンスターの分析を行うことだ。
だが、片倉の直感はそのいずれでもないと囁く。
──俺は、一つ山を越えたのかもしれない
あの傷が治っていたという事実が片倉の予想を補強する。
──いや、俺じゃなくて俺たちか
小堺良平、二階堂沙耶、日野海鈴。チームを組んでいた3人の顔が片倉の脳裏をよぎった。
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死力を尽くさなければ勝てない強敵、難敵──こういった相手には全身と全霊を注ぎこまねば勝利という器は満ちない。
それがつまり山なのではないか。
片倉はそう考えた。
──だったら、難しいな。少なくとも、今は
片倉は水上鉱山跡で遭遇した大蛙以外にも、そういう相手と一度
生還することこそできたものの得たものは何もなく、失ったものの価値はとてつもなく大きい惨憺たる結果に終わったが。
今回もそうだった。
あの時とは違い、モンスターを倒しダンジョンから生還することができたが、片倉自身にはとても勝利とは思えない。
──仲間が必要だ
そう片倉は思う。
ただの仲間ではない、命知らずで……そして強い仲間が必要だった。
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「まあなんかそうするんじゃねえかとは思っていたんだけどなァ」
翌日、原田のもとに挨拶をしに行った際、片倉はそんなことを言われた。
「でもまあ目を見ればわかる。やけくそになったわけじゃなそうだ。兄さんには兄さんの目的がありそうだな。別に詳しく聞いたりはしねえが。で、いつ行くんだ?寝ぐらのアテはあるのか?」
「一応向こうに話を通してからにするので、あと2、3日は水上第一拠点に滞在するつもりです。住まいは協会が手配してくれるとおもいますが、時間がかかるならホテル住まいでもしますよ。まあ協会はいつも空き物件を確保している筈なので余り心配はしていませんが」
「兄さんは元々協会の探索者だったっけか。まああそこは段取り優先なところがあるし、その方がいいだろうな。……するってぇと、しばらくは新宿を拠点に活動するって感じか」
片倉はうなずく。
協会で一番大きい依頼斡旋所は東京都新宿区にある。
東京都新宿区西新宿一丁目の新宿新都心の一角にある地上31階地下5階の超高層オフィスビルだ。
そこはダンジョン時代以前は新宿エルタワーと呼ばれ、現在では「センター」と呼ばれている。