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87 伝えられる幸せ

 なんとなくのその違和感に首をかしげていたところ、グラナートお父さまが仰った。


「ふふ。――幸せボケしたかい? 二人共。じゃあそろそろ、人間界に戻りたまえ、君たち。卒業式がとんでもない門出になったようだったがね。こちらは時間の進みが遅いから、きっとあっちは、今頃夜だろう」


「そういえば、ここって、人間界と比べて時間の進みが遅いんでしたね」

「え、そうなの!? 卒業式どうなったんだろう!」


 リオネルが少し慌てた様子を見せた。

 本当だ、どうなるんだろう。


「おそらく仕切り直しになるか、予想するに、今年は卒業式がなくなることもあるかも、ね……」

「さすがにショックだ! ……戻ったら、王城と学校と両方に報告に行かないと。うわあ……。」


 リオネルが、渋い顔をして、溜息をついた。

 本来ならあのあと卒業生代表で答辞を読んで、終わりだったはず。

 栄誉ある門出だったはずだ、これは大ダメージ。


 しかも、猛毒から回復したとたん、王命で卒業式会場を飛び出す羽目に……。


 まったく……ボニファースはホント、とんでもないことをしてくれた。


 私が講堂を出る直前に、彼が係員に取り押さえられるのを思い出す。

 自分で毒を盛ったことを、自慢げに自白して、そのまま連行されていった。

 ……尋問された後は……間違いなく極刑だろう。


 ちなみに後日の話だが、やはりその通りになった。

 ボニファース子爵家は、自ら爵位を返上し、すべての特権を失った。


 しかし――彼の両親だけは、どうにか助かったらしい。


 リオネルは、決闘のあとに彼らに心のこもった謝罪の手紙をもらったことが引っかかっていたようで、裁判では温情の説得にまわった。

 毒に倒れた一人であるリオネルが説得したことや、ビルヒリオ=ボニファースがどんな人間の意見も取り入れない性質であることから同情されたボニファース子爵家夫婦は、静かな隠居生活を送ることになったという。



「翡翠の竜は次元を超えて逃げたって言おうっと」

「王宮警備隊に追われた時は生きた心地しなかったよ……ほんと」


 気がつくと、近くで遊び回ってたリージョとハルシャが戻ってきてた。


「難しい話おわったみたいだね! うんうん、まかせてよね!! 妖精ゲートなら私も案内してあげれるからまた遊びに来ようよ!」

「きゅう! フッ……!!」

「うん、ありがとう、ハルシャ。ハルシャもリージョも、王宮警備隊に追われてる時、危ないのにずっと一緒にいてくれてありがとう」


 その時、ふとお父さまに後ろから抱きしめられた。


「マルリース。大変な状況ではあったけど、こうやって直接会えて嬉しかった。またいつでもおいで……愛してるよ」

「私もです、グラナートお父様。今度はまたゆっくり、妖精界を案内してね」


「うん、これで君も人間よりはるかに長寿だ。急ぐことはないが、いつでもみんなで、遊びにおいで」


 そう言うとお父様はまた額石にキスし、私も同じように返し、またリオネルに私を頼む言い、リオネルの頬にもキスしてた。

 リオネルがちょっとビックリしてたけど、また人間と礼儀作法が違うのかもしれない。



 お父様がリオネルの領地・シルヴァレイクへ出る妖精ゲートへ案内してくれて、私達はそこから人間界へ戻った。

 私たちの着替えが必要なので、非常に助かった。


 リオネルの屋敷で侍女たちに風呂に入れてもらい、ひと休憩していると、リオネルが、再び正装して現れた。


「マルリースはリージョたちとここでゆっくりしてて。僕は城へ報告と、卒業会場へ行って現場の状況確認した上で、残してきた使用人達に指示しないと。時間的に考えてまだ状況は落ち着いてないと思うし」


「そうか……忙しいね。使用人たちは会場でまだ待機してるだろうし。あ、会場のほうは私が行こうか? そっちなら私でも」


 もう、外は暗いのに大変だ。2人で手分けしたら……と思ってたら、リオネルは私の左手をとって薬指キスした。


「僕も心配な気持ちが落ち着かないんだ。だから、ここにいてほしい。リージョやハルシャとここで待っててくれるのが、いま一番僕が安心できる」


「そっか……」


 ツガイの儀式の印が見えて、ちょっと照れくさくなった、私はちょっと目を逸らした。


「そういえば、殿下と留学生の王族の方、治療終わったかな」

「聖属性の人がいるから大丈夫だと思うよ。今頃は心蝕の治療もそろそろ終わって、今後の話し合いをしてると思う」


「まったく……リオネルだって王族と位が変わらないのに後回しだなんて」

「悲しいけど、何も言えないんだよね。実質あっちが上だ。……でもね、本当に大変な目に合ったけど」


 リオネルはそこで、私を抱き寄せてキスし、


《おかげで、マルリースとの距離がもっと近くなった》


 心のテレパシーで語りかけてきた。

 本当に、彼が身近に感じられて――


《ところで、急いでるからあまり問い詰めないけど……さっきの僕の愛を疑ったこと、覚えてるからね……》


 ひえ!?


 ほっこりしていた気持ちが急にひきしまった!


《えっ……えっ?! そんなこと……あ、あったっけ?》

《とぼけようとするとは、罪深い》


 リオネルはそう言うと、再び唇を重ねてきた。

 呼吸が少ししづらくて、これはちょっと意地悪されてるな、と思った。

 わーん、ごめんてば!!


《今日は帰ってくるの遅くなるかも……でも、待っててほしい。そして、いっぱい愛してるって聞かせて。今日という日にとても聞きたいんだ》

《あ……。うん、待ってる》


 リオネルはキスしながら段々と涙ぐんできて、今度は言葉を口にした。


「ごめん……実はとても聞きたかったんだ。貴女からの愛の言葉」

「リオ……」


 私はリオネルの瞳から溢れた涙をぬぐったあと、力いっぱい抱きしめ返した。


「これからは、たくさん言うよ。リオが要らないって言うくらい、ね。大変だよ!」


 そう伝えた。


 彼はとてもうれしそうに微笑んだ。


「愛してるよ、リオネル」


 伝えられる幸せと、それにより返ってくる彼の笑顔に、私も胸がいっぱいになった。

 気づいたら、今度はリオが私の涙を優しく拭っていた。


 全てが満ち足りた気がした。


 ――私たちは、……これからも共に歩んでいけるのだ、と。



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