ウィルフレド閣下をやり直せる過去へと送りたい、その父の言葉に私は興奮した。
「お父様すごい!? できるなら私はそれ、とても良いと思いますけれど!」
「いや、マルリース。君も視えるならできる。だが、今回は私がやるのを見ておいで」
「は、はい」
確かに、やれと言われてもやり方が全くわからない……。
さすが、お父様はよくご存知だな。
これは、純粋な妖精と私のような半端な妖精の違いなのかもしれない。
それに、お父様は妖精として生まれ育ったから、妖精としての知識や技術がずっと深いのだろう。
もしかしたら、お母様に会う前にも何百年も生きていたのかもしれない……。いずれ聞いてみよう。
かたや私は人間界で育ったし、考え方も人間寄りだ。妖精竜だった時も、魔力の練り方すらよくわからなかったものね。
妖精竜になったからといって、すぐに力を使いこなせるとは限らないようだ。
私が妖精竜になってできることに対して、興味があまりないのも影響してるかもしれない。
私がそんなことをぼんやり考えてる横で、リオネルが、すこしウィルフレド閣下を見つめたあと、口を開いた。
「……僕は構いません、むしろ僕も彼があんなに自分の闇に囚われているのを見るのは辛いです。もし、彼がやり直せるのなら……」
「そうかい。優しいね、ふたりとも。……ということなのだが。どうする? ウィルフレド。おそらく君が望むのは剣聖になる直前ではないか? その当たりの時間帯へ導いてやれるが」
「……いい、のか……? 本当に、そんなことが、できる、ならオレは――」
「今の自分を捨て、失った過去を取り戻すと決意できるかい?」
「本当は名誉も領地もいらない。そしてオレは今の妻も愛せず、オレを無理矢理手に入れたその妻も結局は不幸だ。現状を変えられるなら試したい」
そして、彼のむかしの恋人と仲間たちは、彼がいなくなったあと、ダンジョンで生命を落としたらしい。
彼の事情からは幸せの1つも聞くことができなかった。
「いいだろう。――ここまでの記憶は忘れずに過去へ君は戻れる。選択を間違えることはもうないだろう。ただし
リオネル達や他の人間はお前のこれまでを忘れる。だから戻ったあとのリオネル達への干渉には気をつけてくれ」
「あ……。いや、ちょっとまってくれ。有り難い話だが、過去に戻って例えばオレが剣聖にならなかった場合、リオネルはどうなる。俺と戦うことでリオネルは剣聖になった、俺はもうこれ以上リオネルに迷惑は……」
「閣下、そんな気遣いは……。ボクは剣才のままでも十分ですから!」
リオネルの顔が泣きそうだ。ウィルフレド閣下の事情に胸を痛めている……。
私は、彼の手をそっと握った。
しかし、グラナートお父さまは、
「大丈夫だ、リオネルはどのみち剣聖となるだろう。安心してくれ。リオネルやマルリースの今に多大な影響がでる運命筋ではない。君の立ち位置が変わることにより様々な埋め合わせが起こるが、結局は今の状態に落ち着く。ボクも導き手としてこの運命を覚えているからこのことには責任をもって見守る」
と言った。
ああ、これなら閣下も納得されるだろう。
「そうか……安心した。ありがとう、グラナート殿。わかった、約束しよう……リオネル達に迷惑になるようなことは、しない」
「ならば――」
グラナートお父様は、指でその場の空間を立てに斬り裂いた。
真っ暗な空間がその向こうに見える。
「……ここに入り、進むといい。不安になるかもしれないが、信じて進めば望む過去に戻るだろう」
「……わかった」
ウィルフレド閣下は、ゆっくりと立ち上がり、私達を振り返った。
「リオネル、マルリース。本当にすまなかった。そしてそんなオレにこんなチャンスをくれてありがとう。……決してお前たちに恥じない行動をとり、生きると約束する」
ウィルフレド閣下は、まだ生気のない顔をしていたが、その意志は本物だと感じられた。
「閣下……。どうぞ今度こそお幸せに」
「――迷惑をかけた。マルリース、怖い思いをさせてすまなかったな……。いつぞやのダンスは、楽しかった。……さよならだ、二人共」
そう言うと、ウィルフレド閣下は、暗闇広がる空間へ飛び込んで行き、しばらくするとその空間は閉じた。
さようなら、ウィルフレド閣下。
どうぞお幸せに――。
彼を見送り、しばらくすると私達は、一息ついた。
「よかったね、リオネル」
「うん……僕はちょっと寂しいけどね。でも、そうだね。悲痛な閣下の人生がやり直せて、幸せになれるなら――あれ」
「どうしたのリオネル」
「閣下って、誰だっけ……」
「何言ってるの……ん? あれ? そもそも何の話だったっけ……?」
「えっと、何の話だったっけ……」
あれ? そもそも何で妖精界にいたんだっけ……あ、そっか。
私が妖精竜になっちゃって、王宮警備隊に追われてたんだった。
リオネルもそのあと、王命を受けて追ってきて――なんだろう、なんか違和感がある気がするなあ?