リオネルが閣下のもとへ駆け寄って膝をつき声をかける。
「ウィルフレド閣下、大丈夫ですか?」
「……痛ってぇ……。あ? ここはどこだ? お、リオネルにマルリース……あ……!!」
……いつものウィルフレド閣下だ! とこちらが思った瞬間、彼は彼でさっきまでの自分の暴挙を思い出したのか、いきなり土下座した。
「リオネル!! すまない!! オレは……!! オレはお前に、なんてことを!!」
「面をあげてください!! 閣下! いいんです! 全てはボニファースの……毒のせいです!! あなたは悪くありません!」
本当にそうだよ!
ボニファースが全部悪い!!
「いや、オレがお前に対して思っていたこと全てをぶちまげていた……オレは……!! きたねえ人間だ……」
「閣下、本当にそんなことは――あ!」
ウィルフレド閣下は、どこに隠していたのか、短剣を取り出し、自害しようとした。
「閣下!!」
間一髪、リオネルが短剣を取り上げて止めた。……危ない。
これは、私があの白緑の竜だと知ったら、さらに心が蝕まれるかも知れない。黙っていよう。
「離してくれ! オレは……オレはもうこんな恥を晒して生きていたくない!! 短剣を返してくれ!!」
「駄目です! しっかりしてください。僕は……変わらずあなたを尊敬しています!」
「……やめてくれ、まだ憎まれたほうが……楽だ」
閣下はうなだれて、草むらに手をついた。
その時、グラナートお父様が、閣下の傍に立った。
「ちょっといいかい……? 初めまして、ボクはグラナート」
「……誰だ、お前は」
「ボクは先程、君が見た金の龍、その化身、名はグラナートだ。そしてここは妖精界。ボクがリオネル達と共に君をここへ連れてきた」
ウィルフレド閣下は辺りを見回した。
「……は? 妖精界……? ただのどっかの森じゃねえのか? いや、そうだとしても、何故……」
「君が殺そうとしていた白緑の竜は私のそこにいる娘、マルリースだ。娘を助ける為に人間界へ姿を現した」
あああ!!! 喋っちゃったあああ!!
しまった、テレパシーで話せるのだから、素早く口止めすればよかった!!
「は!? マルリース! 嘘だろ!?」
「……あ、えっと」
「本当なのか……」
仕方なく私がコクリと頷くと、閣下はさらに居た堪れない様子になった。
「どういうことか……さっぱりわからんが、オレはとりあえず……マルリースを殺そうとしていたということか……?」
閣下の唇が、ワナワナと震えている。
「いえ、閣下は悪くないです! 竜がいたら人間は狩ろうとするものです! しかも王命でした!!」
私はいったい何の養護をしているんだろう!?
でもこれ、ここで説得しても、人間界に帰ったら閣下絶対自決するよね!?
「……そう、だな。ありがとう」
ああ! なんか悟りひらいた顔してる! これ、絶対、あとでひっそり自決するって思ってらっしゃる!!
お父様なんてことしてくれたのおお!!
リオネルを見ると、横で厳しい顔している。きっと困ってるんだろう。
閣下はリオネルに対し、たくさんの口にできないことを抱えていらっしゃった。
そんな彼の心の闇の対象であるリオネルが、彼を説得するのは無理だろう……。
なんとかしてあげたい……。
そして、私のグラナートお父様が、さらに突拍子もないことを言い出した。
「君……死ぬくらいなら、やり直してみないかい? もしその気があるなら、ボクが手伝ってあげよう。幸い、君には運命の糸が見えている」
「なんのことだ……?」
「お父様、何を言ってるの……?」
「義父上、運命の糸とはなんですか?」
リオネルと2人で父に疑問をぶつける。
「……ん、そうだね。説明しよう。まず、マルリース。妖精竜になった君にも今なら視えるはずだ。やってごらん。そのウィルフレドのことを全てを見通すつもりで」
「あ……」
そういえば、さっきウィルフレド閣下に追い回されていた時、彼に絡む糸が視えていた。
あれのことかな?
今は視えてない……お父様に言われた通り、やってみよう。
「……えっと」
――お父様に導かれ、彼を眺めているうちに、すこし、額の石が熱くなった……と思うと、彼に取り巻く白い糸が見えた。
幾つかの糸が彼の足元で切れていて、一本だけが彼にまとわりつき、その先、頭の上に伸びている糸の先が、枝分かれしている。
「これ……なんですか?」
目がおかしくなったのかと、そんな感覚を感じさせる糸だ。
目をこすったけれど、やはり視えてる。
「視えたようだね。たまにいるんだ、僕たちに運命の糸が視える者が。そんな彼らを僕たちは別の運命に導くことができる」
「別の運命……?」
リオネルが首をかしげた。
「私たちが手を貸せば、その者が望む時へと戻してやることができる。別にやらなくてもいいんだけどね。使命でもないし、僕たちは気ままな妖精だ。だからやるとしても、妖精の気まぐれだ」
何故そんなことができるのかと、私が首をかしげていたら、それを見たグラナートお父さまが言葉を続けた。
「ボク達は、そもそも幸運を呼び寄せる妖精。その性質をもとに上位存在に覚醒するにあたって得た能力だろうと、ボクは思う。やり直しという
「つまり。私達はウィルフレド閣下が例えば恋人とやりおなしたいって思ったら、彼をその時間へ送れるってことですか?」
「そうだよ。ねえマルリース……私はその恋人を失った男が哀れでならない。それは私がツガイを失ったせいかもしれないが。君を傷つけようとした彼を、君とリオネルが許可するなら、そして彼自身が望むなら――過去へ送っても良いだろうか?」
もちろん、それはまったく構わないけど……。
え……? 私達そんなことできるの? すごくない!?
そんな幸運を与えてあげることができるのなら、是非やってあげたい!