妖精界に足を踏み入れた、と思った時、前方のグラナートお父様の姿が次第に縮み変形し始めたかと思ったら、人間の姿になり、小高い丘に着地した。
人間になったお父様は、金髪で額に私と同じ赤い石のある、美しい容姿の青年だった。
――続いてリオネルが着地して、私は巨体になってしまったので、すこし離れた場所に着地した。
「マルリース!!」
私が着地すると、リオネルが走り寄って、顔に抱きついてきた。
「……僕のせいで、なりたくなかった竜にさせてしまった。……ごめんね……」
リオネルが涙を流して謝る。
《ううん。……私もうっかりしてたし、でもそのおかげでリオネルを助けられたの》
「そうだ。目覚めてから、力が前より溢れてるんだ。一体どうやって助けてくれたの?」
《それはね……》
私は、ツガイの儀式について説明した。
私の生命を融通して、彼を助けたことを伝えると、リオネルは号泣した。
「そんな! マルリースの生命を削っただなんて!! ……僕は……」
《泣かないで、リオネル。私は貴方を助けられてとても嬉しい。それにツガイ成立して覚醒したおかげで、私の生命力はビクともしてないと感じるよ》
そんなことを伝えたところで、彼には重い気持ちしか残らないだろう。
どうしよう……。
言葉を選んでいると、先にリオネルが口を開いた。
「マルリース……例え君が妖精竜であっても、ずっと愛し、守ると誓うよ。僕は、君の妖精竜の騎士であり続ける!」
そう言うと、リオネルは竜である私の口の端にそっとキスをし、その愛情を示してくれた。
本当に……さっき追いかけてきてくれた時にも身に余るほどの愛の言葉をもらったのに……。
それに大丈夫だよ、リオネル。少なくともお父様に人間に戻る方法を聞けば、いつも通り暮らせるはずだからね……!
――ああ。この過剰なほどの愛情が、例え『夜影の花』の後遺症で感情が増大しているものだとしても、それが私にとっては、なんて幸せな後遺症だろう。
《リオネル……っ》
その愛情に、ずっと涙のでることがなかった竜の瞳から、一筋の涙がこぼれた。
《あ……?》
リオネルの強い愛情に包まれ、こんなに傍にいるのに、もっと彼に近い場所へ行きたいという気持ちが湧き上がった瞬間、額の石から淡い白光が溢れ、私を包み込んだ。
自分の身体が、少しずつ縮んでいくのを感じる――。
「マルリース? この、力は……、どうしたの? 大丈――」
白光が収まると、目の前にあったのは、いつもの――人間の……自分の手だった。
「リオ……! 人間にもどれたよ!!」
グラナートお父様に聞く前に、自分でできてしまった!
逆に竜の戻り方がわからないけど、別にそれはいらないや!
「あ……よ、よかった、マルリース……」
リオがカーっと顔を赤くしてそっぽを向いた。
「あれ? どうしてこっち見てくれないの」
「あ、いや、その……」
リオはさらに、手で自分の顔を隠して反対を向いてる。
「君が全裸だからだと思う。マルリース」
父親が淡々と言った。
「……。いやあ!?」
私はその場に座り込んだ。
「ごめん、マルリース。僕、全身が血まみれだし、ペリースすら……渡せない、どうしよう」
「僕のシャツをあげよう。妖精界で作られたシャツだ。竜になろうとも失わない。これからも竜の姿になることはあるだろうから、近いうちに妖精界で作られた衣類を何点か贈ってあげよう」
お父様が自分の着ていた白いシャツを脱いで着せてくれた。
「お、お父様ありがとう……」
「ふふ。初めて娘に贈ったものがシャツ一枚とはね。人間に戻る方法を教えようと思ったけど自力で戻れたようでよかった。愛の力だね。」
「……っ」
私は、グラナートお父様に抱きついた。
「あ……」
グラナートお父様は、少し慌てたあと、そっと私の背中に両手で触れた。
抱きしめるには、まだ遠慮があるようだった。
でも、初めて、お父様に触れることができた。
優しい花の香りがする。
「……マルリース。ああ……彼女の面影がある……」
グラナートお父様は、私の頬に手をふれ、そして額の石にキスをしてくれた。
リオネルも傍に来た。
そして、リージョとハルシャも――
「にゅう!! きゅううううう!!」
「わーん、マルリース!! 心配したよ!!」
私の頭に乗っかってきた。
「ありがとう、あなた達も無事で良かった……途中、いっぱいサポートしてくれてありがとうね……」
お父様はしばらくすると、私をリオネルに預けた。
リオネルは、手甲を外し、ギュッと強い力で私の手を握ってくれた。
私はこの愛を失わずに済んだのだと、また涙が出そうになった。
「君たちが無事再会できたこと、僕も嬉しいよ。直接顔を合わせるのは初めましだね、リオネル、ハルシャ」
グラナートお父様が優しい微笑みで私達の再会を喜んでくれた。
「申し遅れましたが、初めまして。グラナートお父様ですね。私はリオネル=リシュパン。……その、マルリースのツガイです」
「こんにちは!!」
「きゅー」
「うん。……マルリースを愛してくれてありがとう。私もマルリースが幸せそうで嬉しい。ハルシャも大変な目にあっていたけど、元気になって良かった。リージョも良く頑張ってくれてるね、ありがとう」
「キュキュッ!」
リージョがお父様の頭にのってコロコロ転がる。
本来はお父様の使い魔だものね。
久しぶりに会えて嬉しいのだろう。
「そういえば、妖精竜になったら石を割るって約束してたけど、マルリース……どうしよう?」
「あ……。そっか。今は人間になってるだけで実態は妖精竜なのだけど、このままで居られるなら私は問題ないというか」
「僕も問題ない」
私達はそこで、ふふ、と微笑みあった。
「これで、普通に愛してるって言えるよ! リオ!」
「……嬉しいな。いっぱい言って欲しい!」
今まで我慢してたから許して欲しい! と思いつつ微笑みあっていたところ。
「しかし、これから君たちは――人間の何倍もの寿命を生きることになる。その当たりは、2人でちゃんと相談していくんだよ」
……とグラナートお父様が仰った。
「寿命……」
「うん、寿命。きっと数百年は生きるはずだ」
「え、お父様は例えば、あとどれくらい生きるの?」
「わからないけど……他の竜種を例にするなら千年前後を生きるかもしれない。マルリースは……それより短いかもしれないけど……。前例がないからわからない。あとマルリースはリオネルにこれから何かあった場合、生命を消費するから……」
リオネルに何かあった場合、のとこでリオネルが喚いた。
「マルリースの生命をこれ以上使いたくないですよ!?」
「そうは言っても……。ツガイの儀式は同じ時を生き同じ刻に死ぬことが目的であるから……。うーん……じゃあ、ツガイの儀式は解除することも可能だからおいおい2人で相談してくれ、その時また相談にのるよ」
おおう……!?
そういえばそんな条件もあったな!?
「ツガイの儀式を解除したら、私1人で数百年から千年生きてくの……? それもいやだよ!?」
「なんてことだ!? いやだ、絶対解除しない!! 僕が死んだあとにどれだけマルリースに新しい男が寄ってくるかも知れないと思うと気が狂いそうだ!」
「そこなの!?」
「そこ以外何があるの!?」
リオネル……やはり、『夜影の花』の影響が深刻じゃないのかしら……。
「僕は、マルリースといられるのなら、世界が滅びるまで生きていたい」
……だめだ、早くこの子なんとか治療しないと……!
言われてることはとても嬉しいけどね!
「ははは。まあまあ。時間はこれからたっぷりあるだろう。君たちの間の約束を時には確認して、場合によっては条件を更新して、互いに納得行く形で愛し合っていきなさい」
「「……」」
私達は顔を見合わせたあと、父に同時に返事した。
「「はい……」」
「「あ」」
ハッピープリン。と思わず言い合う私達に、クスッと笑う父。
一時はどうなるかと思ったけれど、ちゃんと日常に戻れるのだと、今までよりも未来を眩しく感じられた。