剣を打ち合い、鍔迫り合いを繰り返しながら、互いに魔法を繰り出す。
しかし、それもお互い魔力防壁を展開し、弾き飛ばす。
決着が――着けられない!
「――まったくだ!! しかも、お前は持ち過ぎなんだよ!! お前は本当に何もかも手に入れている!!」
「何もかも、だなんて!! 確かに恵まれてるとは思いますが!」
「そうだ、恵まれている!! 例えば――お前は自分で愛した女を手に入れた。なのにオレは、かつての恋人と別れさせられ、王族の姫を娶らされた。元平民で学のないオレは、剣聖が王族と同じ地位を持ち発言できると知らなかったからな……!」
「閣下……」
尊敬している方の傷ついた本音を聞くのは、胸が痛む。
そして僕には何もできないことが、辛い。
「お前は自分の故郷と地続きの領地を手に入れた。しかしオレは、辺境警備のおまけがついた閑散とした領地を押し付けられた。 なぜなら、馬鹿なオレにはそんな事わからなかったからだ!」
――彼は、限界だったように見える。
こんな胸の痛みを隠すために、いつも豪快に笑っていたのかもしれない。
以前、父上に言われた、ウィルフレド閣下と親しくしすぎるな、という言葉が急に重くなって心にのしかかる。
彼の瞳をみると、まるで炎でも宿っているかのように、怒りに満ちている。
僕を妬み恨む、本当の心が映されている。
いや、僕だけじゃない。きっと僕は彼の恨みの代表。
なんとか彼の心を軽くしてあげたい、と思っても僕が、その役目にふさわしくないのが心苦しい。
「お前は全てを持っている! 豊かな土地も! 上手く転がしてる事業も! 王族からの婚姻もきっぱり断り、愛する女も手に入れた。そしてオレから奪いとった剣聖の地位もだ! 同じ人間としてこの世に生を受けたのに、なんだこの違いは!?」
彼は今まで我慢と諦めを重ね――それが『夜影の花』により、殺意の乗った本音に心が痛む。――が、僕とて彼が言う何もかもを、簡単に手にいれた訳ではない。
「僕の剣聖の地位は正当な手段で手にいれたはずです……!」
「恋人を失い、昔なじみの仲間を失い、手に入れたものがゴミクズで、オレには、もう強さしかなかった。なのに、お前は、オレからその誇りを奪っていった。まさかオレ以外に剣聖になるやつがいるなんて……オレを超えるやつが……いるなんて!」
「そんな……僕に、嫉妬しているみたいなことおっしゃらないでください。僕はあなたを超えたとは思っていないし、もって生まれた違いはあるかもしれませんが、そんなこと関係なく僕は、あなたを敬愛している!」
「……っ」
一瞬、ウィルフレド閣下が怯み、間合いをとった。
「なんで嫉妬されないと思うんだ。……慕ってくる奴らは皆、オレを……っ。オレは聖人じゃないぞ!! どけ、リオネル。オレはドラゴンスレイヤーの称号を手に入れて、剣聖の地位をさらに固める!!」
「あなたの剣聖の地位が高まることなら、僕は何でもお手伝いしたいですが、この竜は、これだけは譲れません……!」
「なら、オレを殺すんだな! ボニファースがオレを殺そうとしたように!! あいつもオレを尊敬してると言いながら心の底では元平民のオレを見下し、利用しようとする心が透けて見えていたクズだ! 斬り殺してせいせいした! ああそうだ! お前も殺したらもっとオレの心は穏やかになるんだろうな!」
「――何を言ってるんですか!?」
先ほどから、感じていた彼の、怒りに満ちていた
……これは――。
「わからないなら教えてやろう。 ”ちょうどいい、お前もここで……死ね!!” オレは、そう言っている!!」
光の粒がウィルフレド閣下を中心に無数に飛び散り、空中に停滞した。
その一粒一粒が形を変え、無数の光の兵士が生まれた。
「光の騎士団!?」
『禁忌』とされ使用が法律によって禁止されている禁忌魔法の一つだ。
――この殺意は本気だ。
そして、マルリースも狙っている。
《なにこれえ!! これって禁忌魔法じゃないの!? 知識でしか知らなかったけど!》
マルリースの慌てた声が響く。
さすが知識は豊富だね、マルリース。その通りだよ。
《そうだよ。だめだ。これは無事じゃすまない。お互いに……》
《それって……!》
マルリースが慌てふためいている。
――ああ、ヤバいな。
あっちが禁忌を使用するなら、こっちも風の禁忌を使わなければ、ならない。
規模が戦争になってしまう。
いくら真下が人が住んでいない森だとはいえ、僕ら剣聖2人が禁忌クラスの術を使って渡り合ったら、地形が変わるまでありえる。
《発動まではまだ見逃されるだろうけど、使用に至ったら、いくら剣聖でも罪に問われる……参ったな》
「閣下、禁忌魔法は、国の許可がなければ使ってはならないものです!! いくらあなたでも罰せられます!!」
今の閣下に伝えても無駄だろう、と思っても言わざるを得ない。
「ああ、そうだとも、そしてお前も使えよ。使えるんだろう? 禁忌を! 一緒に堕ちようぜ……!」
やはり駄目か。
閣下にはああ言ったが、この場合、僕が逮捕される可能性が高い。
彼は王命を受けて竜を狩りに来ている、つまり仕事だ。
それに勝手に割り込み譲らない僕に対して、困った剣聖が禁忌を使った、と裁判ではなるだろう……。
……名誉も社会的地位を全てを失うだろうな。
けど、迷う必要はない。
マルリースのためだから。
それにどうやったか知らないけれど、僕の生命を救ったのはマルリースで、あんなに恐れていた竜にまでなってしまったんだ。
彼女の愛に応えるために、僕の全てを使えるならば、むしろ喜ばしい。
しかし、僕が覚悟を決めようとした時、後方から吸い込まれるような風が吹いた。
……ん!?
《リオネル、私、頑張ってみるね!!》
そのまさかで、マルリースは、上空に向かって、白緑色のブレスを吐いた。
そのブレスは、霧散したかと思うと、空中に白緑色の――。
「え……リージョ!?」
空中に、無数のリージョが現れ、光の騎士に飛びついていく。
「なんだ!?」
《お父様が、前にブレスからリージョが生まれたっていってたから、ちょっとやってみたの》
光の騎士1体につき、無数のリージョが飛びかかり、抱きつき、行動の自由を奪いとる。
マルリースは、滞空することをやめ、僕らの上空で旋回し始め、そこからブレスを吐き、リージョを次々に追加していく。
リージョ達は引き剥がされては、また光の騎士に向かい張り付き、……を健気に繰り返している。
《リオ、これですこしは助けになるかな?》
《めちゃくちゃ助かる!? 妖精竜すごいな!?》
《竜だけにやれることが規格外だよね。私も自分でびっくりしてる》
《ありがとう、マルリース。でも見た目がリージョだから、あの子たちがすごく心配になるよ!? ……ブレスはまだ吐ける?》
《リージョ人形だと思って。リージョと違って魂のない、人形のような存在だから、気にしないで》
「にゅ」
「きゅうきゅう!!」
「きゅっ」
「きゅきゅい!!」
そんなこと言われても、たまに聞こえるリージョの悲鳴で心が痛い!?
「……はは」
でもこれで、この禁忌魔法を使わないで済みそうだ。
――上空からリージョたちが降る中、僕は覚悟を決めた。
「ええい、とんだ邪魔が!」
「きゅいいいいっ!!」
そして、無駄だと悟ったウィルフレド閣下は、光の騎士団を消し、ついでに
《ああああ!! リージョがああああ!! 人形だけど!!》
マルリースの声で緊張がとけてしまう。
お陰で肩の力が抜ける。
「ああ!? お前なんで笑ってんだあ!?」
しかし、戦いは続く。
再び、お互いに
――ぽふっ。
消しきれなかった白緑のリージョが一体、僕の頭に落ちた。
「「……!」」
「うああああ!!」
「おおおおお!!」
なんて間抜けな合図だろう、と思いつつも、ウィルフレド閣下と僕は、再び剣を打ち合い始めた――。