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80 心蝕◆Side:リオネル

 ウィルフレド閣下の剣を受け止めながら、マルリースに声を送る。


《マルリース、大丈夫!? 遅くなってごめんね! どこも怪我はない!?》


《な、ない……ありがとう。リオネル、私がマルリースだってわかるの?》


《――大丈夫だよ、分かるよ。マルリースの妖精竜の姿、とても綺麗だ》


《……リオネル》


 彼女が酷く心を傷めているのが伝わってくる。


 おそらく、竜になったことで僕の気持ちが離れてしまうのではないかと心配しているんだろう。

 ……そんなことを気にしているなんて、健気で愛おしい。貴女は何も変わらないのに。


 僕はいつだって、マルリース自身を愛している。

 人間の姿だろうが、竜の姿だろうが、貴女は貴女だ。


 僕はいまや、貴女の魂そのものに惹かれている。

 そしてその魂が、今こうして竜として新たに輝いているなら……なおさら、僕は君に魅了される。


 君の魂が君であるかぎり、僕の愛が変わることはないと早く伝えたい。

 竜だろうが、どんな姿だろうが、僕の心は変わらないと――君が僕の唯一であり、誰にも代えがたい存在だと。


 《き、聞こえてるよ!?》


 あっ。

 そうだ、今は心で話せるんだった。

 聞こえちゃったのか、ちょっと恥ずかしいな。


 同時に、マルリースの気持ちも感じとれる。


 嬉しさと恥ずかしさと、僕への感謝、と感動、そして愛……――あれ? なんでちょっと『そこまで!?』って気持ちが入ってるの? ねえ? そういえば前もこんな事あったよね? どうして僕の愛を疑う……というか驚愕してるのかな? ……ちょっと許せないなそれは。


 《ひえっ……》


 マルリースが黙った。

 あとでゆっっっくり話し合おうね……。



「リオネル! なんのつもりだ!!」


 同時に、空中で鍔迫つばぜり合うリオネルは、激しく剣を押し合いながらウィルフレド閣下に言い返す。


「閣下、この竜は僕に任せてください!!」


「はあ!? 命令を受けたのはオレだぞ! 横取りするつもりか!?」


 ……?


 閣下……?


「横取り……!? いえ、そんなつもりは。聞いて下さい、閣下――」


「オレは……ドラゴンスレイヤーの名誉を得る! 邪魔をするな!!」


「――閣下!!」


 閣下が光の力をさらに増大させたので、それに合わせてこっちも火力を上げる。

 風属性の僕が、威力の強い光属性に対抗するには、彼よりも大きな魔力を回さなくてはならない。


「……く!」

「ぐぉっ……!!」


 お互いに火力が増大し、弾き合った。

 僕はその場で踏みとどまったが、こちらが風属性なこともあり、ウィルフレド閣下は真反対に遠く吹き飛んだ。


 ――うわ。


「(……こんなに力出せたっけ? さっきから、力が溢れてくる気はするけど……あ)」


 ひょっとして……マルリースから魔力が流れ込んでるのか?


《あ、えっと……どうも私の魔力をリオネルが、使えるようになったみたい。私からリオネルに流れていくのを感じるよ。いま渡した分でも私の方は全然減ってないから気にせず使って》


《え、いま、かなり使ったよ!? 無尽蔵すぎない?!》

《ふふ。リオネルを手伝えて嬉しい》


 ……えー……。

 マルリースの魔力が無尽蔵に流れ込んで来るなんて、心地よすぎる。


 《聞こえてるよ!?》


 ……? なんでちょっと怯えてるかんじなの?

 僕は君の魔力を使ってしまうことには遠慮を感じているけど、それでも2人で1つ感を味わえてて、とても嬉しいのに。


 ……あわわって声が聞こえた、と思った時、体制を立て直したウィルフレド閣下が、苛つきを浮かべた瞳で僕を見た。


「……リオネル!! お前、なんだ、その力は!」


 ……閣下、本当にどうされたんだ。まるで別人のようだ。


「わかりません。でも、今はそんなことよりも――」


「そんなことでは、ない。おまえ……学院で俺と剣を交えた時、そんな力を隠して戦っていたのか?」


 閣下が、まるで噛みつくように怒鳴ってくる。


「いえ! 学院での挑戦時に、僕にはこんな力はありませんでしたよ!」


 ウィルフレド閣下の様子がおかしい。

 なぜそんな憎しみの瞳を僕に向けているんですか……?


《リオネル、さっきから閣下の様子がおかしいの……毒薬を盛ったボニファースを斬り殺したのだけど、その時も様子がおかしかった。ひょっとしたらだけど、『夜影の花』の影響だと思う》


 マルリースからの声が届く。


 ボニファースを斬り殺したのか!?

 新情報が多すぎる。

 確かに王太子を害したのだから、当然だ。彼がやらなかったら僕がやっていた。けれど、この怒りの様子はどういうことだ。


《『夜影の花』の影響って!? 僕はそれ、知らないんだけど!》


《とても古い専門書にならないと書いてない情報だから。いくらリオネルでも知らなくて当然だよ。錬金術師とか魔法塔の学者とかの専門家にならないと知らないと思う。生還する人が少ないのもあって精神汚染の症例が少ないのも原因で――》


 精神汚染……?

 なるほど、それで……。

 僕は、ウィルフレド閣下の異常な様子にそこで納得した。


《えっとね、『夜影の花』は毒自体は除去できても、精神的な汚染が残ることがあるの。それが心蝕(しんしょく)。知ってるでしょ? 心の影が増大して、隠された憎悪や抑えつけた感情が爆発する症状。そして、この影響を魔法で治すには、やっぱり高位の聖魔法使い……司祭か聖女クラスの治療が必要になるの。あとは、『夜影の花』用の解毒剤を何日もかけて投与して、影響を徐々になくすか……》


《え、じゃあ。僕もこうなるの?》

《……》


 え、なんで無言?


 《ひ、人によって症状の重さや心に抱えてるものによってが違うし、リオネルは……えっと……多分。そ、それはあとで説明するね》


 マルリースの声が何かを誤魔化すようだ? どうしたんだろう?

 ……とても気になるけれど、今は閣下をなんとかしないと。


 閣下が光球に包まれ、ゆっくりと近づいてくる。


「それより閣下、お願いです。ここは引いてもらえませんか」


「――くどい。このまま帰ればオレは竜を倒せなかった間抜けだ。お前がこのあとどう説明しようと、世間はそう思う。そしてオレの後始末をお前がしたとなる。そんなのはゴメンだ。オレはオレの仕事を遂行し――ドラゴンスレイヤーの称号を賜る」


 閣下の剣に、再度、光が集まっていく。

 それが彼の発言が本気であると、証明している。


「それは、僕がちゃんとします、ウィルフレド閣下にご迷惑がかからないように処理します。それに……閣下、閣下にドラゴンスレイヤーの称号なんて必要ないでしょう。あなたはそんなものがなくても――」


 状態異常ならば、説得は無意味だ……と思ってもやはり答えてしまう。

 彼のこんな姿は見たくなかった。


 そして次の瞬間、彼が剣を振り上げ猛スピードで向かってきた。

 僕はその剣を受け止め、また鍔迫り合いになる。


《り、リオネル……!》


 マルリースの不安そうな声が響く、大丈夫だよ、と心で返す。


「うるさい!! オレは人格者じゃねえって言ってるだろう!! そう演技せざるを得ないからやってるだけだ!! くそ、ムカつくんだよ!! なんなんだよ、お前ら貴族ども!! オレの人生弄びやがって!! おまけに毒殺だ!? 巻き込むのも大概にしろ!!」


「それは……! 閣下、僕を恨んでいたボニファースのせいで巻き込んでしまいました。お怒りはご尤もです。僕がもっと上手に立ち回るべきでした……!」


 これは、本来の彼ではない。

 けれど胸に隠した本音は本物だ、と思うと心苦しかった。


 光の粒が潰れては溢れ、潰れては溢れて消えていく。


 僕も魔力量は多いと自負していたし、今はマルリースからも流れ込んでくる。その僕を相手に……本気で戦うとこれほどまでに魔力を使用できるのか、ウィルフレド閣下は!


 彼の方こそ、学院の決闘で実力を隠していたのでは?


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