※出来事が被りますが、リオネルSIDEをどうしても入れたかったですm(_ _)m
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――数刻前。
僕は卒業式の壇上で特別表彰の祝杯を、第一王子殿下とウィルフレド閣下と共に掲げた。
毒杯だ、と気付いた瞬間には遅く、僕は血を吐き倒れた。
倒れながら、
解毒できない……?
――あ……ひょっとして、『夜影の花』か!
一瞬、そんな一瞬の時間だけで、目の前が暗くなっていく。
――大丈夫だ。
この毒は解毒剤を持ち歩いている。
僕は上着の内ポケットに手を伸ばそうとした。
しかし、自分の手が異様に重たく――再び血を吐き、床に落ちる。
……力が、入らない。
――なんて、事だ。
数分で生命を失うその即死性と、聖女殺しのその名は知っていたので、解毒剤を持ち歩いてはいた。……それが、飲むことすら叶わないなんて。
目の前が暗くなっていく。
死の恐怖が湧き上がりそうになったが、それすら、心に広がっていく『
「り、リオ!! リオ!! 私、ここにいるよ!! やだ!! 死なないで!!」
マルリースの声が遠くから聞こえた。
マルリース、どこにいるの、手を握って欲しい。
――死が迫るのを感じる。
死への恐怖は夜影に飲まれたのに、マルリースへの思いが薄れることはなく、むしろ執着が増した。
夜影の中にあっても、この気持ちだけは輝きを失わないことに、それだけに救われる。
――僕は、何年だって彼女を待つつもりだったし、手に入らなくてもずっと愛していくつもりだった。
いずれ、騎士として彼女に忠誠を誓い、ずっとずっと傍にいられたら、それでいいと思っていた。
それが、マルリースと婚約できたのに。
僕の願いは叶い、望む未来が目の前にやってきていたのに。
それなのに、これで終わるなんて……!
そんなことが許されるわけがない。
マルリースを、こんな形で失うなんて……!
「……っ」
また、血を吐いた。
そばにいるマルリースのドレスを汚してしまったかもしれない。
――僕は、まだ伝えられるだろうか?
マルリース……これで僕が死んで、違う誰かと……結ばれたり、しない?
いまさら、マルリースが他の誰かのものになるだなんて、絶対に許せないよ?
それなら最期に、これだけは……。
「……愛して、る?」
短い一言しか言えなかった。
ちゃんと伝わったか不安だったけど、大きな声が耳元に返ってくる。
「愛してるよ!! 決まってるよ! 誰よりも自分よりも大事だよ!! ……あ」
ふと、額に熱を感じた。
マルリースの額石とおそらく同じ場所……。
きっと僕は彼女のツガイとして認められたんだ、とわかった。
そうだ――ツガイなんだ、僕たちは。
死んだとしても、僕は君の唯一でいられ……――あ。しまった……。
マルリースがこのあと妖精竜になってしまうかもしれない。
彼女が恐れていたのに、僕はなんてことを……。
心に『夜影』が染み入る。
ああ、でも……大丈夫。
竜になったって、僕の気持ちは変わらないから。
むしろ、誰かに取られる心配が減る。
――未来永劫、誰にも渡さない。僕の、マルリース……。
その後、マルリースに抱きしめられて眠る夢に落ちた。
苦しさが消え、急に身体がとても軽くなった。
心に入り込んだ夜影も塵となって消えていく。
白くまばゆい世界で、マルリースと抱き合っている。
そんなとても心地よい夢だった。
――このまま。
「起こさないでください」
とつぶやいた。しかし。
「起きろ、バカモノがああああ!!」
僕はいきなり誰かに蹴り飛ばされ、その心地よい夢はいきなり終わった。
「ごふ……っ!?」
床をバウンドして転がり、最終的に受け身をとって立ち上がって蹴り飛ばした相手を見ると父上だった。
その傍らには泣いている母上と、あたふたしているレナータがいた。
「父上、いきなり何をするんですか!」
「どう見ても回復してんのに、いつまでも寝ようとしてるからだろうが、バーカ!! バーカ!!」
「リシュパン子爵! おやめください!! 生命はとりとめましたが、王太子様がまた治療中なのですよ!!」
僕に怒鳴り暴力を振るった父上が、近くの係員に叱られ謝る。
「あ……すみません!!」
馬鹿はどっちなんだ。
しかし、父は乱暴に僕の腕を引っ張った。
「……ちょっと、こっちへ来い!!」
「あ、ちょっと。病み上がりなんですよ、僕は」
無理矢理ひっぱられ、父上に舞台袖へ連れて行かれる。
……あ。
父の目は良く見たら真っ赤で、かなりの鼻声だ。
ふ、ふーん……。
「はあ……大丈夫か? ……心配、した」
「人を蹴り飛ばしておいて何いってるんですか……と言いたいところですが、ご心配おかけしました」
「リオネル……!! 良かった……!! あなたは悪くないわ! こんな、こんな晴れの日に毒を盛るような犯罪者が出るなんて!!」
母が悲痛な声をあげて、泣き、抱きついてきた。
「母上……。ご心配をおかけしました……」
僕は母上を抱きしめた。
いつものんびりとした雰囲気でありつつ隙のない母上が、肩を震わせて号泣している。
「……そこのお前んとこの騎士に聞いたが、マルリースがお前を処置したらしい……だが、マルリースは行方不明だ。さっきからうちの護衛にも探させてるが、見当たらない」
「え……」
「も、申し訳ありません! ボックス席に戻られるとのことだったので、私……お一人で返してしまいました……!」
「ああ、レナータ君、君は悪くない。マルリースがここにいるように命令したのだろう?」
レナータは、小さくはい……と頷いてうつむいた。
「ねえ、リオネル。あんな状況だったなら……マルリースは……あなたに愛してると言ってしまったのではない? 今からすこし前に、街に翡翠色の竜が現れたと、速報が会場に届いたわ」
「――」
両親には、僕たちが愛の言葉を交わせないことを話してあった。
母上の言葉に僕の心は凍りついた。
毒に侵された僕は彼女に夢か現かで、愛を求め、彼女はそれを返した。
あれが、
ふと、自分の左手が目に入ると、薬指に六角形の文様が光った。
これは……ツガイの印、か?
いや、でもそれは額に刻まれたはずでは? 僕の勘違いだろうか。
マルリースがそんな事を言っていた気がする。
けれど、ツガイが成立し、このタイミングで現れたのであれば、間違いない、その竜はマルリースだ。
……僕のせいで……妖精竜に……。
きっと今頃、嘆いて絶望してるかもしれない。
……早く迎えに行かなきゃ。
「リオネル。さらにやばい話だ。つい先程、先に回復したウィルフレド閣下にその翡翠竜討伐の勅命が下された。もし、あの竜がマルリースなら……急げ。剣聖が向かったなら、少なくともお前しか助けられん」
「なんだって! それを早く言ってよ!!」
いつも砕けた顔をしている父上の、こんな鬼気迫った顔は初めてだったし、それを聞いた僕もおそらく同じ顔をしていたと思う。
「……っ!!」
僕はそのまま、会場から飛び出した。
馬車に走り、剣を取り出す。
剣を握り
「――!?」
額と、左薬指が熱い。
そして、僕の身体が毒を食らう前よりも、生命力に溢れている。
「……マルリース。 一体、僕に何をしたんだ……!?」
ツガイの成立はマルリースが覚醒するのであって、僕には何も起こらないはずでは……?
何かがおかしい。
そして。
「マルリースがいる方角がわかる……」
僕は剣を引き抜き、鞘を足場に風で舞い上がった、が。
「!?」
いつもと同じようにやっているのに、魔力量が違う――魔力量が無限に拡大したかのような……。
「どうして僕にこんなことが――いや、今はそれはいい」
鞘を走らせると、やはりいつもよりスピードが格段に違う。
あっというまにマルリースとウィルフレド閣下に追いつけそうだ。
しばらくすると、マルリースの焦燥感が伝わってきて、思わず心でその名前を叫んだ。
《マルリース!!》
――何かがつながる感じがした。そして――
《リオ!! リオネル!!》
彼女の泣きそうな声が頭に響いてきて、その状況が感じ取れる。
閣下が、マルリースに対して大技を放とうとしている……!
僕は更にスピードを上げる。
「――見えた」
郊外に広がる森の上空。
美しい翡翠色のドラゴンと、その前に立ちふさがり、無数の光の粒を剣に集中させているウィルフレド閣下。
怯えて目を閉じているマルリースに声を送る。
《マルリース、目を閉じては駄目だ!!》
そして――。
「……っ!」
僕は風のスピードをさらに上げ、彼女の前に滑り込み――
「リオネル……っ!?」
――ウィルフレド閣下の重たい剣を受け止めた。