泣きっ面にハチどころじゃないこの事態。
竜になったことだけでも大変だというのに、とっっても大変だというのに……!!
こんな追い打ち、ひどすぎるよーーー!!
私は泣いたが、やはりそれは『竜の咆哮』にしかならなかった。
光弾をなんとか避けながら逃げ飛びまわると、どんどんイチョウの丘から離れていく。
「(――おかしい。これだけ撃たれてるのに、一発もこの巨体に当たらないなんて。そういうものなの……? あ……)」
……誘導されてるんだ!
そう気がついても、逃げの一手しかない私は、どんどんと郊外へと追いやられる。
人家が減り、次第に人が住んでいない森だけの世界が広がり始める。
……こ、こんなところに来たら、大きな一撃を放たれるのでは――。
――そう思った瞬間、後ろから高い魔力を感じた。
「マルリース!! アイツ、でっかい光弾を練ってる!! あんた、魔力による防御膜貼れないの!?」
うえああぁあ!?
言っておくけど、人間の時は、できた。できたのよ!
属性のない、魔力だけでの簡易的なものではあったけど。
けれど、妖精竜のこの身体だと、どうやればいいのかがわからない。
どうしても人間の知識で思考してしまい、魔力の扱い方が――感覚がわからない。
「(お願い、あなた達だけでも逃げて!!)」
私は森の上空をスレスレに低空飛行しながら、リージョとハルシャを振り落とそうと首を大きく振った。
「うああ! あんた、何やってんのっ!?」
「きゅー! きゅーきゅー!!」
しかし、二人共しがみついて、降りてくれない! ――伝わらない。
どうやったら……。
グラナートお父様がやってたテレパシーみたいなの、どうやればできるんだろう!?
! そうだ、グラナートお父様!!
「(グラナートお父様!! 助けて!! 剣聖に追われてる!!)」
私は、ダメ元で心で叫んだ。リージョが一緒にいたのは幸いだ!
《――マルリース!!》
グラナートお父様の声が聞こえた。つながる、グラナートお父様とは会話できる!!
しかし、お父様は――。
《もうすぐ、そちらに顕現できる。あと少しだけ耐えてくれ!》
「(うええええ!!)」
そうか、お父様は自分を圧縮しないと、こちらには来られないんだった。
お父様がそのまま、ぽん、とこっちに来たら世界が大崩れするかもしれないとか……ああ、もう……!
「おいおい、低空飛行してどうした!? オレが森に遠慮して魔法を撃たないとでも思ったかー!?」
そして大きく響くウィルフレド閣下の声。
――来る!!
私は、羽ばたき速度を上げた。
私はどれくらい早いのだろう。少なくとも今の景色の流れはリオネルに乗せてもらった風と同等に早い気はするけれど――ああ、感じる、どんどん高魔力が迫ってくる!
「マルリース!! 光弾が!! あ、リージョ、何す」
リージョが、ハルシャの手を引いて、私の上から飛び降りた。
彼らが途中から、まるで
落下中、ハルシャがリージョの頭に乗り、羽ばたきながら落下速度を抑えていたようだった。
よかった……! リージョ! ハルシャを連れて逃げてくれて、ありがとう!!
しかし、その直後、高速で迫ってきた光弾に私は被弾した……!
自分が一瞬で霧散するんじゃないだろうか、と思うような衝撃が来た。
「(うあああ……っ)」
しかし――。
「ああ!? なんだよ、それは!! ――王族の紋章だと!?」
見ると、私の背後に、大きな王家の紋章が浮かび上がり、光弾を受け止めていた。
……あ!!
マダム・グレンダがくれた、王族のタトゥー護符が発動したんだ!
護符に受け取られた光弾は、しばらくすると護符と共に霧散した。
「ちっ」
ウィルフレド閣下が舌打ちした。
「ああ、まあいい。王家の紋章をお前がもっていようとも、オレに討伐を命じたのは王家だ。気にする必要ねえな。さ、お遊びは終わりだぜ。それともまだ護符はあんのかー? まあ無くなるまで切り刻むけどよ!」
チャキ、と剣が抜かれる音がした。
気がつけば、ウィルフレド閣下はスピードを上げて、私の顔の横に並んでいた。
――目が爛々と輝いてる。
以前リオネルの就任パーティで一緒に踊ったときは、優しい瞳をしていたのに……まるで別人だ。
……あれ?
きらり、ウィルフレド閣下の周りに絡みつくような光る糸のようなものが見えた。
「(あれ、なんだろう)」
それは確実に見えたはずなのに、すぐに消えた。
……光ってたから光魔法の何かの術だろうか。
い、いや、そんな事を気にしてる場合じゃない!
ああ、せめて人間の言葉が喋れたら、正体バレるけどマルリースですって言うのにー!
そして、ウィルフレド閣下がスピードを上げ、私の進行方向のはるか前に立ちふさがった。
彼の構えた剣に、美しい光の粒が集まっていく。
――私を一撃で仕留めるつもりだ。
もう、護符はない。
グラナートお父様が来る気配もまだ感じない。
自分でなんとかするしかない……けどどうしたらいいの。
せめて、魔法による攻撃を防げる魔力防壁もしくは防膜を貼ることができれば……!
私は自分の竜の体内に、必死にその感覚を探す。
――わからない。
焦る気持ちに、ますます感覚がつかめなくなっていく。
「ああ、嬉しいねえ。これでオレは剣聖に加えて、ドラゴンスレイヤーの称号が手に入るわけだ!」
――ああ、それも、狙いなんだ。
光の粒が集約し、剣が倍の大きさに見える。
あれで、斬られたらどうなるの。
……リオにもう、会えなくなるのは確実に思えた。
――嫌だ!!
せっかく彼の命がつながったのに、会えなくなるのは嫌だ!
死ぬのはせめてリオネルに、ツガイを成立させたこと、無断で儀式をしたことを謝ってからでないと嫌だ!!
そして、せっかくツガイが成立したんだもの、今度こそちゃんと言いたい。
――愛してるって。
「(――リオネル!!)」
泣いて叫んでも、龍の咆哮、それでも私は叫んだ。
会いたい!
死ぬ前にリオネルに!
――そう、強く思った時。
《マルリース!!》
――脳内に。
私が今まさに切望していた声が響いた。
――《リオ!?》
《リオ……っ リオネル!!》
私は心の中で、竜の口で叫び続けた。
しかし、それは現実では咆哮となる。
「おうおう、威嚇かー!? いいね、最後まで足掻け! その方がやりがいがある!!」
ウィルフレド閣下の剣が振り下ろされる。
数刻前、彼に斬られたボニファースの首が床を転がった音。それが脳内で再生される。
「(……死ぬ!!)」
私は、目をつぶった――その刹那、強い風が吹いた。
《マルリース、目を閉じては駄目だ!!》
前方に見覚えのある青いペリースがなびいた。
そのペリースがはためくたびに、リオネルの金の髪が見え隠れする。
――リオネル!
心が震えた。
……助けに来てくれた。
それに今の私を、私だと、わかってくれてる……?
竜の姿でも、私への変わらない彼の態度に、胸が熱くなる。
しかし、状況は予断を許さなかった。
――ガキン!!
剣同士がぶつかる大きな音がし、リオネルは剣の柄を足場に、ウィルフレド閣下の剣を受け止めていた。
……リオネルが来たから、ウィルフレド閣下もやめて……くれるよね!?