「――――グオオオオオオオオオオオオッ」
聞き覚えがある。
オスニエルの屋敷でグラナートお父様があげた咆哮、それとそっくりだ。
それは、認めざるを得ない――私は妖精竜になったのだ。
胸に張り裂けそうな痛みが広がる。
人間の時とこの心の痛みは変わらないのに。
けれど、泣こうとしても、泣くことはできず――出てくるのは、ただ恐ろしい咆哮。
――しかし、それでも時折、心の奥底から高揚感が湧き上がる。
私の中の妖精の血が、よろこんでいる……。
外に、飛び出したい――。
大空に飛び立ち、自由に舞いたいという衝動が抑えられない。
私が心のままに翼を広げると、それは繭を斬り裂いた。
そのまま、翼で乱暴に繭を内側から破り、望みのままに天空へと舞い上がった。
リオネルに連れられて飛んだ空と同じ場所へ――いや、それよりももっと高い場所へ到達した。
太陽の光に照らされると、自分が以前の髪色と同じ、翡翠色の毛に覆われているのが見えた。
鱗ではなく、滑らかな毛が輝いている。
「――綺麗……。まるで翡翠のような竜だわ……」
傍についてきていたのか、ハルシャがポツリと感嘆の声を漏らした。
綺麗な竜?
「(……)」
美しいと言われても……今は何の慰めにもならない。
「(やっぱり……なってしまった。妖精竜に……これからどうしたらいいの……)」
高揚から空へ舞い上がったあとは、ふと我に帰り、途方にくれた。
「あ、いけない。ぼーっとしちゃったわ!! マルリース! 聞こえる? イチョウの丘へ行こう!」
「にゅう、きゅう!」
……あ、そうか、そうだったね。
ハルシャとリージョの声は頭上から聞こえる。私の頭に乗っかってるのかな。
いつの間に。
とりあえず、落ち込んでいる暇は……あれ。
そこで私は気がついた。
「(お父様みたいに、空間が割れてない……)」
……私は、世界を……壊さない?
つまり、それは……この世界にいられるということ……。
グラナートお父様は言ってた。
彼は圧縮できたとしても大きな山のような人間になるから、この世界にいられないって。
でもオスニエルの屋敷での彼の様子を思い出すと――例えそんな風に圧縮しても、あの空間の割れようでは、とても無理な話しだと思っていた。
でも。この今の私の状態なら……。
人間に戻る……というか、変化する術を覚えれば……この世界に、リオネルと一緒に居られるってこと!?
「(あ……)」
良かった……良かった……!
涙はでない。
しかし、仰ぎ見た空がとても美しく見えた。
とても救われた気分だった。
――しかし。
落ち着いてくると、たくさんの視線を感じた。
そして、サイレンと悲鳴が聞こえる。
「!?」
ああ、そうだ!
ここって思いっきり住宅街の真上だった!!
『またドラゴンが出たわ!!』
『きゃあああああ』
『警備隊、警備隊を呼べ!!』
「マルリース!! 早く! こっち! アタシが見える!?」
ハルシャが私の眼前に回り込んで来た。
――私はゆっくり頷いて、ハルシャの誘導に従って、旋回した。
飛び方は自然とわかるものの、小回りがきかないから、そうなる。
巨体って大変だ……。
妖精の粉を散らし煌めかせながら、ハルシャを追いかける。
――とにかく妖精界に行かなければ。
イチョウの丘は目の前だ。すぐに着くはず――。
進路を定め飛び始めた私だったが、ハルシャの向こうに、大きな光球が現れた。
「(え!?)」
「え! なに!?」
光球の中には、狂喜の笑顔を浮かべた血まみれのウィルフレド閣下が、リオネルと同じように、剣の柄を足場にし剣を構えていた。
「なに、アイツ! こわい!」
「きゅうきゅう……!」
ハルシャもリージョも、驚いて、私の額石の上に張り付く。
ウィルフレド閣下が叫ぶ。
「おまえ! こないだの黄金の竜じゃないのか!? 以前と色が違うようだが!! 淡緑色のでっかい翡翠が空に浮いてんのかと思ったぜ!」
「(うあああ!?)」
私は驚いて、そのまま避けるように、更なる上空へ昇り、そこから、ウィルフレド閣下から離れるように飛んだ。
え……? え……。
卒業会場まで、もう私の話しが伝わったの!?
そして彼が来た、ということは私を討伐しろって緊急命令が出たことだよね?
やだ、人間こわい!!
そして……ウィルフレド閣下の様子が、なんかおかしい?
目つきが……。
そりゃ、あんな事があったあとで、私を退治しろって緊急命令が出たら、ちょっとメンタルが忙しいかもしれないけど! それにしたって何か……。
そういえば、ボニファースを裁いた時も、様子が尋常じゃなかったけど……あれは、普通に怒ってたからだと思ってた。あれだけ怒っても当然なことだったし。
でも、今は……まるで狂人のような瞳をしている。
一度ダンスした時に彼と合わせた瞳は、優しかった。
こんな目をするような人には……とても。
――あ。
ひょっとして、夜影の花の後遺症?
そうか、まだ魂が影っているんだ!
あれ、でもリオネルは? リオは命令を受けてないの?
私とツガイの儀式をしたし、確かに私は自分の生命が彼へ流れる感覚があった。
同じ剣聖のリオが来ないってことは、リオはまだ意識がないってこと?
……多分そうだ、きっとまだ意識が戻ってないんだ。大丈夫かな……。
いや、そんな事を考えてる場合では――。
ふと、後方から――”なにかが、来る” そう感じて私は身体を傾けた。
私の翡翠の体毛を掠め、鋭い光弾がいくつも通り過ぎていった。
妖精の粉と、私の緑毛が、キラキラと舞い散る。
「(うああ!?)」
「ははは!! 避けたか!! 結構結構!! 剣で仕留めたいからなぁ!! だが、なかなかの速度! 追いつくのが大変だぜ」
なんて張りのある声。狩りを楽しもうとしてる!
……に、人間からしたら当然かもしれないけれど……私、驚かせたかもしれないけど……なにもしてないのに……!!
私、悪い竜じゃないよおおおお!!