目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
76 溶解

 ドレス姿は目立つ。


 しかし幸運にも、馬車の停留場所へは、人通りがなかった。

 卒業式だから当然か。

 学院内にいる人は全員と言っていいほど、会場に集まっているだろう。


 他の貴族の馬車も停まってはいるが、御者たちもずっと待機しているわけではないし、見られても少数だ。


 私は自分の馬車を見つけると、そこへ転がり込んだ。

 うちの御者も留守だった。休憩しているんだろう。


「あれ!? おかえり!! え、なんで泣いてるの!? そんなに感動したの!? リオネルは?」

「キュッ!」


 ハルシャとリージョを見たら、すこし心が安堵した。


「ハルシャ、違うの。 とても大変なことがたくさんあったの。それで……そうだ、……リージョ!! グラナートお父様!!」


 本当に、いろんなことがありすぎた。

 私はリージョに向かって叫ぶようにグラナートお父様を呼んだ。


 「グラナートお父様!! リオネルをツガイにしてしまったの……! 私、ツガイの儀式をしてしまったの!!」


 しばらくすると、リージョの身体が輝き始めた。


「お父様!!」


《マルリース。君がツガイの儀式をしたのを視たと、先程妖精王から聞いた。だから知っているよ。……とりあえず慌てず……落ち着いて》


 私は妖精界のルールにも違反していないか、心配だった。


「それに、リオネルの……了承ももらってないでしちゃった!! だって……リオが死にそうで……!!」


 私は覚悟の上だったけど、違反の罪がリオネルにも下らないか心配だった。


「え、リオネルが死にそうになったの!? 卒業式で!? なんで!? ……あ、口挟んでごめん。でもマルリース、それは妖精界のルールでは大丈夫だよ! だって、リオネルは正式なツガイなんだし! それにリオネルはきっと儀式のことを受け入れてくれるよ! だから、泣かないで」


 ハルシャが心配そうに私の肩に止まって頬をなでてくれた。


「本当……? リオネルが罰せられたりしない?」


《ああ、大丈夫だよ。余計な気を回して心配しすぎだ、マルリース。そこのピクシー……ハルシャの言う通りで、君は【愛の告白】をし、リオネルとツガイ成立したあとにツガイの儀式を行った。リオネルの了承はなかったのは褒められた事ではないが、妖精界のタブーはツガイでない相手に妖精王に無断で儀式をすることだ。妖精界の法(ルール)は破っていない》


 正式なツガイに勝手に施した場合は、本人たちの問題で、妖精界の預かり知らないところらしい。


「良かった……。でも、額が熱いよ……」


《それは、覚醒が始まっているからだ。死にかけたリオネルに生命を与えても、君は今、前以上に生命力に溢れているのを感じる……それが証拠だ。もうしばらくすれば時がくる》


 時がくる……。


「いやだ……、竜にはなりたくないよ……」


《……マルリース。結果はまだわからない。なってしまったら解決法を考えよう。とりあえずイチョウの丘にこれるかい?》


「イチョウの丘?」


《あそこには比較的大きな妖精界へのゲートがある。妖精界へ入れば、とりあえずどんな竜になろうとも対応できる》


「……格好が目立つね。外套は馬車に積んであるけど……学院から出れるかな」


「あ、それならアタシが助けてあげる。妖精の粉を使って暫くの間だけだけど、姿を消してあげる! 行こう。ゲートもアタシが見つけてあげる」


「ハルシャ……。……ありがとう」

「泣かないでよ! 家族でしょ! それにこれまで助けてくれた恩返しだよ!」


 言葉がでない。

 私が泣きながら、席の下にあるトランクを取り出し、そこから外套を取り出し羽織ると、馬車から降りた。


「ちゃんと姿消えてるよ、安心して転ばないように歩いて」


 ハルシャも姿を消しているのか、声だけが聞こえる。


「……うん、うん」


 イチョウの丘は結構遠い。

 しかもヒールだから時間がかかる。


 それでもなんとかイチョウの丘の手前――イチョウ通りにまでやってきた。


 リオネルとお祭りで買い食いして歩いたあの道だ。

 お祭りの時とは違い、閑散としていて人の姿がない。


 雪かきはされているのだろうけれど、まだ寒いこの季節、雪は薄ら積もっていて、ヒールで歩くのは困難だった。


 そうしてる間に、額石はどんどん熱く、中にエネルギーが溜まっていくのを感じていた。


 ――しかも、気分が高揚してきた。


 おそらく、妖精として……満ち溢れてくる力に、無意識に喜びを感じている。

 同時に、そんな自分が嫌だった。そして怖い。


「きゅ、きゅ……っ」


 リージョが肩で鳴いてる。

 多分励ましてくれてる。


 ふと、こんな小さな子たちに励まされてる自分が情けなくなってきた。


 そうだ、落ち着こう。

 グラナートお父様にもさっきそう言われた。


 そう。

 私はこれから、どうなるかわからない、けれど……リオネルが助かったんだ。


 彼とは、妖精竜になったら額石を壊してもらう約束をしてある。

 大丈夫、きっと大丈夫だ……。

 これからもきっとリオネルと一緒にいられる。



 ――ドクン。



「あ……!?」


 大きく心臓が跳ねた。

 額石ではなく、胸の中心――心臓が急に強く、狂ったように脈を打ち始め、私は雪の上に倒れ込んだ。


「――あ……」

「ちょっと! 大丈夫!? って、ええ!!」


 体中に緑色の光が湧き上がり、内から外へと膨れ上がるように広がる。

 それは、まるで生命そのものが爆発するような感覚。

 緑の光は私を包み込む繭となり、その中で私の体が、別の何かに変わっていくのを感じた。

 身につけていた服や装飾品が次々と剥がれ、繭の外へと落ちていく。


「――もう、止まらない……」


 ――涙が一筋落ちた。


「うあああ!? 何が起こってんの!?」


「ハルシャ……、イチョウの丘には間に合わなかった、みたい……」


 その言葉を最後に、緑の繭が完全に私を包み込み、外界との繋がりが遮断された。


 ――その中で私は自分の肉体が融けていくのを感じた。

 手足の指先から身体の中心に向かってドロドロに融けていく。


「(これは……なに? 嫌だ、こんなの……)」


 今までの私がすべて融けきると、今度は額石を中心に、新たな力が湧き出し――身体が再構築していく。


「あ……?」


 形を失ったはずの私の体が、新たな形へと編み直されていく感覚。


 ――心地よい。


 痛みはなく、今までに感じたことのない快楽が体を包み込む。

 まるでとても、嬉しいことがあった時のように、舞い上がるような気持ちが心にあふれる。


 繭の外から、ハルシャとリージョが何か叫んでいるのが聞こえる。


 ”心配しないで、ちゃんと意識はあるよ”


 そう答えたつもりの私の口から出たものは――



「――――グオオオオオオオオオオオオッ」



 ――人間の言葉ではなく、怪物のような咆哮だった。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?