ドレス姿は目立つ。
しかし幸運にも、馬車の停留場所へは、人通りがなかった。
卒業式だから当然か。
学院内にいる人は全員と言っていいほど、会場に集まっているだろう。
他の貴族の馬車も停まってはいるが、御者たちもずっと待機しているわけではないし、見られても少数だ。
私は自分の馬車を見つけると、そこへ転がり込んだ。
うちの御者も留守だった。休憩しているんだろう。
「あれ!? おかえり!! え、なんで泣いてるの!? そんなに感動したの!? リオネルは?」
「キュッ!」
ハルシャとリージョを見たら、すこし心が安堵した。
「ハルシャ、違うの。 とても大変なことがたくさんあったの。それで……そうだ、……リージョ!! グラナートお父様!!」
本当に、いろんなことがありすぎた。
私はリージョに向かって叫ぶようにグラナートお父様を呼んだ。
「グラナートお父様!! リオネルをツガイにしてしまったの……! 私、ツガイの儀式をしてしまったの!!」
しばらくすると、リージョの身体が輝き始めた。
「お父様!!」
《マルリース。君がツガイの儀式をしたのを視たと、先程妖精王から聞いた。だから知っているよ。……とりあえず慌てず……落ち着いて》
私は妖精界の
「それに、リオネルの……了承ももらってないでしちゃった!! だって……リオが死にそうで……!!」
私は覚悟の上だったけど、違反の罪がリオネルにも下らないか心配だった。
「え、リオネルが死にそうになったの!? 卒業式で!? なんで!? ……あ、口挟んでごめん。でもマルリース、それは妖精界のルールでは大丈夫だよ! だって、リオネルは正式なツガイなんだし! それにリオネルはきっと儀式のことを受け入れてくれるよ! だから、泣かないで」
ハルシャが心配そうに私の肩に止まって頬をなでてくれた。
「本当……? リオネルが罰せられたりしない?」
《ああ、大丈夫だよ。余計な気を回して心配しすぎだ、マルリース。そこのピクシー……ハルシャの言う通りで、君は【愛の告白】をし、リオネルとツガイ成立したあとにツガイの儀式を行った。リオネルの了承はなかったのは褒められた事ではないが、妖精界のタブーはツガイでない相手に妖精王に無断で儀式をすることだ。妖精界の法(ルール)は破っていない》
正式なツガイに勝手に施した場合は、本人たちの問題で、妖精界の預かり知らないところらしい。
「良かった……。でも、額が熱いよ……」
《それは、覚醒が始まっているからだ。死にかけたリオネルに生命を与えても、君は今、前以上に生命力に溢れているのを感じる……それが証拠だ。もうしばらくすれば時がくる》
時がくる……。
「いやだ……、竜にはなりたくないよ……」
《……マルリース。結果はまだわからない。なってしまったら解決法を考えよう。とりあえずイチョウの丘にこれるかい?》
「イチョウの丘?」
《あそこには比較的大きな妖精界へのゲートがある。妖精界へ入れば、とりあえずどんな竜になろうとも対応できる》
「……格好が目立つね。外套は馬車に積んであるけど……学院から出れるかな」
「あ、それならアタシが助けてあげる。妖精の粉を使って暫くの間だけだけど、姿を消してあげる! 行こう。ゲートもアタシが見つけてあげる」
「ハルシャ……。……ありがとう」
「泣かないでよ! 家族でしょ! それにこれまで助けてくれた恩返しだよ!」
言葉がでない。
私が泣きながら、席の下にあるトランクを取り出し、そこから外套を取り出し羽織ると、馬車から降りた。
「ちゃんと姿消えてるよ、安心して転ばないように歩いて」
ハルシャも姿を消しているのか、声だけが聞こえる。
「……うん、うん」
イチョウの丘は結構遠い。
しかもヒールだから時間がかかる。
それでもなんとかイチョウの丘の手前――イチョウ通りにまでやってきた。
リオネルとお祭りで買い食いして歩いたあの道だ。
お祭りの時とは違い、閑散としていて人の姿がない。
雪かきはされているのだろうけれど、まだ寒いこの季節、雪は薄ら積もっていて、ヒールで歩くのは困難だった。
そうしてる間に、額石はどんどん熱く、中にエネルギーが溜まっていくのを感じていた。
――しかも、気分が高揚してきた。
おそらく、妖精として……満ち溢れてくる力に、無意識に喜びを感じている。
同時に、そんな自分が嫌だった。そして怖い。
「きゅ、きゅ……っ」
リージョが肩で鳴いてる。
多分励ましてくれてる。
ふと、こんな小さな子たちに励まされてる自分が情けなくなってきた。
そうだ、落ち着こう。
グラナートお父様にもさっきそう言われた。
そう。
私はこれから、どうなるかわからない、けれど……リオネルが助かったんだ。
彼とは、妖精竜になったら額石を壊してもらう約束をしてある。
大丈夫、きっと大丈夫だ……。
これからもきっとリオネルと一緒にいられる。
――ドクン。
「あ……!?」
大きく心臓が跳ねた。
額石ではなく、胸の中心――心臓が急に強く、狂ったように脈を打ち始め、私は雪の上に倒れ込んだ。
「――あ……」
「ちょっと! 大丈夫!? って、ええ!!」
体中に緑色の光が湧き上がり、内から外へと膨れ上がるように広がる。
それは、まるで生命そのものが爆発するような感覚。
緑の光は私を包み込む繭となり、その中で私の体が、別の何かに変わっていくのを感じた。
身につけていた服や装飾品が次々と剥がれ、繭の外へと落ちていく。
「――もう、止まらない……」
――涙が一筋落ちた。
「うあああ!? 何が起こってんの!?」
「ハルシャ……、イチョウの丘には間に合わなかった、みたい……」
その言葉を最後に、緑の繭が完全に私を包み込み、外界との繋がりが遮断された。
――その中で私は自分の肉体が融けていくのを感じた。
手足の指先から身体の中心に向かってドロドロに融けていく。
「(これは……なに? 嫌だ、こんなの……)」
今までの私がすべて融けきると、今度は額石を中心に、新たな力が湧き出し――身体が再構築していく。
「あ……?」
形を失ったはずの私の体が、新たな形へと編み直されていく感覚。
――心地よい。
痛みはなく、今までに感じたことのない快楽が体を包み込む。
まるでとても、嬉しいことがあった時のように、舞い上がるような気持ちが心にあふれる。
繭の外から、ハルシャとリージョが何か叫んでいるのが聞こえる。
”心配しないで、ちゃんと意識はあるよ”
そう答えたつもりの私の口から出たものは――
「――――グオオオオオオオオオオオオッ」
――人間の言葉ではなく、怪物のような咆哮だった。