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74 夜影の花、そして……

※引き続き、残酷な現場となります。



「いやーーーーーーーーー!!」


 私は大声で叫んだが、会場の割れんばかりの悲鳴にそれはかき消された。

 確かに叫んだのに、自分の悲鳴が聞こえない。


 私は数メートルの高さがあるボックス席から飛び降りようと、乗り出したが、レナータさんに取り押さえられた。


「マルリース様! 叛乱はんらんかもしれません、私の傍を離れないでください!!」


「離して!! リオの、リオのところに行かなきゃ!!」


 お互い、何かを叫びあうが、会場の音にかき消される。

 私は護衛の腕のなかで暴れていた。 


 しかし、しばらくすると、ふと風が吹いた。

 そう思うと周りの音が拾えるようになった。


「魔力消去装置を切れー!! え!? もう切った!?」

「聖属性使いは壇上へ!! 聞こえないのかー!」


 ふと、肩を持たれた。


「マルリース様。落ち着いてください」

「レナータさん……」


「魔力消去装置が切れたので、風魔法が使えるようになりました。会話ができるように雑音をカットしてみました……が、周囲の音を識別できますか?」


「できる、ありがとう! それより、レナータさん、お願い! リオのとこに連れてって!! 風魔法ならいっきに壇上までいけるよね!?」


「それはできません! 私といてください、危険です!」


「命令よ! 連れていきなさい!!」


 生まれて初めてこんな言葉を使い叫び、泣いた。


「マルリース様……。――わかりました」


「レナータ、駄目だ!」


 護衛がもう1人現れた。

 そうか、新人1人に任せるわけないよね。


 しかし、レナータさんは、私を抱きしめると、風を起こした。

 私達の周りを小さな風が行き交う。


「一瞬、息とめてください」

「え……」


 次の瞬間、ゴウッ! と耳がおかしくなりそうな音がしたと思ったら、そこはもうボックス席ではなく、


「マルリース様、ご命令の通りに。――リオネル様の御前です」


 レナータさんは、いつもと違う厳しい顔で、私の肩を抱いてリオの前に座らせてくれた。


「リ、リオ…………!! リオ!! 私がわかる!?」


 私はリオネルの手を取り、声をかける。

 虚ろなリオの瞳が動く。

 目の前の私が見えてない……!?


 ……そうだ。

 私は近くで動いてる係員に声をかける。


「あの、聖属性の人は……!」


「待機していた2名がいま、あちらで第一王子殿下と、ウィルフレド閣下を治療中です。その……身分順で……」


「……っ」

「そんな……! なんとかならないのですか!?」


 レナータさんは非難の声をあげた。

 私もそうしたかったが、そうしても仕方ないことがわかる。私はリオネルに視線を戻した。


 大丈夫、大丈夫だ。

 リオネルは、毒はある程度慣らしているはず。

 それに、剣聖は、気魄オーラの力で自分で解毒も行えるはず……でも……。


 なのに、どうしてリオネルはこんな状態なの?

 ウィルフレド閣下もしかり、だ……と考えていた時、


「鑑定魔法の結果がでた! 『夜影よかげ』の花だ!!」


 あちこち情報が大声で飛び交うなか、鑑定スキルで毒を特定していた係員の声が響いた。


 ……なんですって!?






 仕事柄、私も、その成分は知っている。


 『夜影よかげ』と呼ばれる花から採れるその毒は体内に入り込むと瞬時に血液混ざり、あっというまに全身に回る。


 そして、その毒に侵されたものの全てを毒に染めていく。――そう、魔力も気魄オーラも含めてだ。

 全身を暗い色に染めていき、体力と精神力を急速に失わせ、内蔵を破壊し死に至らせる。


 即死性のある恐ろしい毒だ。

 他者からの助けがあるか、解毒剤でしか解決できない。


 別名『聖女殺し』。


 どんな毒でも解毒する回復のプロフェッショナルである聖女ですら、その条件のもとに、自分では解毒できずに死ぬという毒。


 それに、こころまで影に染められる場合もあり、助かったとしてもしばらくは、心を病んだ状態にもなる。


 ――治療の順番を待つしかない……。

 ……どうしてここは工房じゃないの!

 工房なら、せめてダンジョンに行く時の装備があれば、私にだって応急処置できるのに!!


「り、リオ!! リオ!! 私、ここにいるよ!!」


 リオネルの耳は聞こえているのか、私の声に目が泳ぐ。


 リオネルの身体が影に染まっていく。

 髪も瞳も肌も『薄暗く』なっていく。

 まるで闇に沈んでいくようだ。


「やだ……やだ!! 死なないで!!」


「……る」

「え?」


 リオネルが掠れた息で、つぶやいた。


「……愛して、る?」


 やだ、なんでそんな事聞くの。


「愛してるよ!! 決まってるよ! 誰よりも自分よりも大事だよ!! ……あ」


 思わず口を抑えた。


 しかし、その愛を口にした瞬間――。


 額の石が脈打ち、熱くなった。


「うあ……っ」


 見ると目の前のリオの額に、私の額石があるのと同じ位置に――。


「……私の、ツガイの……しるし……」


 私の額石にそっくりな形の光が、リオの額に輝いて定着した。


 ――ツガイの愛の告白が、成った。


 こんなに唐突に。

 こんな時に。


「あ……」


 また、一段とリオネルの影が濃くなる。

 こんなに額の石が熱く、彼を切望しているのに、失おうとしている。


 そんな事は……だめだ。


 ――そうだ。


「ツガイの儀式……」


 それに気がついたら、考えるより早く――



『――ここに、我が誓いを捧ぐ』



 ――以前、父に教わったその言葉を私は口にしていた。



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