講堂は馬蹄型のホールになっており、同伴者は定められたボックス席につく。
私はリシュパン伯爵家が指定されたボックス席に、護衛のレナータさんと入って式を見守る。
「えへへ、初仕事かもしれません~」
「ふふ。よろしくね」
女性の護衛がいてくれるのは、心がやんわりするな。
他のボックス席に目を走らせ、知り合いと目があったら会釈をし――
アーサーお父様とパウラお母様を見つけた。
遠くて見えにくいからわかるかな? と思いつつ小さく手を振ったら振り返してくれた。
ホールを見下ろすと、教師陣の中にウィルフレド閣下がいるのを見つけた。
……ああ、そうか。彼も学院に関わりがあるから呼ばれてるのか。
今年はリオネルを剣聖に覚醒させたし、そりゃ呼ばれるよね。
式典の始まりを告げる挨拶が終わり、国歌斉唱に学院長の祝辞……式は順調に進んでいく。
手元のプログラムによると、王族からの祝辞……お。第一王子殿下が読まれるのか。
そしてその次が、特別表彰……在校中に素晴らしい成績を収めた生徒に贈られる栄誉だね。
そこにあるのは、リオネルの名前だ。
祝いの言葉を読み上げるのはウィルフレド閣下。そして、特別な栄誉として、第一王子殿下からの祝福も授けられるようだ。
……ってそのあとの卒業生代表の答辞もリオネルじゃないの。
ちょっと目立ちすぎではないだろうか、私の将来の旦那様は。
扇で顔を隠してすこしニヤニヤしてしまう。
……しかし。
「……あ」
卒業生の中にリオネルを見つけた。だが同時に、そのリオネルのすこし後ろに……。
――ボニファース子爵令息。
私のボックス席は、生徒達の側面だから、その横顔が見える。
以前見た時よりも、かなり顔が痩せこけている……。
その表情は背筋がゾクッとするような――まるで亡霊がニヤついているかのように――リオネルの背中ばかり、見ている。
「(まさか、リオネルを背後から刺したりしないよね……? 魔法も今は使えないはず。会場には魔力が使えない装置が発動してるはずだから……)」
リオネルならボニファースが何かしても、難なく回避するとは思うけど……。
――『どうも、リオネルにまとわりつく黒い影を感じる。なにかの思念のような……誰かの恨みでも買ったのかな……』
ふと、グラナートお父様が以前、私に伝えたことを思い出し、心の不安がさらに増した。
なんでこんな時に思い出すかな……。
こんな晴れの日に考えることじゃない……と思いつつも、どうにも頭からその言葉を追い払えず。
先程まで心温かく見守っていた卒業式が急に、灰色に見えてきた。
なんだろう、この焦燥感。
リオネルの門出となるこの素晴らしき日。
彼の晴れ姿を目に焼き付けて、あとのパーティでは、ずっと2人でダンスしよう。
そんな風に浮かれていたはずなのに。
考えすぎだと自分に言い聞かせても、何故か気が気じゃなく――ただ、無事に早く終わって欲しくなった。
そんな私の心とは裏腹に、式は順調に進み、もうすぐ、卒業証書授与が終わる。
そのあとは、第一王子殿下とウィルフレド閣下による、リオネルの特別表彰だ。
ふと、リオネルがこっちを見て、ニコリ、と微笑んだ。
「――」
私が、へら……と間抜けな顔で微笑みかえしたら、彼は苦笑した。
その時、拍手が聞こえ――。
「(リオの特別表彰が始まる……)」
私は不安に駆られながら、壇上に目をやる。
壇上には既に、第一王子殿下とウィルフレド閣下が待機なさっている。
リオが拍手されながら、壇上へ登って行き、2人の前へ行き、跪く。
ウィルフレド閣下が自分の剣を抜き、リオネルの右肩に触れ、そしてホールによく響く大きな声で、祝辞を述べる。
「リオネル=リシュパン。おまえは、私という存在に臆せず、挑戦し試練を乗り越えた。これから先、多難はあろう。しかし、その全てがお前をさらに強くし、剣聖としてさらなる高みへと登る糧となるだろう――」
場内は静まり返り、誰もがその光景に見入っている。
「お前は、ただ剣を振るうだけではなく――人々を守り導き、時には自らを犠牲にしてでも、正しいことに力を使い、正義を貫くのだ。これからのおまえの道が、栄光に満ちたものであることを祈っている……!」
ウィルフレド閣下は剣を鞘に戻し、一歩下がった。
拍手が沸き起こる。
両親のいる席を見るとお父様が男泣きし、お母様が慰めている……。
普段はリオネルを弄り倒してるくせに。
それを見て、ちょっとクスッとした。
そして、次は第一王子殿下からの祝辞だな……と視界を壇上に戻すと、舞台脇にワインとグラスが乗ったワゴンが運ばれていた。
係員が大勢の目の前でグラスを丁寧に拭き、未開封のワインを開ける。
式の進行を妨げないよう、控えめな音でポン……と栓が抜かれる。
そして、3つのコブレットグラスにワインが慎重に注がれていく。
「(ワインで祝福の乾杯するのかな……って。あれ……)」
――係員が持っているワイン。
あのラベルは……あれは見覚えがある。
――そうだ。
ボニファースが私を訪ねてた来た時に、持ってきたワイン、たしか……ボニファースワイナリーのラベル……。
国王陛下と第一王子のお気に入りの……。
『ボニファース子爵家の者です。ワインをお持ちしました――』
さっき、裏口で運ばれていたのは、このための……。
私はボニファースに目をやった。
「……っ」
ボニファースが、肩を揺らし、口元を抑えて笑っている。
周囲の学生が不気味がっている様子も見える。
――ゾクリ。
ボニファースが、ワインに薬を仕込んで悪さを働こうとしていた、というマダム・グレンダの話を思い出した。
『――あいつねえ、僕ん家で一番良いワインだよって言いながら、ワインに薬を仕込んでさあ。良い物を奢るフリして、うちのコを別宿に連れ込んで無料で楽しもうとしたことが、何回かあったのよ? 実家がワイナリーなもんだから、未開封の状態で薬入りワインを持ってこれたりするのよ』
あのワインに毒が仕込まれているのではないかという懸念が急に湧き上がり、寒気と共に心の中で警鐘が鳴り響く。
「(で、でも。あのワインを口につけるのは、王子もウィルフレド閣下もだ。まさかそんな事……さすがに、ないよね?)」
疑念に囚われている間にも、式は進んでいく。
王子自ら、コブレットグラスをリオネルとウィルフレッド閣下に手渡す。
「――リオネル=リシュパンの努力と功績に王家は心からの敬意を表します。貴殿の進む道に輝かしい未来があらんことを。また、今日ここにいる皆の未来を祝福し、王国の繁栄を願って、特別な祝杯を捧げよう――」
壇上の三人がグラスを乾杯するかのように重ね合わせた瞬間、私は胸が締め付けられるような嫌な予感に駆られた。
「あ……(やだ、やっぱり駄目! 待って……!!)」
私は思わず立ち上がった。
「マルリース様!? どうされました! どこへ行かれるのです!」
ドレスをたくし上げ、会場へと降りる階段へ向かおうとした私をレナータさんが止める。
「れ、レナータさん、放して! リオのとこに行かなきゃ! あのワイン、毒が入ってるかもしれない……っ」
「ええ!?」
その瞬間――。
『キャーーーーーー!!』
会場に、大音量の悲鳴が湧いた。
「……な!?」
悲鳴と、レナータさんの息を飲む声に――壇上を背にしていた私は、恐る恐る振り返った。
「――っ」
――その目に飛び込んできたのは、血を吐いて倒れるリオネルだった。