そして3月某日。
リオネルの卒業式がやってきた。
この日のために、シルヴァレイクからわざわざ使用人たちに前日から来てもらい、ホテルのワンフロアを借りて宿泊し、次の日に備えた。
我が家は狭いので、リオネルと私、2人の支度となるとスペースも足りない。
やってきた使用人の中には、元・宿屋の娘だったレナータさんがいた。
「あれ? レナータさん……?」
久しぶりに見たレナータさんは、なんだか……その、さらに屈強になっていた。
レナータさんは、シルヴァレイク騎士団の制服を着ているが、その下には以前より筋肉がついてるのが明らかだ。
姿勢もすごく綺麗になっている。
つ、面構えも変わってませんか!?
久しぶりっていっても2ヶ月弱ですよね!?
「はい、マルリース様。レナータでございます。まだまだ見習いですが、卒業式でマルリースさまのお付きの侍女兼護衛をさせて頂きます!」
そう言ってニッコリ。
まるで騎士のような物腰。いや、騎士団入ってるから見習い騎士なんだけど。
「わあ、もう初任務?」
早くない!?
「はい! 私は今後、マルリース様とご一緒することが増える予定ですので、その兼ね合いから、この度任せて頂けました!」
なんでも、レナータさんは、入団時には、すでに基礎体力が他の騎士に並んでいたそうだ。
騎士団長に、「おまえ、ホントはどっかの騎士団いただろ!?」と言われるほど、訓練を軽くこなし、スイスイと剣技を覚えているという……。
こういうの天職が見つかったっていうんだろうか。すごいな、レナータさん……。
それに、初任務が比較的安全な卒業式での護衛というのはちょうどいいかも。
私は壇上に立つわけでもないし。
「ああ、なるほど。そのうち私の送迎をするのが決定事項だものね? 仲良くしてね! ……しかし、なんか、変わりましたね……?」
私は
「ああ、でも前より力は強くなった気がします!」
袖をまくり、女性とは思えない筋肉を見せつけられた。ムキャッと。
……これは、筋肉を自慢している!!
「す、すごい筋肉つきましたね! ……あの、レナータさん。シルヴァレイクで働いて……幸せですか?」
私はおずおずと聞いた。
「はい! とてもとても待遇がいいんですよ! 一生、リオネル様とマルリース様の下で働いてシルヴァレイクで暮らしたいですよ!! まだまだ修行中ですが、春にはマルリース様を安全安心かつ超スピードで送迎できるように目標たててます!! お楽しみに!!」
うお。すごい勢いで言われた。
ああ、でも頑張ってくれてるんだな。
顔も良く見たらイキイキしてる。……良かった。
「そうですか。では来年度からよろしくね」
私がやんわり微笑むと、レナータさんも頬をすこし紅潮させてニッコリした。
可愛い。
「はいはい、お嬢様。喋ってないで着付けしますよー。お風呂にまずお入りくださいー!!」
そんな雑談をしていると、侍女に呼ばれた。
「あ、はーい。じゃあレナータさん。しばらく休憩がてら待機しててね」
「かしこまりました! では、待機しております!」
返事は元気、だが物腰が落ち着いている!
すごい成長だ!
◆
早朝から準備して、ドレス姿が出来上がる頃には、結構クタクタである。
毎度、これからなのにねえ……と思いつつ涼しい顔を浮かべなくてはならない。
年末にサイズ合わせしたドレスは、上半身がホワイトでスカート部分が徐々に淡いブルーに変わるグラデーションデザインだ。リオネルの金髪を意識してウェストラインとドレス裾に金糸の刺繍がなされている。
あとはところどころにレース、散りばめられたビーズや宝石で華やかだ。
パーティ用に、いくつか作ってあるサークレットも今日は金色に額石隠しのブルーダイヤが額の上にくるデザインだ。
今までは額石が赤色だからルビーが多かったけど、これからは青系の宝石が増えるだろうなぁ。ふふ。
髪はハーフアップにし、サークレットのサイドにパールの髪飾りを入れる。
だいたいいつもこんな感じの髪だ。
どうしてもサークレットを付けることになるから、レパートリーが他の令嬢より減っちゃうのよね。
髪のセットが終わる頃、ちょうどリオネルがやってきた。
「わあ、マルリース! とても綺麗だよ! 普段のマルリースも綺麗だけれど、ドレスで着飾ると、本当……どこの令嬢にも負けないよ」
そういうリオネルは、まばゆい王子様である。
袖口や裾などに金糸刺繍を施したホワイトゴールドのタキシードに赤い宝石で留めた青いペリースを肩から流している。
ポケットチーフやシャツはおそらく私の髪色に合わせた白緑系を身に着けている。
髪は、額が少し覗くように七三分けしてセッティングしている。
とても聡明そうである……。
「リオネルも格好いい。どこの絵物語の王子様かと思うよ!」
「ありがとう。……じゃあ、行けるかな?」
「うん! 行こう!」
今日は、リシュパン伯爵家の家門の入った馬車である。
リオネルに手を取ってもらって馬車に乗り込む。
うーん。普段は、平民生活しているなど信じられなくなるね。
◆
学院につくと、まずはリオネルの卒業式だ。
同伴者の私は、見学席へ行くので、馬車の前で別れる。
「じゃあ、マルリース。あとでね」
「うん、行ってらっしゃい」
リオネルは頬にキスして、講堂入場口に向かった。
私はリオネルが会場に入るのを見届けると、レナータさんにエスコートしてもらい、パートナーや保護者など、同伴者用の入場口へ向かう。
その途中、裏口近くを通った時、バタバタと動き回る係員を見た。
ご苦労さま~、と思いながら通り過ぎようとした時、
「ボニファース子爵家の者です。ワインをお持ちしました」
という声が聞こえた。
え、ボニファース? ワイン??
パーティ会場じゃないのに?
……あ。卒業式の行事で何かしら祝杯でも上げるのかな……ありえないことではない。
でも……。
「……?」
なにかが引っかかる。
ボニファースのワインだからだろうか。
ふと、何かしら薬が入ってはないだろうか、と頭をよぎった。
しかし、厳粛な卒業式だし、ビルヒリオ=ボニファースが用意したものではないだろうし……。
「マルリース様、どうかされましたか?」
「あ、うん。なんでもない」
気にはなったものの、今は確認する術もなく、私はその疑問を抱えたまま会場へ向かった。