「あはは、びっくりしてやがる」
「……いや、まあそりゃ……」
魔法を使ったわけでもないのにこの変わりよう。
化粧や演技力っていうのも、侮れないものだな……。
「でだ。オレも、たま~にだが社交界には参加している。生まれはお城」
「えっ」
「つまり王族の生まれってこと」
「なんですって……。そんな人が、なんで娼館経営なんて……」
王族……誰だ。言われてみれば誰かに似てる気がする。
たまにしか姿を現さないっていうと……。
「むかし城で働いてた時、警備団の1つを抱えてたんだがな。そこで今やってる娼館を薬物関連で摘発したんだが、潰そうとしたら娼婦どもに泣きつかれてな。潰されたら生きていけないって」
「はあ」
「……それで、警備団をやる片手間で経営を始めてみたんだが、段々そっちが本職になった」
「あの、ちなみに……王族と言われましても、どちら様でしょうか??」
一応、お姿を拝見できる王族はすべて覚えているはずなんだけど、なんか思い出せない。
「今の王の弟だ」
「おと……。……!!」
わかったー!!
って! 王弟のルシアン=ローゼナルト様じゃないですかあああーーーーー!!
若い頃、青薔薇の君とか呼ばれてたから、
まったく気が付かなかった!! そして、お姿拝見したことあるはずだ!
私は王城のパーティに参加した時にお見かけした
「……そういえば、何度かお見かけした覚えが……良く見れば、たしかに。……え? こんな事やってて許されるんですか?」
「許されてないない。押し切ってる。覇権争い避けでな。実は結構おおっぴらにしてる。娼館経営してる王弟なんぞ、名誉サゲサゲで、担ぎ上げるの躊躇するだろ? オレは自由に生きていたい。むしろ弟に生まれてラッキーだと思ってたもんな。昨年あたりにほら、第一王子が王太子に決まったし、他に担ぎ上げられる若い連中もいるから、オレは逃げ切ったと思ってる。たまに付き合いでパーティには出るがな」
王弟様、というと……えーっと今の国王の1つ下だっけ、というと……32~33歳くらいなのか、マダム・グレンダ。
思ってたより若いな。
「まあ、そういうワケでだ。これからは社交界で会うこともあるかもしれん。その時はよろしくなー」
「あ、は、はい!」
「で、そんな王弟・ルシアン様からの婚約祝いだこれ。受け取れ」
「……ん? わ!!」
頂いた包を開けてみると、それはとても高級なタトゥー護符だった。
何かしらの魔法攻撃や呪いなどを受けた時に、それを防いでくれる。
タトゥーで魂に印字されるので、指輪やペンダントのように落とすことも奪われることもない。
私はたまたま知識を持っているから知ってるけど、これ、王族かそれに連なる公爵家の人、もしくは戦争時の重要ポジション任された要人だけが持てるヤツじゃないのよ!
「こんなの戦争でも行かない限り使いませんよ!?」
「いやいや。伯爵夫人になるんだし、身につけておけ。リオネル卿と仲良くしたい奴らも多いだろうが、そのぶん敵も増える。彼にダメージを与えるなら本人よりお前を傷つける方が……って輩もでてくる。まだ婚約者ではあるが、もう今から気を引き締めたほうがいい。ほら、早速だが、付けとけ」
そう言うと彼は、私の左手を手に取り、札をかざした。
札からふわっと小さな魔法陣の光が浮かび上がったかと思ったら、私の手の甲にスーッと張り付くようにして消えた。
「わ、わあああ。すごい! ありがとうございます……。存在は知ってたけど、初めて見た!! ……でも、ですよ!? た、確かにリオネルにも、セキュリティ面はふわっとは説明や注意をされてるけど、ここまで必要ですかね?」
「自覚しとけよ。いまなんて、剣聖の最愛が街を護衛なしでフラフラしてるんだぞ? ひょっとしたら優秀な影を付けてるかもしれないが」
さ、最愛……。照れるな。
「なるほど。気が引き締まりました」
「ホントか? 少し顔がニヤけてるが。……ま、オレは、伝えたからな」
「はい、ありがとうございます。ルシアン閣下」
「こらこら、急に固くなるなよ。そういうわけで結婚式は
「勿論です。絶対来て下さいね」
そしてマダム・グレンダこと、ルシアン様かつ
「それじゃあ、またねえ~☆」
と、演技モードを戻して帰っていかれた。
彼も大変なことは、私では想像できないくらいあっただろう。
しかし、あの帰り際の笑顔は――人生楽しんでるな!!
◆
その夜、領地から帰ってきたリオネルに、マダム・グレンダの話をしたら、コーヒーを飲もうとしたその手が止まった。
「え……!! 気が付かなかったよ!? この僕が気が付かないなんて!!」
剣聖さまのプライドが傷ついている……!!
「いや、王族だし何かしら強いアイテムでさとられないようにしてたのかもよ」
「あ……。それか。クソー。悔しい!」
キッチンテーブルに突っ伏した。
悔しがってる。結構負けず嫌いだよね、リオネル。
ふふ。でも、そんな姿も可愛い。
しばらくするとテーブルの上に腕を組み、顎を乗っけたまま、上目遣いでこっちを見てきた。
な、何そのちょっとスネたような、それでいて甘えた視線。
「話しが変わるんだけどさ。マルリース。そのうちシルヴァレイクでも錬金術のお店開いてくれる?」
「え?」
「シルヴァレイクはまだないんだ。錬金術のお店。なんだかんだ王都に集中するからね、錬金術師は」
「そ、そう。でも今は……」
「うん、今は難しいね。手がいっぱいそうだ。でね? シルヴァレイクの方は、僕が誘致するのだから僕がお店を作っておいていいかな?」
「……え」
「僕も、愛する奥さんのお店に出資したい。しばらくはこの店の商品を仕入れて売る形にしたいな。寝具とか、その貴婦人に話題のクリームとかをね」
……アイスルオクサン。
私はふと、グラナートお父様に以前、ツガイがやりたいのだからやらせてあげなさい、と言った言葉を思い出した。でも、それがなくても、こんな上目遣いでお願いされたら何でも言うこと聞いてあげたくなってしまうな……。
ショウガナイナァ……。
「……わかった。そちらは、お願いします」
絶対緩んでる顔を気にしないようしながら了承し、彼に近づいてその頬にキスをすると、彼はとてもうれしそうな顔をした。
愛おしくて思わず抱きしめた。
「マルリース、コーヒーが飲めないよ」
そう言いながらも、体勢を変え、抱き返してくれる。
小さな頃もそうだった。
愛は伝えられなくなってしまったけれど、妖精にならなければ、この気持ちにも気が付かなかったかもしれない。
そうだ。
私は半妖精だから、人間とは寿命が違うかもしれない。
予想だけど、これから先は……多分リオネルより年をとるスピードは遅いと思う。
この先リオネルだけ、年齢の進みが早そうな時は……その時にはリオネルに愛を囁いていいか尋ねよう。
彼が了解してくれて、ツガイになれたら、ツガイの儀式のことを伝えられる。
そうしたら、ツガイの儀式をしていいか聞こう。
うん。いつか……この幸せを延長したい。
「どうしたの? なにか楽しそうだね。何考えてたの?」
「まだ内緒だよ」
「それはいつか教えてくれるの?」
「……うん。いつかね!」
「うーん、気になるけど楽しみにしてよう」
ソファに移動し、一緒に窓の外を眺めていると、たくさん雪が降り積もっていくのが見えた。
こんなに雪が降っているのに、もう半月もすれば3月。
そうしたら今度はリオネルの卒業パーティだ。
私の方は、誕生日もある。
そして春には隣の敷地に私の新しい仕事場の建設が始まる。
その頃には職人さん雇って、建物ができるまでにこの工房で研修したりとか……。
忙しいけど、とても楽しみだな。
そんな事を考えていたら、いつの間にかリオネルの腕の中で眠っていた。
おぼろげに、ベッドに運んでくれる温かい腕を感じた。
私が安心して甘えられる場所。
すべてが穏やかで満たされたこんな時間が、いつまでもあればいい、と思った。