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70 あのクリームが……


「なるほど、貴族の懐具合は知っておかないと、踏み倒されたらたまりませんもんね」


「そうなのよ~。 あ……久しぶり会ったのに嫌な話からしちゃったわね。……そうだ、レターで知ったけど、リオネル卿と婚約したんですって? これを一番に聞かなきゃいけなかったわ! ふふ!」


「あ、はい。 そうなんです」


 年始のパーティでもいっぱいおめでとう、は言われたけど。

 やっぱり懇意にしてる人からのおめでとうは、嬉しさと恥ずかしさが混じって心がモジモジしちゃうな!


「おめでとう!! ふふ、幸せそうな顔ね。……じゃあ貴族にもどるのね?」


「ありがとうございます。そういうことになりますね。でもここでの商売は続けますよ!」


「忙しいことね? 倒れないでちょうだいよぉ」


「これからは人も雇いますから、大丈夫です。でも多分、錬金術を理解してカバーできる職人なんてあまり見つからないから、学生アルバイトを雇うことになるでしょうねえ」


「誰でもいいってわけじゃないものねえ。錬金術ができるなら、普通は自分で企業したいでしょうし……ああ、それはともかく。人形の注文は順調よ。でもね、やっぱり閨教育じゃない目的で購入したいという方が少なくないわ。そのうち、閨教育のためだって嘘ついて買う人が出てくるかもね。……だからマルりんは、今のうちに人形から手を引いたほうがいいかも。お金にはなるけれど、伯爵夫人がそれを販売、しかも作者っていうは外聞が良くないわ。マグナームクリームもよ」


「そっかあ……。そうですね。でもちょっと寂しいな。作るのは楽しかったし」


 さすがに私にもわかる。あんな美しいシルヴァレイクの屋敷に住む伯爵夫人が、閨人形を作っているなんて知られたら、イメージダウンは避けられない。


 ……そうだ、リオネルに説明した時に言ってた子供向けの知育人形。

 代わりに、あれ作ろうかな……?

 それならむしろイメージ良いだろう。


「寝具もつくるんでしょ? そんな風にあの鉱石で商品展開できるなら、これからも別の商品を思いついて作れるでしょう。……ふふ、ほら今もう何か考えてるでしょ?」


「ばれた!」


 ノルベルトさんといい、グレンダさんといい、表情なんかで、良く気がつくなぁ。


「たくましいわね。閨人形も良い商品だけれど、あなたならもっと良い商品をたくさん産み出せるわ」


「ありがとう。がんばる! というか、よく私が今、新作考えてるのわかりましたね!」 


 「ふふ。仲良しの友達のことは、そりゃ察しやすいわよ。……さて、マグナームクリームのほうだけど、テスターさんたちの結果が揃ったから伝えるわね」


 おお。

 結果、待ってた!

 人形のほうは、人形師さんから『O're』部分の発注が私に来るから、売れ行きはわかってたんだけどもクリームはグレンダさんから聞かないとわからないからなあ。


「そ、それでどうでしたか」


 私的には一番待っていた情報だ。


「皆さん、ご満足頂いたようよ。いま口コミが広がりつつあるのか問い合わせが増えてるわ」

「おおう……。……あの、それで、その……人形に旦那様を盗られた奥様は……」


「ああ、その方ね。えーっと……一応はハッピーエンドよ」

「わ、本当ですか! え、でも一応っていうのは」


「えーっとね。元サヤには戻らなかったのよ……。けど、奥様はバストアップで自信がついたのか、おしゃれになって垢抜けて、前より綺麗になったのよ。そしたら、愛人ができちゃって……旦那を捨てたわ」


 はしたなくも、私は紅茶を吹いた。


 な、なんですと!?


「あらまあ、大丈夫?」


「だ、大丈夫です……。え、まさか離婚」

「したわね……。そして愛人……というかもう今の旦那様と結婚して、今は新婚ホヤホヤよ。前の旦那は、奥様が垢抜けて前よりきれいになったら、寄りを戻そうとしたけど、もう遅かったわね」


「わ、私が望んだハッピーエンドじゃない……!!」


 元サヤを期待していた私は頭を抱えた。


 そんなつもりでは……!!


「まあ、いいんじゃない? どのみち別れてた気がするわよ。あの夫婦。奥様が幸せになったんだから良しとしましょ?」


「そ、そうですね。ところで旦那様は」

「……人形とハッピーエンド」

「……私のせいで」

「気にすることないわよ。どのみち奥様そっちのけで娼館通いはしてたんだから」

「わかりました。そうですね、奥様に幸せが見つかったなら良かったです!」


「ウンウン。それとね。まだ良い報せが残ってるのよ」


 マダムがニッコリした。

 ん? なんだろ。


「え、なんです? 良い報せならどんどんください!!」


「あなたがキャンセルされてまるまる在庫になってしまった薬草クリームがあったでしょう? 私にオマケよってくれたやつ」


「ああ、たしかアメニティで置いてみてくれるって……」


 「そうそうそれ。若いツバメを食べに来る淑女相手に配ったわよ。そしたら大好評よ。肌の調子がとてもよくなるんですって。おそらくこれから、社交界で広がるわよ、あの感じ。……注文、受けれるかしら?」


 私は口にくわえた、クッキーをポロリと落としそうになった。


「え……。大好評? あのクリームが……? ホントに?」


「ええ。私も使ってみてコレいいなぁって思ったのよ。淑女が気に入りそーって思ったわ。でも値段は高いから上客に広めてみたのよね。ケチらずたっぷり使う層だからたくさん作る必要がでてくるかもね」


「……グレンダさん、ありがとう。あれも結構作るのに苦労したんです……。いえ、今までで一番試行錯誤して……。良かった……」


 あの商品は、おそらく私がここ1年作ったアイテムの中で最高傑作だったと自負している。

 城下町の一等地に済む凄腕錬金術師と張り合えると自信持っていたものだった。

 しかし、それは世にでることはなく、消えていくはずのものだった。


 他の錬金術師にもっと良いものを作ってもらえてすっぽかされたんだ、と。

 結局私が作ったものなんて……と、たまに後ろ向きになっていたのだ。


 だから、グレンダさんが配ってくれても、『悪くないけど、もっといいクリームがある』という感想を持たれて、需要ないんじゃないかな……と期待してなかった。



「良い商品だもの。世間に広めなくちゃね?」


 マダム・グレンダがきれいな白いレースのハンカチで私の目元を拭いてくれた。


「はい……はい。でも、グレンダさん。社交界のことも良くおわかりなんですね」


「まあねえ……。やっぱり貴族相手の仕事も多いから……。でも言っておこうかしら。あなたも貴族に戻ることだし、剣聖の妻だものねえ」


「え?」


 マダム・グレンダは少し息を吸うと、ニッと笑った。


 ……えっ。


 マダム・グレンダの女性らしさが急に消えた、気がした。そして……


「……オレは、平民じゃないんだな。実は」


 そう言って足を組み直したグレンダさんは――中性的に見えなくなった!?


 化粧もしてるのに!

 まるっきり女装なのに! かなりの演技派だ!?


 そして平民じゃない!? どゆことですかー!?



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