「リオネル? どうしたの?」
「あ……いや。ちょっと気になって。レナータさん。空を高速で飛行することってできます? 先程も風魔法を駆使して盗聴しようとしてたみたいですけど」
「と、盗聴!?」
「マルリース……こいつは、自分の趣味のためならば、遠方の戦争にだろうと、ドラゴンの巣だろうと飛び込むやつだ……風魔法を駆使してやがる……」
それはすご……ど、ドラゴンの巣!? 例え話だよね!? そうじゃなければ何が合ったのか気になるわよ!!
「もうそれはあちこち取材へ飛ぶので!! 隣国城下町まで30分で飛んでみせますよ!! 推し活と最高の絵物語を書くにはまずは体力からです!! どこへだって潜り込んで見せます!! ……それが、私!!」
荒い鼻息でガッツポーズするレナータさん。なんかたくましい!?
そういえば、体格が結構がっしりしてる、そしてスマート。
まるで訓練された兵士のような体格だよ!? 推し活とやらでここまでなるの!?
「それはすごいな、僕より速いかもしれない。機動力もすごそうだ……ふむ」
リオネルが感心したように言ったあと、私に耳打ちした。
「(マルリース。彼女に嫌悪感はある?)」
「(え? ううん。すごいこと言ってる割にそういえば嫌悪感はないよ。作ってるものはともかく、本作りにかける情熱は感心してるよ?)」
「(そうか、じゃあちょっとスカウトしてみようかな)」
え。なに?
「レナータさん。あなたは宿屋の跡取り娘ですか?」
レナータさんはリオネルにそう問われて目をパチクリした。
「いいえ? むしろ行き遅れ、穀潰し、出ていけって言われてますよ~。看板娘の地位も5歳の姪っ子に最近奪われ……くっ」
「成る程。じゃあ、シルヴァレイクで……この僕の下で働いてくれないかな? 僕のシルヴァレイクの領地に部屋は用意するよ。ただ、空を飛ぶスピードをテストさせてもらってから、だけど」
「えっ!」
「ふぇっ!?」
ス、スカウトしただと!?
「おい、リオネル卿。さすがにそれはやめておいたほうが」
ノルベルトさんが、本気で心配した顔でリオネルに言った。
「ノルベルトさん、心配してくれてありがとう。嬉しいです。でもちょうど女性の風魔法使いもしくは闇魔法使いを探してたんだ。戦場を駆け抜けて帰ってこれる実力があるなら僕の理想に近いんです」
リオネルはノルベルトさんにそう言うと、またレナータさんに向き直った。
ノルベルトさんは、何いってんだって心配顔だ。
そしてそんなリオネルとノルベルトさんのやり取りを見て、なんか目を輝かせてるレナータさん。
なんか想像してる!!
「主な仕事は、伯爵夫人になるマルリースの送迎。僕が彼女を送り迎えできない時に、シルヴァレイク領地とこの店の往復とかだね。同時に護衛の訓練とかも受けてもらいたいんだけど……どうかな?」
「え……。仕事がいきなり降って湧いた!?」
「あ、なるほどな。それはこいつは向いてるかもしれん」
「わあ、私もそれ助かるかも」
リオネルがいない時、どうしようかと思ってたんだ。
「ただし、その君の独特な趣味は、マルリースに話したり、僕の領地で広めたりしないこと」
「布教禁止!? ……くっ。仕方ありません。いいでしょう、布教は今まで通り休暇の際にこの街でします……。というか、雇って貰えるなら助かります。とくに嫁ぎたいわけでもなかったですし、かといって実家にいつまでもいるわけにはいかないのに、私、手に職がなかったので……」
ノルベルトさんは布教、の部分ですこし顔を引きつらせたが、
「良かったじゃないか。お前の得意なことが仕事になって。リオネル卿、テストしてやってくれ」
結局は、レナータさんを後押しした。
「ノルベルトさん、アタイやったよ!」
「それを言うのは気が早すぎだ、レナータ」
リオネルは、ノルベルトさんがそう言ったのを見て、さらに乗り気になった顔をした。
「そういうことで、テストが合格なら正式に契約を交わして、しばらくはシルヴァレイクで色々訓練を受けてもらうよ。では追って連絡はするので今日はこれでお引き取りください」
「わっかりましたー! では、私は親父……じゃなかった父さんに就職決まったから出てくって言ってきます~☆ マルリースさん……じゃなくてマルリース様!! これからよろしくお願いしますね!!」
「まだ決まってないぞ!!」
ノルベルトさんが去るレナータさんに念押しした。
「はーい☆」
レナータさんはそういうと、風のように去っていった。足も
「……また賑やかになりそうだなあ」
「賑やかだぞ。でもまあ、あの趣味だけはいただけないが、そこを除けば良いヤツだ。そっちは太鼓判押してやる」
「ノルベルトさんが言うなら安心だね」
その後、レナータさんは、ちゃんとテストに合格した。
リオネルが、後日言ってた。
「彼女はとても早いし、どこかで訓練を受けていたのかと思うくらい体はできあがってる。そして剣の扱いもメキメキ上達してる、卒業パーティには初仕事を任せられるかもね」
……しかし、その半年後、どう考えてもシルヴァレイクの騎士たちだろう……と思われる薄い本がちょっと流行するのだけれど、それはまた別の話。
「ああ、そうだ。リオネル卿。もしできるならちょうど空いてる店の隣の土地をマルリースに買ってやれ。あと、マルリースの手足になるような職人も雇ってやれ。もう婚約者なんだし、その辺り、手助けしたっていいだろう」
レナータさんの件が済んだあと、しきりなおしのようにノルベルトさんが言ってきた。
「え、それは構いませんが。どうしてです?」
リオネルが目をパチクリした。
く……。それは心を許した相手にしかしない仕草!!
わ、私以外の人に!!
……ノルベルトさんめ。少し妬けてきた。
「年末から年明けにかけて、オレも親戚やら上客に挨拶したり、彼らの宿泊があったりした。その時に『O're』の寝具を披露したわけだ。……まあ、隣の土地と職人が必要になりそうなほど注文がはいりそうってことだ。見たところ、そろそろこの店じゃ狭いだろう。特に寝具なんてかさ張るしな。これからも商品が増えるなら倉庫もいるだろうし」
ごふっ。
店が狭いって言われた! でも事実だ!
「なるほどね。そうだね。マルリース、僕が隣の土地を買っていい?」
「あ……。いやでも、ここは私の事業だし、となりの土地を買う費用はあるにはあるから私が買うよ!」
これは譲れない。
だってこれは私の事業だもの。
素直にリオネルに頼るのが賢いのはわかってる。
けれど、なんだか違う気がするんだ。
リオネルに買ってもらうのと、他の誰かに出資してもらうのとは訳が違う。
リオネルに助けてもらうと、こう……身内に甘えた感じがして、自分でやり遂げた達成感が薄れる気がする。
ちょっと意固地だろうか?
私がちょっと気張った顔をしていたのか、リオネルは少しクスっとして言った。
「わかったよ。でもなにかあったら言ってね」
「う、うん」
「まあ、費用があるならオレもなんも言わん」
「でも、隣の土地は新たに建物を建てないといけないね。あと……職人さんは?」
「その費用もあるね……」
「じゃあ、貸すね? それならいいよね」
「! うん」
金がごっそり! 減る!
でっかい必要経費だなぁ……。
私はこじんまりした店で良かったのに段々と話が大きくなってきたなあ……。
でも、こうなるなら王都の一等地とかに家を買わなくて良かった。
あっちだと、こんな拡張するには途方もないお金かかるしね。
この商店街周辺も、将来は一等地に負けないようなにぎわいのある土地になるといいなぁ。