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65 家族の団欒

 パーティ後。


「あ~……。疲れた」

「あー……言葉ってどうやって話すんだったっけ……」


 家族だけで集まった応接室のソファーで私とリオネルがだらけていた。


 リオネルは上着を脱ぎ、ネクタイを外し襟元をゆるめ、私は侍女にコルセットを緩めてもらい、ヒールを脱ぎちらかしてソファの上で足を伸ばす。


 他人に見られていないとはいえ、非常にだらしない貴族である。


「あらあらまあまあ。二人共これくらいでだらしないわよ?」


「でも、パーティ久しぶりで、疲れたよー」

「いやー。僕も初めて主賓務めたから、すごく頭使ったよ」


 そういえばパウラお母様は、これくらいの規模のパーティを開いた時、こんな風に身を崩すところを見たことない。信念の違いのようなものを感じる……。かなり能天気な性格のお父様だってそうだ。私たちの前でも、めったに身を崩すところを見せない。


 この方たちは緩いようでいて、かなり節度がある。


 たまに本当に非常識なほど、ウッカリすることもあるみたいだけど。私を養子だったことを忘れるとか。


 でもそれだけ、愛情たっぷりで、リオネルと私はかなり甘やかされて育ってるんだろう。

 貴族の家庭では珍しいはずだ。私達は幸せだと思う。


「ウン、まあでも上出来だよ。二人共お疲れだよ」


 お父様はねぎらってくれた。


「お母様~」


 久しぶりなので母に甘えてギュッと抱きついてみる。


「あらあら、大きなお子様がいるわね?」


 私の本当の母は死んでいた。そう思うと、パウラお母様が尚更、大事に思えた。


「うん……」


 それを見たお父様が、リオネルに言う。


「お前は私に抱きつくんじゃないぞ。しっしっ」


「何を心配してるんです? 自意識過剰ですね。誰か男親に抱きつくものですか。それとも逆に誘ってんですか? 気持ち悪いですよ」


「可愛くないなあ、おまえ」


 あっち二人はお互い口を尖らせ喧嘩腰になっているが、顔が笑顔なのでじゃれ合いだとわかる。なんだかんだ仲良し親子だな。


「ところでさっきウィルフレド閣下が教えてくださったのだが。リオネル。ボニファースのとこのガキをコテンパンにしたんだって? お父様聞いてないよ?」


「んー。言ったほうが良かった? ちょっとやりすぎたかな、と思いましたが、学院でも大人しくなりましたよ。今まで僕に色々嫌がらせしようとして失敗してましたけど、それもなくなりましたし。一応あの性格だから警戒はしてるよ」


「言ったほうが良かったな。私に相談して、裁判所を通し、マルリースへの接近禁止命令をとるべきだった。学院内のことに関しては、私はまだお前の保護者だよ?」


 珍しく父が厳しい口調で言った。


「すみません。確かに父上のご意見は正しいと思います。ですが、ボニファースが接近禁止命令を守るかというと……。何かあっては遅いですし、牢にぶち込んだところで、親が保釈金払いそうですし……」


 リオネルの言い分もわかるなぁ。

 落とし所が難しい話しだよね。


「あれは確かに雑魚だ。だがめんどくさい雑魚だ。追い詰めすぎず泳がせ、マルリースだけには近寄らせない方法を考える、それが望ましかっただろうね」


「おっしゃるとおりです。今後は相談し、気をつけます」


「ウン。でもまあ、私もザマァとは思ってるよ。良くやりました。ちょっとやり過ぎになっちゃったとはいえ。……ただ、あと……」


 お父様は顎に手をあてて天井を見た。


「なに? まだあるの?」


「ウィルフレド閣下と懇意にしすぎてはいけないよ」


「えっ。いやでも。剣聖同士ですし、彼も仲良くしてくれますし。悪い人ではないですよ」


「その通りだ。だが、もう少し距離を保ちなさい。たとえどんな良い人でも――嫉妬はある」


「……」


 その言葉にリオネルは、すこしハッとした表情を見せた。


「もうわかったみたいだがね。お前はあの人に勝ってしまったんだよ。彼の経歴は知ってるだろう。平民上がりで、冒険者だった。その日暮らしの風来坊……それが剣聖に目覚めたせいで、ある日いきなり辺境伯にされ、恋人と引き離され王族の妻をあてがわれた。結果、それまでの仲間とも引き裂かれ……かたや、お前は、彼の欲しいものを全て――手に入れている」


「え、お父様。ウィルフレド閣下は恋人がいたんですか?」


 私はそこで口を挟んだ。


「マルリース、知らなかったかい? そうだよ。彼には恋人がいたが、王族の女性が彼にぞっこんになってしまって、無理矢理結婚させられたんだよ。彼は自分が剣聖になった時点で王族と身分の高さが同じだということをわかっていなかった。つまり断れることを知らなかったんだよ」


「……」


 私はさっき、彼に子供の件を聞いてしまったことを後悔した。……愛せなかったんだ、その王族の奥様が。


「恐らく彼の誇りは、この国唯一の剣聖であることだけだったと思うね。私なら絶対そうなる。それがリオネル、おまえに倒された。私なら、お前殺したーいって内心思ってしまうわ」


「もっと言葉選んでよ!? ああもう、わかりましたよ。というか、学院卒業して、王城務めを数年終えたらもう付き合いは自然と薄くなると思いますから心配いりませんよ。それに今までもどちらかというと、あちらから絡んでくることが多かったですし」


「ああもうそれ、お前のことがとても内心気になってるね。本人も自分で気づいてるかわかんないけど。うん。彼の前では言動に気をつけておきなさいよ、と。マルリースもだよ」


「はーい」

「はーい」


 --(※ハッピープリン以下略)--


 ◆


 そしてその後は、私の実の両親の話と、ツガイの話をした。

 ツガイとして成立すると妖精竜になる懸念まで包み隠さずに。


「まあ……お母様はお亡くなりになっていたのね。マルリース……。お墓参りはもう行ったの?」


 私をそれまで抱きしめていてくれたお母様が、さらにギュ、とその腕に力を込めた。


「うん、今は仕事が立て込んでるから……それに春のほうがお花の種類が増えるから」

「そうね。なら、その時は私達も呼んでちょうだい。マルリースを産んでくれたお礼を申し上げないと」


 お父様も傍にきて、私の頭を撫でてくれた。


「それにしても君のお父さんとも話がしてみたかったね。育てさせてもらったお礼も言いたい」


 うーん、むしろ、グラナートお父様のほうが、お礼いいたいんじゃないかな。

 実の娘を育ててもらった恩があるはず。私が言うのもなんだけど。


「僕もご挨拶してみたいな」


 リオネルも残念そうに言う。

 あ、でも待てよ。お父様からの声は私、もしくは妖精しか聞こえないかもしれないけど。


「リージョに言えば届くんじゃないかな。返答は私にしか聞こえないと思うけど」


「ほう」

「あ、そうか。なるほどね」


 お父様とリオネルが、リージョのところへ行き話しかけ始めた。


「私はアーサー=リシュパン。マルリースを我が家の子として育てさせてもらってありがとうございます。どうぞこれからもよしなに」

「僕はリオネル=リシュパンです。マルリースと本日、婚約しました。一生かけて彼女を大切にしますので、どうぞよろしくお願いします」


「……にゅ」

「お」

「わ」


 するとリージョがすこしの間ぼんやり光った。


 父の声が聞こえた。


 《聞こえたよマルリース。挨拶してもらえるなんて嬉しいな。君の家族は優しいね……良い家庭に引き取られ、そして育ててもらえてよかった。ありがとう……と伝えて欲しい》


 私はその言葉を伝えた。


「いや、通じるもんだね。話しかけてみて良かったよ」

「うわー。安心した。うちの娘に近づくなとか言われてたらどうしようかと思ったよ! まあそれでも、諦めないけどね!」

「まあまあ、私は挨拶しそびれてしまったわ。次の機会には言葉を遅らせてもらいたいものね」


 リージョを囲んでそんな話をし、その日は解散となった。


 とても疲れていた私は、侍女に入浴させてもらい、夜着に着替え、ベッドに寝転がったらもう秒で寝てしまった。

 本当は、パーティの成功を伝えにリオネルを訪ねたかったのだけど。残念、ぐう。


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