会場に着くと、多くの来賓が待機していた。
心の準備を整える間もなく、二人で壇上に上がると――視線が一斉にこちらに集まった。
うわあ、とても緊張する。
「皆様、グラスは行き渡りましたでしょうか」
私は黙って横で微笑んでればいいけど、リオネルは大変だなぁ。
「本日は、私、リオネル=リシュパンの伯爵就任を祝うこの場にお集まりいただき、心より感謝申し上げます。国王より賜ったこの地の繁栄をさらに発展させるべく、皆様のお力を借りながら全力で努める所存です。――そして、ここで皆様にご報告がございます」
リオネルが一瞬、私を見て、私も彼を見上げて微笑み合う。そして彼は、再び会場へと目を向けた。
「私とここにいる姉、マルリースですが、婚約いたしました。血の繋がりこそありませんが、長年共に育ち、彼女は私の人生において欠かせない存在です。共に歩むことが私の望みであり、決意でもあります。皆様、どうか温かい目で私たちを見守っていただければ幸いです。」
私なら絶対、舌を噛んでいるなこれ……。
そして私達にたくさんの視線が集中していて、なんか恥ずかしい。
前の婚約発表パーティの時は、心持ちが違う。
こ、こんなこと……なんでもなかったのに。
「これからは将来の妻・マルリース、そして皆様と共にこの領地の未来を築き、繁栄へと導いていくことを誓い、この杯を掲げます。シルヴァレイクの発展と、皆様の幸せを祈って――乾杯!」
将来の妻……なんだかくすぐったい。
私、本当にリオネルと結婚するんだなぁ。
現実のような気がしないのは、壇上に上がって緊張してるせいだろうか、それとも幸せでフワフワしているせいだろうか。
「乾杯!!」
会場が乾杯に沸く。
私にとって、一番大事なパートが終わった。
私は立ってただけだけど!!
あとは個々で会話したり、ダンスしたり、食事したりのフリータイムだ。
壇上から降りてリオネルに、私からもおめでとうを伝える。
「リオネル、おめでとう。立派だったよー」
「ありがとう、マルリース。さて、今度は挨拶まわりだよ~」
「ああ、そうだった! 忘れてた。食事に行くところだった!」
「ふふふ」
音楽も始まり、早速踊り始める人達もいる。
歓談している来賓客のところへ行き、挨拶して回る。
ほとんどのお客さまが、リオネルが剣聖の称号を得た時の、ウィルフレドさんとの試合の話を聞きたがった。
あとは、王家やその他上位貴族の縁談を断った話とか。
「いえ、本当にギリギリでだったので。おまけで勝たせてもらったようなものですよ」
また、リオネルに対して、貴婦人たちからのダンスの申し込みが殺到。
私という婚約者が目の前にいるっていうのにー!!
キラキラ王子の前では、そんな遠慮は吹っ飛ぶようだ。
まあ、これは仕方ない。
リオネル格好いいから。うん、格好いいからしかたないな。
でも……これは他のパーティでも、私、ヤキモチ焼いてしまいそうだなぁ。
わ、私のツガイが私以外と踊るなどー!
くう、我慢我慢。忍耐だ。
「リオネル、一度私達踊ってこようか。そうしないと令嬢たちのダンスの申し込み受けられないでしょ」
1番に踊るのは婚約者や配偶者でなければならないという、謎の暗黙ルールが貴族の世界にはある。
「駄目。まだ踊らない」
「え、なんで」
「マルリース。気づいてる? マルリースと踊りたそうにしてる令息がチラホラいるの」
「へ? でもそんなものじゃないの?」
「駄目だよ。……前の婚約者はひょっとしてマルリースのこと放置してたの?」
「放置? よくわからないけど。クレマンと踊ったあとは適当に誰かと踊ってたよ」
リオネルが額を抑えた。
「……やっぱり、まだ踊らない。この無自覚美人め……」
「何を言ってるの。令嬢ってそんなもんでしょ?」
「マルリース……」
「!? リオネル、なんで怒ってるの!?」
「僕以外と踊ったら許さないからね……」
「なぜそんな、ドス低い声を!? 招待客に求められて踊らないとか失礼では!?」
「駄目ったら駄目。踊ったら許さないからね」
……な、なんなんだ。
たまにリオネルのほうが、ツガイ級に執着をしている気がする。
でも、そのふてくされた顔は可愛いな!
「しょ、しょうがないな。わかったよ」
とは言ったものの。
やはり、主賓としてはサービスもしなくてはならない。
「今日だけ、今日だけだからね!?」
自分以外と踊るなと言ったリオネル本人が、貴婦人たちの群れに
私と一度踊ったあとではあるけれど。
ただ、たくさん群がってくるぶん優先順位がつき、踊ると良くない相手……未婚の令嬢などは逆に断りやすいようだった。
既婚女性とばかり踊っている。
……それでも、やはり、嫌だ。
……私のツガイがー!! 私のツガイ持ってくなぁああ!! 取り返したい!!
「くぅ……っ」
しかし、ここは妖精ルールを発動してはならない場所だ。そして私達は主賓だ。サービス提供側だ。
我慢しよう。我慢……!