湖畔散策へ出る為の着替え中、久しぶりに再会した昔なじみの侍女たちは、リオネルと私が婚約することを涙を浮かべて喜んでくれた。
「お嬢様~! お嬢様がいなくなって私達、本当に寂しゅうございましたのよー!」
「ホントホント!! まあ、またお嬢様のお世話ができるなんて……ああ、早く奥様とお呼びする日が待ち遠しいですわ!」
「き、気が早いよ。……でも私もまたあなた達と暮らせると思うと、とっても楽しみ。どうぞよろしくお願いします」
もう、本当、照れくさい。
でも、見知った顔とまた暮らしていけるんだな、と思うと、私もとても嬉しかった。
「もったいないお言葉ですわ!! ああ、そうだ。マルリースお嬢様。午後からは何着かドレスのサイズ合わせや、新しいドレスの注文をお願いしますね」
「え?」
散策のあと、まったりできるかと思ってたのに!?
「リオネル様の卒業パーティのドレスや、新年ご挨拶であちこちのパーティへと赴かれる予定が入ってますよね?」
「あー、そっか! 結構忙しいね……。でも、サイズ変わってないと思うから、子爵家のドレスを使えば……お金もったいないし……」
と、言うと、何を庶民じみたことを言ってるのですか! と叱られ、さらに。
「昔のドレスを流用なさるおつもりですか? いけません、マルリースさま。伯爵家の奥様になられるんですよ? あと、子爵家に保管しているドレスは成人前のドレスですから、年齢に合わせてドレスをちゃんと新調しませんと! お金は大丈夫です、ちゃんと予算が組まれてありますから!」
ぐはっ。
まあ、そりゃそうだよね。
平民の生活になって、もうすっかり貴族脳抜けてた。
リオネルの領地でゆったりすればいいやーと旅行気分できたけど……だめだ、貴族の年末新年忙しい!!
まだ平民のままだけど、結局、去年までと似たようなスケジュールに……!
しかし、私も元は貴族令嬢の育ち。この流れは理解できる。
これは……仕方ない!! しかし、悔しい……。まったり年末憧れてたのに……。
「うふふ。久しぶりに私達も腕が鳴りますわー!」
「だ、大丈夫。さっきも言ったけど、サイズは変わってないはずだから……!」
午後からの採寸が今から恐ろしい。
お手柔らかに頼みたい。
◆
着替えが終わると、リオネルと合流し、私達は湖畔周辺散策に出かけた。
用意されていた服は、私が自分で編んだカーディガンやマフラーなどより薄手なのに遥かに温かかった。
私の額石に合わせたのか、羽織は深紅のベルベットケープコートで、中も厚手のアイボリー色のドレス。その割に滑らかで動きやすい。おまけに耳まですっぽりのフェルト帽子だ。とても温かい。
リオネルは、濃紺のロングコートの上に金糸で縁取られた白いマントを身につけ……もうこれ、本当に絵本の王子様だよ!
別に私は、絵本の王子様とかに憧れるタイプではないのだけれど、さすがにお見事と言わざるをえない。完璧・感服・感動です。
「あ、ごめん。ドレス採寸や注文の件は、昼食の時間に話そうと思ってたんだ」
「そうなんだ。まあ、大丈夫だよ。私もうっかりしてたけど、そうだよね。リオネルは伯爵になっちゃったんだものね。同伴する私がみすぼらしい格好するわけにはいかないし」
「うん。剣聖としての話題も、今が一番興味惹かれる時期だから来年度が一番引く手あまたかも」
「……よく辺境の土地まかされなかったね」
「多分何も言わなければ、辺境伯にされてたと思う。身分は高くなるけど、僕は辺境警備は嫌だし、遠くの土地にされたらそれこそリシュパン子爵家を継げなくなってしまう。だから、なにか言われる前に、先にリシュパンと土地続きにしてそのうち統合させて! と強くお願いしたよ。世の中スピードが大事だよね」
「そういえばウィルフレド閣下は元平民でその当たりがわかってなくて、そのまま辺境伯にされちゃったんだっけ?」
「そうそう。それも聞いてたから早く動いたよ。閣下はそれでも戦いが好きみたいだから良い、とは仰ってるけど。僕はやっぱりリシュパンを継ぎたかったし、爵位上がるからって今更、遠くの土地とかはちょっと」
「まあ、そうだよね」
遠くにキラキラっと輝くものが見えた。
なんとなく見覚えのあるその煌めきに、あの辺りでリージョとハルシャ達が遊んでるのかな、と思った。
「それはともかく、マルリース」
「ん?」
リオネルが足を止めた。
「久しぶりに令嬢姿を見た。良く似合ってる」
「ふふ。私もこういう服着るの久しぶりだなって思ってたよ。ありがとう。ここにいる間は脱きぐるみだよ」
「服も何点か持って帰りなよ。着ぐるみもかわいいけど、動きやすいでしょう」
「あー……うん、そっか。それはありがたい。でもせっかく自分で編んだセーターやらカーディガンにも愛着があってだね」
「ふふ。マルリースの好きにしたらいいよ。僕は令嬢マルリースも着ぐるみマルリースもどっちも好き。ね、マルリース」
リオネルはそう言うと、私の額石の横にキスしたあと、膝を折って私の手を取った。
「え、どうしたの?」
リオネルは微笑みを消して、真面目な顔になって私を見上げた。
「ずっとずっと。子供の頃から愛してました。これからも一生それは変わりません。だから、結婚してください、マルリース」
「あ……」
このタイミングとは思わなかった。
晩餐のあとかな、とかぼんやり思ってた。
目の端に映る美しい景色に、なにも考えてない自分が一瞬恥ずかしくなった。
そうだよね、こんなきれいな場所なら、大事なことを伝えるのにふさわしい。
優しい笑顔で見上げてくるリオネルに、私も照れずに微笑み返した。
いつも私のことを考えてくれて、私に最高のものをプレゼントしてくれようとするリオネル。
「……。(ありがとう、リオネル。私の方こそよろしくお願いします)」
告白を受け入れる言葉を返せないのは、とてもせつない気持ちになるけれど。
言葉が返せないぶん、心でとても愛しているよ、と強く思いながら、私はコクリ、と頷き、リオネルの手に自分の手を重ねた。
リオネルは、立ち上がるとコートポケットから指輪ケースを取り出して見せてくれた。
綺麗な淡い水色の石だ。サファイヤだね。
リオネルの瞳の色だ。とても綺麗。
「婚約指輪、付けていいよね? マルリースは手作業することが多いから、チェーンも用意したよ。でも、ここにいる間は指につけてくれる?」
「うん。勿論だよ。嬉しい」
ふと思った。
私が先にリオネルに好きとか愛してるって言ってたら、リオネルが私に好きって言えない立場だったのかな、と。
想像したらやっぱりせつなかった。
リオネルに愛してるって言ってもらえないんだね。
それはそれで、悲しい。
「どうしたの?」
「うん……先に私が告白してたら、愛を言葉にできなかったのはリオネルだったんだろうな、と。その場合を想像しちゃった」
「いやだ!?」
「ね、大事なことを言葉にできないって、いやでしょ?」
「あー、うん。今まで僕だけが言ってればいいって思ってたけど……心に留めておくよ」
「私も、自分が口にできない言葉のせいで、リオネルが寂しい思いをさせないかって心配してる」
「僕は、大丈夫だよ。愛してる、マルリース」
そうは言っても、絶対さびしいはずだよね。
でも、愛を伝える方法は言葉だけではないから――態度や手紙で、彼に気持ちを伝えていこう。
私は「愛してる」と言う代わりに、彼の頬にそっとキスをした。
彼は嬉しそうに「ありがとう」と言ってくれた。
気持ちは、無事に伝わったようだ。
「……では改めてリングを付けさせてください」
「お願いします。」
指輪をはめてもらい、空にかざす。とても綺麗だ。
「僕の指にもつけてくれる?」
指輪ケースがもう一個でてきた。そうだ。ペアだものね。
「うん。貸して」
リオネルの方は、ルビーのような赤い石がついていた。
私はゆっくり指輪を、彼の左薬指にはめた。
「お互いの瞳の色だね」
「うん」
言葉数は少ないし、実際空気は冷たいのに、何故か春のようにポカポカする。
そして、再び散策しながら話をしようと、声をかけようとした時、
「……っ」
リオネルが涙を流した。
「リオネル……?」
「いや、嬉しくて。ごめんね。」
私はハンカチを出して彼の目元にあてた。
「ううん。でもびっくりした。いつもリオネル落ち着いてるから……」
「ずっと……余裕なんてなかった。いっぱい悩んだし我慢したし……マルリースが一度婚約してしまった時、諦める気持ちはなかったけど、でもきっと、そのままもう僕のところへは来てくれないだろうなって……」
ガバっと抱きつかれた。
「嘘みたいだ。本当に、ありがとうマルリース。愛してる、とても」
私は彼の背中に両手をまわして、言葉で返す代わりに、ぽんぽん、と叩いた。
グラナートお父様とお母様の話を聞いた時は、ツガイって妖精側の思いが一方的に思えるくらい強いんだろうと感じていたけど、リオネルはこんなに私を愛してくれている。
ああ、本当に。
人間とか妖精の気持ちだとか考えてたことが、今は馬鹿だったな、と思えた。
そんなこともう関係ない。
こんなに私を大事にして愛してくれる人の気持ちと、気づかなかった自分の気持ち。
その両方を私は放置してきてしまった。
その大切さに気がついた今はもう、絶対に手放さないと決めた。
リオネルの頬に手を触れて、私から唇を重ねた。
「マ……、あ……」
リオネルは涙が止まらなくなってしまった。
「しょうがないなぁ……もう」
私はリオネルの頭をくしゃくしゃ、と撫でた。
ふとそこに、とても小さな頃のリオネルがいる気がした。
私にずっとついて回ってた幼い頃の弟。
背伸びしてもキスするのが難しいくらい大きくなったのに。
こんなに泣いちゃって。
あの頃とは愛の形は変わってしまったけれど。
――私もね、ずっと貴方が愛おしいよ、リオネル。
せめて、心の中だけは何度も呟いて、涙の止まらない彼に何度もキスをした。