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60 リオネルの領地、シルヴァレイクへ

 翌日の早朝。

 今日は、リオネルの就任披露パーティの3日前、そしてリオネルの領地、シルヴァレイクへ向かう日だ。


「昔より早い!? 怖あぁああー!!」

「にゅにゅっきゅー♪」

「わー! すっごーい!!」


 リオネルの剣を寝かせてその上に乗っかり、彼の風魔法で空を滑空し、シルヴァレイクへ向かう。


 リオネルが1人で飛んでるのを見る時は、とても気持ちよさそうに見えたけど、実際乗せてもらったら、そのスピードと切る風の音がものっそい。

 チビ達はとっても楽しそうだが、私は恐怖で気が遠くなりそうだ。


 リオネルが言うには、私達の周りには空気の膜を作っていて、保護しているらしい。

 それがないと、喋ることすら叶わないらしい……って外はそんな強風なんですかー!



「そりゃ、昔よりは絶対早いよ。はい、ぬいぐるみさんは怖いなら抱きついて目つぶってて。すぐ着くから。うーん、もっと幅広なボードでも用意しておけばよかったかな」


 言われなくても抱きつきたい。しかし、恐怖で手がガタガタ震えて上手く手を回せない。

 どうでもいいけど、ぬいぐるみって言うな。

 いくら私が着ぶくれてモコモコしているからと言って、こ、恋人に対して、ぬいぐるみとか言うんじゃない。


「手を離したら、落ちて死ぬんじゃないの……これ」

「あはは。死ぬだろうね」

「いやああ!?」

「大丈夫だよ、僕が落とさないから」


 そういうリオネルの私を抱える手の力はそんなに強くない。


「も、もう少し腕をギュッとしてくれませんか……」

「え、なにかな。聞こえなーい。風の音が強くてー。もう少し大きい声で言ってー」


 こいつ……わざと……!!


「もっとギュッと抱きしめてくれませんか!!」

「はい、かしこまりましたー」


 なんだ、そのご満悦の表情。

 ま、まあいいか、腕の力を強くしてくれたし。


「ニヤニヤ」

「そこのピクシー、言葉でニヤニヤって言ってるよー!」

「あはは、まいったね」

「きゅうきゅう!」



「そろそろ着くよー」


 そんなからかい合い(おもに私だけがからかわれる)をしていると、あっという間に、伯爵領についたようだ。

 領地の名前はシルヴァレイクと言うそうだ。


 ちなみに、私の実家のリシュパン子爵家の領地名はロザンティアだ。


 すこし森が続いたかと思ったら、目の前に大きな白く美しい山が見え、その手前には美しい湖。その辺りに大きな青い屋根の城が見えた。


「シルヴァレイクへようこそ、マルリース、リージョ、ハルシャ」


「わ……! なんだここ!」

「きゅ!」

「綺麗な山と湖とお城だあああ」


「青い屋根に白い城壁……本当に、城みたいな屋敷作ってる!?」

「いやー。だって伯爵だし、これくらいは作らないと」

「ま、まあそうだね」

「慣れてね? 未来の伯爵夫人」


 え、伯爵夫人……?


「……」


「え、どうしたの」

「そうだった! 伯爵夫人になるんだった!」

「今頃自覚した!?」


 新年のパーティも既にいくつか参加予定だったのに自覚がなかった。やばい。


 そうか……。伯爵夫人ともなると、また社交界とか行かなきゃいけないなぁ。

 ちょくちょくお茶会も開かないといけないだろうし。

 自分のお店と兼業となると、かなり忙しくなりそうだな……。できるかなぁ……。


「……大丈夫だよ、マルリース。リシュパン子爵家の方からマルリースの知ってる使用人を連れてきてるから。みんなマルリースの力になれる日を待ってるよ」


「え、そうなんだ! それは嬉しい……」


 良かった。まったく初対面の使用人さんたちとやってくのは、ちょっとしんどいなーって思ってたんだ。


 リシュパン子爵家で働いてた人たちなら関係は良好すぎるくらい良好だったし、安心だ。

 それに、私の額石のことも、知っている。

 多分、リオネルはその事を知っている使用人で私の周りを固めてくれるつもりなんだろう。


 地上に降り立つと、そこは城のエントランス前だった。

 いつの間にか使用人たちが出迎えてる。

 知らない人もいるけれど、さっき説明された通り、知ってる顔もたくさんいた。


 リオネルが、「手ぶらでいいから、どうしても必要なものだけね」と言ったので、荷物はリュック1つだ。

 そのリュックを使用人に渡して運んでもらう。


「おいで。マルリースの部屋、ちゃんと作ってあるよ」

「おお、行く行く!」


 さっそく、私の伯爵夫人としての部屋へ連れてって貰うと、


「わ……」


 入った瞬間息を呑んだ。


 部屋の中は、とても柔らかい光が差し込んでいて、空気も澄んでいた。

 白を基調とした天井は高く、繊細な装飾が施されたシャンデリアが吊るされ控えめな光で輝いている。

 壁は淡いクリーム色で、よく見ると控えめな草模様が入っている。


 この屋敷――青い屋根に白い壁の外観から想像するに、理想的な内装である……。


 なんだここは。

 絵本の中のお姫様の部屋ですかね……?

 実家の自分の部屋よりも数段格式高いぞ……。


「わあー! 豪華なベッドー!」

「にゅにゅにゅ!!」


 チビたち二人が、ベッドへと一目散。飛び跳ねて早速遊び始めた。

 いや、ベッドも豪華だな。


 天蓋付きとか実家以来だわ。白い木製フレームに可愛い花の彫刻がされてて可愛いくて、上品。

 うーん、とっても好みだ。


 他にも、美しい草模様彫刻の入ったライティングテーブルに、柔らかそうなクッションがいくつも並べられた金糸で刺繍されたソファ。

 その前には大理石のテーブルが設置され、青い花が飾られている。……屋敷の屋根といいこの花といい、リオネルの瞳をイメージしてるんですかね?


 その傍の壁面にはガラスのキャビネットが置かれており、中には、やはり私好みのデザインの花柄ティーセットが飾られている。


 ……配慮がすごいな!? そして私の好みを完全に熟知している……!!


 あわわ……。い、いくら掛かったんだ。

 すっかり庶民が板についてきてるので、金額が気になってしまう……!!

 しかもリシュパン子爵家よりもかなり豪華だし……。


「こんな豪華な部屋を作れる費用はどこから!?」


「そりゃ……まあ、僕は何年もマルリースを手に入れるために色々やってたので……。実は事業もいくつか前から抱えてたというか。あとは投資がうまくいったっていうか……」


「学生起業家!? というか、私を手に入れるためにそこまで!?」


 私は驚愕した。

 剣聖になるほど己を鍛え、学業は優秀、さらに学生ながらも事業を……?

 私って本当に、そんな原動力になるんですかね!?


「照れますねー」


 嬉しいけども……すこし。すこし悔しかった。


 いや、私のほうは錬金術のお店がやっと上手く行きかけたと思ったのに、リオネルは学生と並行して事業して? 剣聖になって? 爵位と領地授かって? え? なにその勝ち組人生……!!


 あれ? 私が祈ったからか!? そうなのか!? いや、しかし……!


「なぜ僕に嫉妬の目を向けているのかな、マルリース」

「すこし、事業者としての格差に震えてるだけよ……」

「いいじゃない。僕の全ては貴女のものなんだから」


 そう言って私のサイドの髪を手にしてキスする。


「む、むう……」


 ちょっと甘さが過剰過ぎるのでは!? このままだと、顔が常に赤いのがデフォルトになってしまう!


 私は誤魔化すように、バルコニーを開け放った。

 すると、目の前にはさきほど外で目にした白い山。


「わあ」

「景色良いでしょ」

「良すぎる」


 この土地はリシュパン子爵家のロザンティアの北側で、場所によっては万年雪の降り積もった山がいくつかあるそうだ。

 あの山はその1つ。


「まあ、万年雪といっても頂上のほうだけで、さすがに夏は緑に覆われた山になるよ」

「へえー」


 しばらくバルコニーからの風景に二人並んで見惚れた。


「そうだ。クローゼットに衣類や靴も用意してあるから、あとで侍女に頼んで着替えてね」

「あー。たしかにこんなお城に宿泊するのに、この着ぶくれじゃ……ね」

「それも可愛いけどね。好きだよ」


 明らかに苦笑しながら言わないでくれる?!


「こ、この部屋じゃ錬金術は、できないわねー」


「ああ。ちゃんとそれ用の部屋……というか離れを用意してる。そっちは貴女が自分で揃えたいだろうからなにもしてないんだ。」


「ホント!? わーい! やった!!」


 私はバンザイして喜んだ。

 作業部屋はやはり、自分でカスタマイズしたかった!

 リオネル、わかってるぅー!


「この部屋より喜んでない……?」

「そ、そんなことはないよ……?」


 家具の一つ一つにそうやって目を走らせていると、入ってきたドアの他にもう一つドアがあるのを見つけた。


「あれ、なにこのドア」

「それは僕の部屋に続くドアだよ。隣の隣が僕の部屋」


 おお。隣の隣がリオネルの部屋か。ん? あれ?


「ん? 隣の部屋は?」

「そりゃ……僕たちの共同の部屋だよ。その、結婚はまだ先だし、2人で家具選びたいなって思ってまだ空っぽだよ」

「あ……。あー……」


 夫婦の寝室ですね!

 そういえばお父様とお母様の部屋の構造もそうなってたな……。


「結婚したら一緒に寝起きしようね」

「そ、それはもちろん。って何をニヤニヤしてるのかな!?」

「マルリースの反応が可愛いから。ずっと顔赤いよ?」


 うあ!! 顔赤いのは指摘しないでよ!?


「ニヤニヤ」


 ハルシャがまた!! 言葉でニヤニヤって普通言わないよ!?


「ねえねえ、それよりさ。お外を飛び回ってきてもいいー?」


「いいよ。屋敷周辺は結界を展開済みだから、危ない魔物はでないようにしてあるし。でも弱い魔物や普通の動物は出るから気をつけてね」


「わかったー! リージョ、行こうー!!」

「きゅうきゅう!!」


「お昼には帰ってきなよ!!」

「わかってるー!」

「にゅきゅーう!」


 二人はバルコニーから飛び出て行った。


 二人きりになった広い部屋は、とても静かになった。


「あの二人がいなくなると、とても静かだったんだね、この部屋」

「本当だ。無音に近くなると、ちょっと寂しいね」

「そう? 2人になれたのに?」


 私はちょっとさっきからの仕返しをしようと思い、リオネルとの距離を詰めた。


「え、いやその」


 リオネルがすこし赤くなった。

 ふふふ、攻められるとウブになるのは可愛いな!

 もう少しいっとくか!


「それはそうと、結婚してからなの?」

「え?」


 私はさらにリオネルに詰め寄る。


「隣の部屋整えるの」

「え」


 わ、顔がもっと赤くなった。可愛い。


「そっかー」

「あ、いや。別に……結婚後でなくても……」


 ふふふ、姉上を舐めてかかっているとこうなるのだ。


「え、えっと」


 リオネルは咳払いをした。


「さ、さて、僕たちも着替えて……昼食まで湖畔の散歩でもしようか」

「うん。気持ちよさそう」

「じゃあ、着替えてエントランスで会おう。またあとで」


 リオネルは出ていった。


 私も侍女を呼んで、湖畔を歩くのにちょうど良い服を選んで貰い、着替えた。


 リオネルが用意してくれてた服は、薄手なのに暖かくて、私は脱・着ぶくれをしたのであった。


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