いよいよ年末って感じになってきた。
この商店街も今年の店じまいを始めたみたいだ。
新年まで商店街も静かになるな。
早いところはもう閉まってる。
私もお店をお休みして、リシュパン子爵家に帰省する予定だったけど、リオネルがシルヴァレイク――伯爵領のほうへ招待してくれたので、そっちへ行く。
年末には、リオネルが厳選した人と近隣領地の貴族を集めて就任披露パーティをするそうだ。
それには両親も来る。久しぶりに親子4人が揃うんだね。
そのまま両親とは年末から新年にかけて一緒に過ごしたあと、あちこちの新年パーティへお出かけだ。
リオネルもあちこちから呼ばれている。私もそれらに婚約者として同伴する予定だ。
両親にはリオネルと私がいま一緒に住んでいて、就任披露パーティで婚約を発表することを、先に手紙でもう知らせた。
超早便で返事が帰ってきて、おめでとうというカードと花、そしてプレゼントがいくつか贈られてきた。
「わーい。おそろいのガウンとパジャマだよ。マルリース」
「なんか、子供の頃も似たようなのお揃いで着てたような」
余談だが。私は子供の頃はネグリジェを買ってもらえなかった。
寝相がひどくて。ふ、ふふふ。
「あの2人にとっては、自分の子どもたちが、まとめて手元に帰って来るようなものなのかもね」
そう言うと二人でちょっとしんみりした。
「……あ。マルリース。仕事片付けないと」
「そうだ。思わずプレゼントを開けて楽しんでしまったよ!」
店は相変わらず、駄菓子やハルシャ目当ての子供以外のお客は来てない。
けれど、寝具の試供品を気に入ったお客様から、来年のお届け予定でいくつか追加注文を頂いたのだ。
新年からの仕事も楽しみだ。
リオネルは結婚したあともお店続けられるようにしてくれるって言ってくれてるし、なんだかとても幸せだ。
そういえば、オスニエルの事件以来、グラナートお父様と交信してない。
お父様のほうは多分、リージョを通じてこちらを見守ってくれてるとは思うけど。
今夜あたり久しぶりに、話しかけてみよう。
◆
「じゃあ、おやすみ。マルリース」
「おやすみ、リオ」
お互い部屋の前でキスして寝室へ。
明日はリオネルと早朝出発だ。
自室に入り、ベッドに腰掛ける。
「リージョ、ちょっと来て」
「にゅ?」
自分のカゴベッドに入りかけたリージョが私に呼ばれて跳ねてきた。
「なーにぃ。どうしたのー?」
リージョとおそろいで作ったカゴベッドに既に入ったハルシャが、カゴ越しにこっちの様子を伺う。
「ん、ちょっとグラナートお父様と話そうかなって」
「ふーん。そっか」
ハルシャはそういうと、自分のベッドにゴロンと転がったようだった。おやすみ。
静かに話さないとね。
さて、私はリージョをひざの上に置いて語りかけた。
「グラナートお父様、聞こえる?」
リージョがすぐにぼんやり光り、即効で返事が返ってきた。
《いつでも聞こえているよ》
「返事早い!?」
《前も言った気がするけど、いつでも君の声は最優先に届くように気を配ってるよ》
「……なんとなく、お父様から声掛けしてもらわないと話せない気がしてた。オスニエルの屋敷の時は呼べって言われてから思い切って叫んだけど」
《うん。それでいいんだよ。オスニエルの事件のあとはバタバタしてたね。悪趣味な夢も受け取ってしまったようだが……大丈夫かい? 妖精王も親切のつもりだったんだが》
「たしかにあの夢は今でもちょっとトラウマです……。お父様から教えてもらえるなら、口頭で良かったのに」
私はすこし愚痴った。
だって、今でもたまにふと思い出して怖くなる。
あの部屋の雰囲気に、自分が氷漬けにされそうになったこと。切られたハルシャの羽。そしてあの牢獄の夜の夢。
今はリオネルが家にいるし、彼とのことで心が温かだから割と平気だけど、それでもふとした瞬間にまだよく思い出して怖いのよ。
《ああ。君の恐怖が痛いくらい伝わってくる……これはいけないね。妖精王に強く苦情を言っておくよ。ちょっと妖精王……うちの娘が》
「傍にいるの!?」
《うん、たまたま近くに。……ショックを和らげる念波をしばらく送ってくれるそうだよ》
「そんなことできるんだ!? いや、もうこんな事はないでしょうし、妖精王様も親切で送ってくださったんでしょうし、そんな事しなくていいですよ」
私は慌ててそう言った。
というか、妖精王様ってカバー力高いな……。さすが王。会ったこと無いけど。
《そう? じゃあ、またそのように言っておくよ。……ところで、リオネルと話し合ったようだね》
「リオネルとは……うん、そうなんです」
《ツガイの告白をしないことにしたんだね。それでもとても幸せそうだ》
「……はい。ちょっと、好きっていえないことに違和感感じますけど……それもすこし慣れてきました」
《正直うらやましい。そんな選択があったんだね。僕も今なら、それを選択するかもしれない》
「……この間は落ち込ませてしまってごめんなさい」
《いや、君のせいではないよ。気にさせてしまってこちらこそ、すまない。そしておめでとう。幸せになるんだよ。僕は君とリオネルの選択を祝福する》
「グラナートお父様に祝福されると、幸せ以上に幸せになれそうです」
《僕の祈りが君たちの幸せにつながると僕も嬉しい。……ただ、すこし不穏な空気を感じる》
「はい!?」
《……どうも、リオネルにまとわりつく黒い影を感じる。なにかの思念のような……誰かの恨みでも買ったのかな……》
「えええ……。でも、リオネルはそういうのいっぱい有りそう。だって剣聖になったり、爵位もらったり……羨望の的ですし……」
《それ……なのかな。まあ、ちょっと気をつけてみてくれ》
「どうやって」
《どうやってか……とりあえず、リオネルの周りに異変がないか、普段と違うことがないか注意深く見守ることくらいかな。……これは不安にさせただけか、すまない》
「う、うーん。とりあえずリオネルに伝えて、本人にも気をつけてもらってみるね」
《ああ、是非そうしてくれ。リオネルにも父がよろしく、そしてありがとうと言っていたと伝えてくれ。マルリース、幸せにおなり》
「うん、お父様。ありがとう」
じゃあおやすみ、と通信を終えた。
リージョの光が消えると、
「あんたの父親って、すごい存在になっちゃってるのねえ。アイツの屋敷でも見た時は内心びっくりしてたよ。ツガイを得るってすごいのねえ」
私とグラナートお父様が話している間、静かだったハルシャが話しかけてきた。
起きて聞いてたようだ。別にいいけど。
「うん。本人もあそこまでの存在に覚醒するとは思わなかったみたい」
「だから、あんたもツガイを得るのを怖がってたのね。アタシ、好奇心旺盛で、おしゃべり大好きでさ……ツガイのこと喋って悪かったわ」
「ううん。バレて今は良かったって思ってる。私も怒っちゃってごめんね」
「アタシも上位存在には憧れるけれど、愛する相手と会えなくなってまでなりたいかって事前にわかったら悩むと思うー。……マルリースは怒るってほど怒ってないよ。アンタは優しい。私はアンタ、大好きだよ」
ハルシャがウインクした。可愛いなあ、もう。
「ありがとう、ハルシャ。ハルシャもここにいてくれてありがとう。私、家族が増えて嬉しいよ! ハルシャさえ良ければずっと一緒にいてね」
「きゅう、にゅう!」
リージョも私の膝で手をパタパタした。同意の模様。
ハルシャととても仲良しだものね。
「はは。リージョも大好きだよ。リオネルも。アタシのほうこそ、ここにいていいのかなって、思ってた。……ありがとう」
「うん。さてと、明日は早起きだからそろそろ寝よう。ランタンの灯り消すね」
「おやすみー」
「にゅ、きゅきゅぃ」
小さい友人たちと同じ部屋で眠りにつく。
隣の部屋にはリオネル。
明日には両親に会えて、親子で新年を迎える。
リージョに語りかければ、すぐにグラナートお父様とも喋れる。
幸せなことばかりだ。
1人で悩んでたのが馬鹿に思えるくらい。
オスニエルのことも、妖精竜のことも、もう何も怖くない気がした。