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55 排除 ◆Side:リオネル

 姉上のところへボニファースが訪ねてきた日、僕は領地『シルヴァレイク』を見に行っていた。

 遠くに美しい山が見え、その麓には澄んだ広い湖が見える場所。


 そこに建つ、ボクの屋敷が完成したのだ。


 いつか実家のほうも継ぐ。

 その時には、リシュパン家の領地と爵位を統一して貰う予定だ。


 年末には就任パーティを行なう予定で、その準備で結構忙しい。


 父上に相談し、実家で信用のあった使用人を数人こちらに回してもらい、色々整えてもらっている。


「わ、ほぼ出来上がってるね。早い、素晴らしいね」

「お褒めに預かり光栄です」


 彼らは、姉上とも懇意にしていた。

 いずれ泊まりに来てもらった時には、気兼ねなく過ごせると思う。


 ……年末には、ここで彼女にプロポーズしようと思う。



 僕は将来、姉上にここに住んでもらいたいと思ってる。


 でも、彼女は店を経営したいだろうから……もし結婚できたら、通いにしてもらう相談をしよう。


 そのためにもいま、僕と同じくらいのスピードを出せる女性の風魔法使いか、テレポートができる闇属性使いの女性を探している。できれば闇属性がいいんだけど、聖属性ほどではないが希少だから……見つからないかもな。


 どちらかが見つかれば、姉上の店とシルヴァレイクでも通いは可能だ。


 出来たら護衛もできる人がいい。

 もし素人だとしても訓練して仕立て上げるから、それに応じてくれる人……なかなかいないだろうな。


 見つからなければ……護衛と風魔法使いをセットで雇おう……って彼女の話も聞いていないのに気が早い、と我ながら苦笑する。


 そんな甘い夢を、湖を眺めながら思い浮かべる。


 けれど、彼女の態度を見ていれば、彼女も僕を思ってくれていると最近わかるんだ。

 思い過ごしじゃないと思う。


 離れていた期間はあったものの、彼女のことはよくわかっているつもりだ。

 以前の僕への態度とは明らかに違う。


 いずれその胸のうちを、全てを聞き出したい。


 そんな事を考えて、気分良く帰宅したと思った……のにだ。


 ボニファースが姉上のところにやってきて、卒業パーティのパートナー、加えて交際の申し込みまでしてきたという。

 さらにノルベルトさんに暴力を振るいそうだったと?


 あいつ……いつまで僕や僕の大事なものに、まとわりつくつもりだ。


 僕に危害を加えようとするなら別に構わない。どうせ成功しないし、放置しておけばいい。

 けれど姉上やノルベルトさんに危害を加えるなら話は違う。


 いい加減、堪忍袋の緒が切れた。

 これはもう、許すことはできない。


 いいだろう。

 今まで無視してきたけれど――相手をしてやろうじゃないか。




 ◆




 数日後、学院にて。

 今日は騎士科の生徒たちが『剣聖』に挑戦できる日だ。


 僕も『剣聖』だが、すでにウィルフレドさんに勝利している。つまり、僕に挑戦するには、まずウィルフレドさんに勝たなければならない。

 だが、ウィルフレドさんに勝てる生徒などいるわけもないから、僕に挑戦イベントの要請はこない。


 それでも、僕は飛び入りでその場に向かった。

 なぜなら、ウィルフレド閣下のストーカー、ボニファースが絶対にいるはずだからだ。



「よぉ、どうした。リオネルじゃないか。まさかサービスで挑戦受けにきたのか?」


 訓練所に現れた僕に、ウィルフレド閣下が親しげに声をかけてくれた。

 その奥でボニファースが僕を睨んでいる。


「ごきげんよう、ウィルフレド閣下。そうですね。どちらかというと、剣の勝負よりも拳で殴り飛ばしたいのですがね……」


「ん?」


 首をかしげるウィルフレド閣下の前を失礼ながら通り過ぎ、僕はボニファースの前に立ち、ヤツの顔に白い手袋を叩きつけた。


「な、な!?」

「真剣で決闘を申し込む。僕が勝ったら、二度と僕の姉上と親友に近づくな……」


 その言葉に、周囲がどよめいた。

 同時に吹き出す声が聞こえた。ウィルフレド閣下だ。


 彼には最近、ボニファースが過去に姉上の誕生パーティでしでかしたことを話していた。

 だから、僕がこうした行動に出たことで、ボニファースがまた何かやらかしたんだと察したのだろう。


 ボニファースの顔がみるみる赤くなる。


「な……! 馬鹿じゃないのか……!! お前は剣聖だろう! 実力差が明らかだろうが!! 弱いものいじめか?」


 今度は周りからすこし笑い声が聞こえた。

 貴族男子が自ら、"自分は弱い"と言ってしまったのである。

 事実でもそのあたりは、濁すべきなのに……。


「だからなんだ。その剣聖の姉にプロポーズしに来たんだろう。僕も倒せないのに姉上に手をだすつもりだったのか? 金輪際、姉上にまとわりつくのは、やめてもらおう。また、僕の親友が身分差で逆らえないのをわかっていて暴力を振るおうとしたことも許せない。二度と二人に近寄るな!」


 僕は大声でその場にいる皆に聞こえるように言った。


 僕が、勝つに決まっているのに決闘を申し込むのも、確かにそれはどうなんだ? と思う者もいるだろう。

 しかし、姉を守るための名目、友のための決闘ならば、納得されるだろう。


 まとわりつきグセのあるこいつを姉上をターゲットにさせるわけにはいかない。

 ノルベルトさんにまで被害がいくならば、尚更。



「決闘を受けないというのなら、負けたのも同じだな。二度と姉上に近寄らないでくれ」


 ……だいたい、あの誕生パーティで、姉上はこいつのせいで、5針も縫ったんだぞ。


 聖属性の治療師の予約が取れず、彼女はしばらく傷が残った。

 彼女の恥になるから、それは言わないが。

 彼女が昔に受けた恥と悲しみ――恥には恥で返してやる。


 決闘を受けない、それは貴族として、かなりの赤っ恥だ。


 たとえ実力差がわかっていたとしても、だ。

 受けて負けたほうがまだマシだ。


 しかし、ボニファースは――


「う、ウィルフレドさん、僕の代わりに決闘を受けて下さい……!!」


「なんだって……?」


 僕は耳を疑った。

 ウィルフレドさんも、その言葉に一瞬ポカン、としたが、次の瞬間、ボニファースに対して凄んだ。


「お前……。自分の責任を目上のオレに代行させようってのか……?」


「ひっ。そ、そんな……!! だって僕はあなたの弟子で……弟子が困ってるなら助けてくれるのは当たり前では、と」


「オレが、いつ弟子にしたと言った?」


「え……。そ、そんな! 傍にいさせてくれたから、認めてくれたのかと思っていましたよ!!」


「何度か付きまとうのをやめるように言ったが離れなかったのはお前だ。おかしいな。オレはボケたか?」


「でも、あなたは剣聖でしょう。剣聖なら必死で弟子になろうとする者を救済すべきだ……!」


 ……話にならないな。

 自分の要求を通すために、支離滅裂であっても、どんな言葉も使うといったところか。


 「おまえ、剣聖を聖人とでも思っちゃいないか? オレはただの強いだけのオッサン。そして元平民だ……ちょうどいい。お前がリオネルに勝てたら弟子にしてやろう? できなければ二度とオレ近寄るな」


「ウィルフレド閣下。僕の決闘に便乗しないでください」


 僕が薄目でそう言うと、彼はええーって顔を、一瞬した。

 この人、凄みを出しながらも、内心ではラッキー☆、とか思ってノリノリで便乗してるな……?


「(コホン)もう一度聞く。ボニファース、僕の決闘を受けるか?」


 周囲の生徒たちも、ボニファース受けろー! リオネルやっちまえー! などと、盛り上がっていく。

 本来こんなことはしたくない。けどこれは、ヤツには効くだろう。その証拠に顔が真っ赤だ。


 中には、普段ボニファースとつるんでる、下品な連中も混じっているようだ。

 ……薄っぺらい友情だったようだな。



「う……! うわああああああああ!!!」


 ボニファースは、勢いよく立ち上がると、訓練所から走り出ていった。


「えっ……」


 さすがに僕も、拍子抜けした。


 「あいつ逃げやがったぞ!」「敵前逃亡だああああ!!」「なんという見事な逃げっぷり」などと訓練所がわーっと沸く。


「ボニファース逃走! 剣聖ウィルフレドの名を持って宣言する! 勝者はリオネル!! そしてオレの条件も満たされる!」


 ウィルフレドさんが、ちゃっかり自分の条件まで大声で宣言する。

 全くこの人は……。

 でも、周囲の生徒達もボニファースの彼へのストーカーは良い気分してなかっただろうから、まあいいか。


「あなたが一番得したのでは? というか、この決闘結果……あいつは無視するんじゃないですかね」

「かもなぁ。でもこれからは、お前は決闘に負けただろ、とあしらってやる」



 ――その後。

 友人づてに聞いた話によると。


 決闘の様子はまたたく間に学校中に広まり、ボニファースは、つるんでいた仲間にすら馬鹿にされはじめ、寮に引きこもりがちになったらしい。


 ヤツが剣聖に代理決闘を頼んだのも、逃走の仕方も、笑い話として大きな話題になってしまった。


 僕としては決闘を受けずに姉上に接近しないことを約束するか、決闘しても怪我はさせないで負かすつもりだったのだけど。


 まさかあんな逃げ方するとは思わなかったし、ウィルフレド閣下もノッてきてしまって思ったより彼にとって酷い結果となってしまった。


 後日、ボニファース子爵家から、僕宛に謝罪が届いた。

 実家に届くほど噂が広まったのか。


 しかし、結局、ビルヒリオ=ボニファース本人からは、僕の欲しい答えを聞けていない。


「まあ、しかし……寮に引きこもってしまったし学校にも居づらそうだ。少し追い詰め過ぎたか。仕方ない、すこし火消ししておくか……」


 追い詰めすぎると、今度こそ姉上に被害がでるかもしれない。


 そう考えた僕は生徒会に頼み、ボニファース子爵家から謝罪を受けたので、これ以上彼のことを噂しないようにと、生徒たちへの要望を書いた文書を掲示板に貼ってもらった。


 それは残念ながらあまり効果はなかったが、幸い冬休みが近かった。

 新年にはほとんど話題にされないだろう。


 彼自身が自分で燃料を投下しない限りは、だけど。



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