ボニファースがいなくなると、ノルベルトさんとマダム・グレンダが一斉に私を見た。
な、なに!?
「あんた、まーた変なのに取り憑かれてんのぉ?」
「貴族相手とかこっちは肝が冷えたぞ。勘弁してくれ」
なぜ苦情が私に!?
私、何も悪くないですよねえ!?
しかし。
二人は私を守ってくれたわけだ。
「いや……なんていうか。ちょっと前に、数年ぶりに再会したんですが、教えてないのにここまで来ちゃって……」
「まー。思い出しストーカー? あんたも大変ねぇ」
「うーん……。また来るって言ってたのが気になる。困ったなぁ」
「それこそリオネル卿を頼っとけ。こういうことが心配で引っ越してきたんだろうから」
もっともだ……!
しかし、ノルベルトさん。私とリオネルの事、わかってるね!
「う、うん。でもノルベルトさん、貴族相手に割と踏み込みましたね」
「ああ……でもまあ、家門名を聞いたら大丈夫かな、とも思った」
「え、どうして」
「ボニファース子爵家は、ここ1~2年ほど商人仲間の間でたまに話題にでてる。オレ達の潰れそうな家門リストに入ってるぞ。そのリストに入った家門は90%以上の確率で今のとこ潰れてる。だから相手しても怖くないだろうなと」
「えー……」
ボニファース……お前、消えるのか……?
でも、あの能天気な様子だと、当人はそんなこと知らないんだろうなぁ。
確か跡取りと言ってた気がするけど。
「なんですってー」
マダムも反応した。
「おう。マダム。そういえばアイツ娼館遊びしてんだってな。だから、これからはツケを許すなよ」
「まあ、ありがとう。勿論よ。良いこと聞いたわあ」
「いや、オレもありがとう。さっき割って入ってくれて助かったよ。弱ってる家門とはいえ貴族だから不敬罪とかいい出したら厄介だったし」
「その場合は、きっとリオネルが黙ってないと思うよ。リオネルはノルベルトさんのこと大好きなうえに、私を庇ってくれたし……あ」
そのリオネルが剣に乗り空を滑空してるのが見えた。
風魔法使いは、何かを足場にしたり、乗ったりして、空を飛ぶことが多い。
絵本の魔女のように、箒に乗る人もいる。
楽しそうで、とても羨ましい。
「姉上、ただいま!」
ふわっと飛び降り、剣はまるで意思があるかのように、空中で反転・降下し、リオネルの手の中に収まる。
……いちいち、格好いいな!?
というかマジで羨ましい。
私もそれやりたい。
「おかえり。お疲れ様ー」
「あ! ノルベルトさんにマダム・グレンダも。こんにちは! どうしたの皆揃って」
リオネルはノルベルトさんを見て、ご機嫌が増すのを感じた。
ニッコニコだ。
ノルベルトさんのことめっちゃ好きだな!?
いや、私も好きだけど!
「あら、かっこいいわねえ。惚れ惚れするわ。こんにちは☆リオネル卿」
「よう、リオネル卿。それがついついさっきの事なんだが――」
「うん?」
◆
「……同級生がご迷惑をおかけしました。そして姉を守ってくださってありがとうございます」
丁寧な口調とは裏腹に、リオネルの顔から瘴気と恐ろしいゴゴゴ……と、感情の音が出ている気がする。
気持ちはとてもわかる。
私もさっきそんな気分だった。
「リオネル……?」
「あ……姉上、大丈夫だった?」
「うん。ノルベルトさんとマダム・グレンダが一緒にいてくれたから」
「せっかく引っ越してきたのに僕がいない時に……はあ」
「まあ、そういうこともあるわな」
「そうそう。むしろ私達がたまたまいて良かったわよぉ」
マダム・グレンダがウインクをして、ノルベルトさんもやんわり笑顔だ。
……リオネル、可愛がられてるな?
「そういえば、マダム・グレンダ。どうしてここに?」
私は、ふと気がついて言った。
「ああ。ちょっとした中間報告よ。もうここで言っちゃうわね。マグナームクリームの試供品を例の浮気された女性が使ってくれてる最中なんだけど~怒鳴り込んできたのよぉ」
「ええ!?」
皮膚が荒れたとか? それとも逆にさらに胸が減ったとか!?
「ああ、心配しないでー。良い話だから。でも私も、何か不備があったのかと心配したらお褒めの言葉だったのよ。『効果がでてきたわ!! 脱貧乳よ!!』って仰ってたわよん。良かったわね、マルリース」
おお!
一瞬ハラハラしたけど、良い結果だったんだ! 嬉しい!
「本当ですか! やったー! その感じだと商品化できそうですね!」
「ふふふ。まだまだこれからよ。他のテスター様の意見も聞かないとね。でも、感想の第一声としては素晴らしいものが頂けたわね」
「ほー。良かったじゃないか、マルリース」
感心したように言うノルベルトさん。しかし、リオネルは、
「……よ、良かったね姉上」
顔をすこし赤くしていた。……可愛い。
その後、マダム・グレンダはそれを言いに来ただけだから、とすぐ帰った。
私はリオネルに手伝ってもらい、寝具をノルベルトさんに無事納品した。
リオネルはその最中、ノルベルトさんにとても懐いた笑顔を見せていた。
「リオってノルベルトさんのことが本当に好きなんだねえ」
「うん。大好きだよ」
「私も好きー」
えへへ、と笑いあう。
「……(気のせいだろうか。オレ、この姉弟に取り憑かれている気がする」
私とリオの会話にノルベルトさんは何故か無言だった。
◆
その帰り道に、ドレス工房の前を通りかかった。
――あ、そうだ。
そういえば卒業パーティのためのドレス、そろそろサイズ合わせの予定組んどかなきゃ。
「リオ、卒業パーティって3月の初めだったよね?」
「うん。そうだよ」
気がつけばもう12月に突入している。
3月ならまだ余裕はあるけれど、仕事をしているとあっという間に月日は経ちそうだ。
「そっか。年末は子爵家へ帰るからその時でいいや」
「なにが?」
「ドレス一式、こっちには持ってきてないから、実家でサイズ合わせとかしないと。多分サイズは変わってないと思うけど。あと着付けの予約もいれないと」
「姉上。それなんだけど……僕が用意してるから、卒業パーティは、それを着て参加して欲しいんだ」
「え! まさか新しいドレスとか作っちゃったの!? もったいな」
「ストップ」
「いや、だって。実家にあるもので、じゅうぶん……え」
リオネルが私の手を取った。
「マルリース」
うあ!? いきなりの名前呼びやめて!?
心臓が何故かギュッとするのよ!
「えっ、な、なに」
「……贈らせてよ」
そう言うとリオネルは、そのまま私の手にキスをした。
「死ぬ」
「えっ!?」
「あ……いや。その、ありがとう。じゃ、じゃあ今回は受け取るね」
リオネルは一瞬あっけにとられていたけど、すぐに笑った。
「うん。そう言ってくれると嬉しい」
やだな。きっと今、顔が赤い。
この様子だと、リオネルにも、私の気持ちはバレてるんだろうな……。
リオネルに、私の事情を話すべきだ……と最近は思う。
けれど……愛してると伝えられない相手ってどうなんだろう。
最初はいいかも知れない。リオネルもきっとそう言うだろう。
でも、とても大事な言葉だと思う……。
愛を伝えられないのは、いつか関係に亀裂が入ったりしないだろうか。
それにやはり……妖精になってツガイを感じたから好き、という部分もまだひっかかってる。
そんな風に考えると臆病になってしまう。
どうしていいのかわからなくなってしまう。
私はやっぱり恋愛音痴のままなのだ。
「それとね。新領地の屋敷が出来上がったんだ。年末に就任パーティもやるし、父上と母上も招待するから姉上も来てくれる?」
「あ……うん! すごく楽しみ! 行く行く!」
「ふふ。さ、帰ろう。そろそろ晩ごはんの支度しないとね」
「う、うん」
リオネルは、キスしたその手を離さず、そのまま私の手を引いて帰るのだった。