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53 ノルベルト氏、とばっちりにあう。


「申し訳ありませんが、受け取れません……。もう何年も経ってますし、謝罪でしたら結構ですのでお引き取りください」


 こういう相手は、一切物を受け取ってはならないとお母様が言ってた。

 私は断り、なんとなく、ノルベルトさんの後ろへ移動した。


 ノルベルトさんが、仕方ねえなぁ~って顔した。

 ごめーん。


「そんな……! ところで、その男はなんですか。先程、顔を赤くしてお話しされていたようですが!! 告白されたんですか!?」


 やっぱり、勘違いしてる!

 ちがう、ノルベルトさんに頬を染めてたのではなく、リオネルと結婚を夢見て頬染めてたんだよ! ってそんな事言えるわけない、と思ってたら、ノルベルトさんが口を開いた。


「……なにか誤解があるようです。私はこの街の商店街の会長でノルベルト=モンテールと申します。マルリースさんの仕事仲間です。先程から私とマルリースさんは、仕事の話しかしておりませんよ」


 涼しい笑顔を浮かべて挨拶するノルベルトさん。


「は、そうか。平民の男か。私はボニファース子爵家の長男だ。従って、お前は帰れ。マルリースさんは今から私と大事な用事があるんだ」


「えっ」


 そんな予定有りませんが!? 思い切り爵位をひけらかして脅してきたな!?


「そうでしたか。しかし、私とマルリースさんも今、仕事の最中でして……マルリースさん、間違いで予定をダブルブッキングされましたか?」


「いいえ。この方と会う予定はございませんでした。初耳です」


 しかし、ボニファースは私達の会話を無視してぶっこんできた。


「マルリースさん。婚約は残念でしたね。ですが、よろしければ私と婚約を前提にお付き合いいただけませんでしょうか? 手始めに卒業パーティのパートナーになって頂けませんか!? そして良ければこれから、このワインを2人で呑みませんか!?」


 うわあ、なんなんだいきなり! こっちの話を全然聞かない!! お前とそんなことする親しさもなんもないぞー!

 そして息が荒い!! 近寄んなぁ!!


「え、ちょ……近いです」

「マルリース」


 ノルベルトさんが、完全に私を背後に回してくれた。


 しかし、顔はめんどくさい時の顔だ。絶対めんどくせーって思ってる。

 私もめんどくせえよぉー!!


「なんだおまえ! 私とマルリースさんの間に入って……!」


 ボニファースが、私を後ろに回したノルベルトさんの腕を掴んだ。


「いえ、そんなつもりは。ただ、ちょっとレディに対する距離間ではないかと」


「貴族に逆らうつもりか!!」


 ノルベルトさんの腕をねじ上げる。

 ノルベルトさんは無抵抗だが、さすがに痛いのか、少し顔を歪めた。


 うわあ、横暴だ!! なんだこいつ!


「ちょっと、ボニファース令息……ひどすぎますよ!」

「マルリースさん、待っててください、いまそいつを追い払いますから!!」


「えええ……。あなたちょっと勘違いも甚だしいですよ!」


「……。(あ、やべ……。また宿屋の娘がこっち見てる!! 駄目だ、この男が男に腕を取られている状況……あの娘にとって餌にしかならない予感がする……! きっと、ここにリオネル卿が現れたら最高、とか思ってそうだ! 嫌すぎる!!)」


 私が言葉に詰まっている横で、妙に引き締まった顔でノルベルトさんはコホン、と咳払いをした。


「ボニファース子爵令息様。マルリースさんはアポは無かったと仰っております。何かご用がある場合、手紙を送りアポを取り、正式な段階を踏むことがレディへの礼儀としていると知り合いの貴族様から伺っているのですが。このような振る舞いは貴族紳士様の品位に関わるのではないでしょうか?」


「なっ。……お前偉そうだぞ!? 平民のくせに!!」


「いえ、ノルベルトさん、その通りです。過去に今まで、何かお誘いがある場合、まず手紙をくださらない紳士はいませんでした。ちょっと、ボニファース令息、ノルベルトさんの腕を離してくださいよ!」


 私もそれに乗る。


「あ……いや、マルリースさん。段階を踏まなかったことは、その……。お、お前余計なことを!!」


 うーん、やばいな。

 ノルベルトさんが目をつけられてしまう。


 しかし、ノルベルトさんは毅然きぜんとしていた。


「私は何か間違ったことを申し上げてますでしょうか? 高貴な方々は平民と違い、相手の心を理解し、対話を重んじられる存在であると我々平民は尊敬しているのですが」


「い、いや、それはだな」


 貴族の念持を持ち出されると、ボニファースも多少はたじろぐらしい。

 プライドの固まりだなぁ。


 さらにそこへ――。


「あら、やだぁ! ビルヒリオ坊ちゃまじゃなぁい~。やだぁ☆なにこれ」


 推定195センチのでかい女性を装っているマダム・グレンダが現れ、ノルベルトさんの腕からボニファースを腕を引き剥がした。


「喧嘩は駄目よぉ☆」


 少し甲高い大きな声でそう言いながら、ノルベルトさんとボニファースの間に割って入った。


「あ、マダム・グレンダ! こんにちは」


「よお。マダム。助かったよ、腕。(……宿屋の娘が新キャラ現れて狂喜乱舞している……。もう好きにしてくれ……)」


 その明るく場の緊張を吹き飛ばすような勢いあるマダムにホッとして、挨拶する私と腕をプラプラするノルベルトさん。


「あ……。あ、ああ。マダム・グレンダ。妙なところで会うな」


 ってボニファース! お前も知り合いかい!

 ......ってことは。


 私は白い目でボニファースを見てしまった。

 学生の分際で娼館遊びしてんの……? このお坊ちゃまは。


「あ、違う、違いますよ、マルリースさん!!」


 なんだ、察しが早いじゃないの。

 そういえば、リオネルが学院に、娼館遊びする奴らがいるって言ってたな……。


「良いところで会ったわぁ! 最近、来てくれないじゃなぁい。寂しいわあ。お店の子たちも、ボニファース様、最近来ないわねぇって言ってるわよぉ~。あとそろそろツケを払ってほしいのぉ」


 違わないじゃないのよ。しかもツケてんのか! どれだけ遊んでんだ!? 学生のくせに……!


 私は白い目をキープした。


「そ、そうか。また店のほうには伺おう……あ、いや。マルリースさん。今日のところは帰りますね」


 おお。やった。


 私は目を合わせず、言葉も交わさなかった。

 無言で頭を下げるノルベルトさん。


「あらあ。また絶対、お店来てねぇ!! ビルヒリオ坊ちゃまぁ~☆」


 マダム・グレンダだけは黄色い声で退散するボニファースを見送った。


 しかし。

 ヤツの姿が見えなくなると、ノルベルトさんとマダム・グレンダが二人共こちらをザッ!と見た。


 えっ!?



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