それから数日経ち。
あの怖い夢を見た日以降、私がリオネルのベッドに忍び込むことはなかった。
やっぱり、あの夢が怖かったんだな、私。うん。
そんなしょっちゅうツガイを襲う(?)変態ではないのだ、うん。
「こんにちはー、マルリースさんのお宅でよろしかったでしょうか」
「あ、はい。……あ、警備隊の方……」
「ええ。ちょっと来るのが遅くなりましたが……調書にご協力ください。お時間いま、大丈夫ですか?」
「はい、どうぞ」
そう言えば、詳しいことは後日って言ってたな。
もう全て終わった気になってた。
私は警備隊騎士様を、店へと招き入れた。
ちなみに、リオネルは今日、自分の領地シルヴァレイクへ行っていて、留守にしている。
来年から本格的に仕事を始めるための、その準備でなかなか忙しいようだ。
◆
「え……オスニエルが、死んだのですか!?」
「ええ。捕まったその日の夜に。女性のものと思われる無数の足跡が、彼の身体についていました。まるで一晩中、踏みつけられたかのように。とても異様な死に様でした。詰め所では妖精のしわざだ、などと噂が飛び交ってますよ」
そんなの、思い切り変死じゃないですか。――というか……。
私はあの夢を思い出して、ゾクッとした。
踏みつけられた……つまりあの夢は、リアルタイムで起こっていたこと?
「あと困ったことに、証拠品として押収した氷漬けの妖精たちなんですけど、それも同時に全て失くなっていたんですよ」
「そうですか……」
「容疑者が死亡してしまったし、人間の被害者はあなただけなので……。あなたから詳しい情報を頂いて書類作成したら、我々の仕事は終了です。申し訳ないですね、容疑者を死なせ、裁くことができず……」
「いえ、死んだのであれば……さすがに、それ以上の罪は流石に求めませんよ」
私も警備隊騎士さんも、お互い
私のほうは、ちょっと
昔からの恩師を訪ねたら、急にプロポーズされ、断ったら襲われそうになった、と。
間違ってはいない。
奴は変態犯罪者として記録に残るだろう。
ある意味、歴史に名前が残りましたね。よかったね。オスニエル。
警備隊騎士さんが帰ったあと、ハルシャが話しかけてきた。
「ねえ、今の話し……」
「……まあ、聞いたよね」
「うん。そっか、アイツ……死んだんだ」
ハルシャにはあんな怖い夢の内容を話すつもりはなかったんだけど。
オスニエルの話をするね、と断り、あの日見た悪夢の話をした。
「……それは、妖精王さまが、できるだけ多くの妖精に状況を夢にのせて発信したんだとおもう。アタシは寝てなかったから届かなかったのだと思う。そっか……見たかったな」
それすべての妖精に届かないじゃない、と言ったら、ハルシャは「そんなもんなのよ。だいだいそんな夢が流れてきたら、妖精たちの間で話題になるから、教えてもらえるし、夢の内容を伝える義務を与えられる妖精もいる」と、言われた。
「まさにいま、マルリースという妖精が私に教えてくれてる」
「な、なるほど……。ハルシャは見ない方が正解かもって思うしまあいいか。かなりエグかった。それより、氷漬けの妖精たちも……やっぱり妖精王さまが命じて回収したのかな」
「そうだと思うよ。おそらく妖精界に連れて行ってそこで開放して弔ってくれたのだと思う」
「……。そこも夢で見せてほしい!? なんで処刑シーンだけ!? 妖精王さま!?」
「あはは。寝てない時間だったんじゃない? 今回は、ツガイの儀式のことを考えさせられる事件だったのだと思う。だから許可なくツガイの儀式をしたパーヴァン・シーの同族もろとも罰したんだと思う。パーヴァン・シーたちも良いとばっちりね。警告も込めてるんじゃないかしら。ツガイの儀式に関しては一族でちゃんと見張りあえってことね」
「吹っ切れることはないと思うけど、前を向ける区切りにはなりそう?」
ハルシャは我が家に来てからは、明るく振る舞ってくれてる。
けど、そんなに早く吹っ切れるものではないと、思う。
「うん、大丈夫だよ。引きずっててもしょうがないしね。それに、アンタたちが、ここにいても良いって言ってくれてるし、怖い夢を見そうな時は、リージョが一緒のかごで寝てくれるんだよ。元気ださなきゃね」
け、健気だぁ!!
そしてリージョ、グッジョブ。
「なるほど……。じゃ、この話はもうこれでいいや! ね、ハルシャ。そういえば補助の羽が出来上がったんだけど、試してみてくれない?」
「え、ほんと!! やるやる!!」
我が家に来てから、ふとした瞬間に暗い顔を見せるハルシャも少し元気が出てきたみたいだ。
そのうち、心からの笑顔でいられるようにしてあげたい。
◆
ハルシャの羽ような『欠損』は聖魔法で治すことはまず叶わない。
失った先の羽があれば話は別なのだけれど。
無いならば――王族に従事するような高レベル聖魔法使いや聖女クラスにならないと、治せない。
従って、こういう時は錬金術の出番なのである。
ハルシャの失った部分の羽は、オスニエルの屋敷にあった額縁の妖精の羽コレクションにはされなかったそうだ。
途中で切った半端なものだから、彼にとっては『
マジで何回も死んで欲しい。
「わあ。見た目がもとの私の羽と遜色ない! 重さも!! すごいすごい!!」
ハルシャが私の作った予備羽を見て興奮してる。
……なんだか嬉しいなぁ。これで飛べなくてがっかりさせたらどうしよう。
でも、大丈夫。自信ある。
それにこれを作りながら。私は願った。
ハルシャがもう一度飛べますように、と。
きっとカーバンクルの力だって効いてる。
「……っと取り敢えず仮止めだから、ちょっと途中で取れるかも。優しく飛ぶってニュアンス伝わるかな?」
「オーケー、わかるよ。大丈夫」
仮止めなので、外れて落っこちるの前提でネットを用意し、その上を飛んでもらう。
「ネットの途中に赤いラインついてるでしょ? あそこまでなんとも無く飛べたら、成功だから」
「よし。がんばるよー」
「キュッ キュッ キュー!」
リージョが応援して踊ってる。
「じゃ、ちょっと、軽くその場で羽ばたいてみて?」
「うん、よし……」
羽は、両方ちゃんと動いた。
ハルシャの身体がふわっと浮く。
「あ……わあ……」
ハルシャが既に涙をこぼしてる。
「ハルシャ、まだだよ。あそこの赤いラインまで」
「久しぶりだから、なんだか、感覚が……あ、でも……」
ハルシャは独り言のようにそう言い、すこしふらつきながらも、問題なく赤いラインまで飛び、落ちること無く自分でネットの上に着地した。
「……すごい! すごいよ! マルリース!! 飛べたよ!!」
「うん……! 良かった!」
「きゅ! きゅー!!」
「ありがと……ありがとう……」
ネットの上にひざをつき、顔を覆って、ハルシャはしばらく泣き続けた。
私も少し涙が出た。
実は、この羽を作るのに、ここ数日仕事を後回しにした。
早くなんとかしてあげたくて。
良かった。
彼女から出る涙を、嬉し涙にすることができて。