私が首をかしげていると、リオネルが耳元で囁いた。
「剣聖ウィルフレド閣下、そしてパブロス辺境伯様だよ」
「あ!」
そうだ、有名人だった。
黒髪黒ひげの豪快な雰囲気の騎士。
粗暴な風体のちょいワルイケオジみたいな、結構目立つ容姿だ。
こんないかにも強そうな人にリオネルは勝ったのか……。
「おや、お嬢さんこんにちは。どうしたんだ、凍えているようじゃないか」
私はリオから離れて挨拶しようとしたが、リオネルがそれをさせなかった。
挨拶はしないといけないでしょう!?
「姉のマルリースです。ここで恩師だと思っていた人間に水魔法で殺されかけまして……」
リオネルは、牢屋のオスニクルを睨みつけながらそう言った。
「あ、姉のマルリースです。こ、このような格好で申し訳ありません」
「姉君か! いやいや、こちらこそ。リオネル殿にはお世話になっている。オレはウィルフレド=パブロスだ」
「いえ、こちらこそ。リオネルがお世話になっております」
なかなか親しみやすい感じをうける人だな、と思った。
「そこの牢屋で転がってるやつが犯人です。ウィルフレド閣下はどうしてここに?」
「竜が出たっていうもんだから、ちょうど王城にいたもんで要請されてここにきた。お前は竜を見たか?」
……グラナートお父様、長居してたら剣聖に狩られてた!? 怖っ!!
いや、剣聖でもお父様を倒せるかどうかわかんないけど……。
「見ましたけど、すぐ消えましたね。謎です。見れば妖精たちがたくさん捕まっているようなので彼らの仲間で怒ってでてきたのかもしれませんね」
正確には妖精なんだけどなぁ。
リージョ通じて
その時、地上から覗き込んで声をかけてきた黒髪の青年がいた。
「ウィルフレドさん、周囲におかしなところは何も――あ……!! リオネル、貴様なぜここに!」
「こら、ボニファース。なんて口を聞くんだ。彼らは被害者だ」
ん? リオネルが顔をしかめてる。
……あれ? ボニファース? どっかで聞き覚えが。
ボニファースと呼ばれた青年は、警備隊の人が取り付けた縄梯子を使って降りてきて、ウィルフレドさんと私達の間に割って入った。
ボニファースの方も、細い一重の目でリオネルを睨みつけている。
「ウィルフレドさんがこいつと口聞く必要ありませんよ。私が代わりに事情聴取します。おい、リオネル、これはお前の仕業か! あの竜はなんなん――」
明らかにリオネルに食って掛かっるボニファースだったが、リオネルの腕の中にいる私を見て、ピタ、と止まった。
「……マルリース……嬢?」
え、誰だっけ。
リオネルを見上げて首をかしげると、
『――ビルヒリオ=ボニファース子爵令息。覚えてない? 一度ウチにきたことある。マルリースを池に落としたヤツがいたろ、あいつだよ』
そう耳打ちされた。
「……(思い出し中)」
あー。
私のテンションはダダ下がった。
まだ怒ってる、というわけではないが、良い思い出がないという意味で。
私の人生初の誕生日パーティー。私はとても緊張しつつ、とても気を張って頑張ってた。
でも、それだけ初めての誕生日パーティを開いてもらったのが、嬉しかったのだ。
それが目の前のボニファースに悪戯に追い回されて池に落ちて、その日の装いはむちゃくちゃ、足にも結構痛い切り傷作ったのを思い出す。
幸い、リオネルがすぐに傷を隠して助けてくれたから、傷物令嬢と呼ばれることは回避したけど、そっちはそっちでハラハラした覚えがある。
私は無言で、ペコリとだけした。
私のその態度に、彼は息を呑んだ。
なんだよ。
「ボニファース、リオネルは姉君を助けに来ただけだし、マルリース嬢は恩師に狙われたんだ。謝れ」
「あ……。 ……リシュパン子爵令嬢、大丈夫ですか?」
こいつ、謝らないな!?
「姉はもう大丈夫だ。僕がいるので」
リオネルは無視して私に声をかけるボニファースに、私の代わりに答えるリオネル。
空気悪い!?
「あー、警備隊の方、事情をマルリース嬢に聞いてくれるか。竜はいないし、オレは帰る」
「はっ」
見かねたウィルフレド閣下が状況調査中の警備隊に声をかけてくれた。助かった。
ウィルフレッド閣下が帰ると、ボニファースは私にだけ挨拶して、ウィルフレッド閣下待って下さい~と焦りながら帰っていった。
相変わらず後味の悪い子だなぁ……。