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46 氷の墓標にて

「リ……リオネル……」

「姉上、大丈夫?」


「ちがうからね? これは私のせいじゃなくて、そ、そいつが……妖精ハーレムで若作り長生きジジイで……!!」

「いきなり何を言い出すの!?」


「屋敷を私が壊してオスニエルが怒ったとかではなくてですね……!?」

「そんなこと誤解してないよ!?」


「最近、まず自分の弁明を行う癖が……」

「まったく……」


 そう言うとリオネルは、困ったように微笑んで私の頭や肩にまだ積もっていた霜を振り払った。


「何から聞けばいいのかちょっと迷うんだけど、とりあえずこの霜は……水魔法? 顔が青白いよ、姉上」


 それを言うと、今度は苦笑が消え、憂い顔になった。 

 心配かけてしまった。


「オスニエルに、氷の標本にされそうになったの。その通り、水魔法だよ」


「なんだって。 それより、前から胡散臭い男だとは思ってたけど、まさか……姉上が子爵家から独立した途端これ? ずっと狙ってたんだね、きっと……」


 リオネルは、気絶して転がってるオスニエルを蔑んだ瞳で見て言葉を続けた。


「街では黄金の竜が現れて大騒ぎだし、心配になって来たらこの屋敷は壊れてるわ、金毛の竜が舞ってるわ……。来る最中に姉上の生気を感じ取れたと思ったら、なんか弱ってるし……。僕は貴女を助けられないかもしれないかと、一瞬目の前が真っ暗になったよ……」


 リオネルが、私を強く抱き寄せてくれた。

 温かい。とても落ち着く。


「心配かけてごめんね」


 余計なことは言わず、素直にそう言った。


「ううん。姉上は悪くないんだから。それにしても、こんな町中でドラゴン退治しないといけないのかと、さすがに肝が冷えたよ。ここに着くちょっと前には消えてしまったけど……なんだったの? 姉上が錬金術でなにかしたの?」


「そんな大技持ってないよ。また、詳しく話すけど……あの金毛の竜は、私の本当の父なの。倒さないでくれてありがとう」


「……はい?」


「帰ったらそのあたりも話すね……」


 リオネルは、すこし何かを考えたあと、一息ついた。


「そうだね。落ち着いた場所で聞きたいよ、その話は。……それに姉上、すごく冷えてるよ。早く帰って暖炉にあたろう。ホットミルク入れてあげる」


「ありがとう。でもその前に。オスニエルを警備隊に突き出して事情を説明して犯罪者として引き渡さなきゃ……へくちっ」


 くしゃみでた。

 これは風邪引くかも……。おのれ、オスニエル……!


「ああ、もう。やっぱ駄目。姉上を一度病院へ連れて行ってから僕がここに戻るよ。そして姉上にケアが必要な状態だったと説明する。姉上への事情聴取は、警備隊に家へ来てもらおう?」


「いや、待って。これだけ派手な事態になったなら、すぐに警備隊の人来ると思うから、少し待ってみるよ。ここで済ませておいたら、今日で後腐れなく終わりにできるかもしれないし」


 はっきりいって、日付をまたいで引きずりたくない。

 今日で終わりたい、今日で。


「ええ……」

「それに、リオネルがさっきから温めてくれてるから、平気。あったかいよ」

「あ……」


 リオネルは、『すこし赤面して、しょうがないな……』と私の意見を汲んでくれた。


 ……可愛い、そして結局のところ、やさしい。

 そんな彼を見ているだけで、私はさらに体がぽかぽかした。




 ――警備隊を待つ間、ふと周囲に目を向けると、日差しが差し込むようになった地下室では、氷の墓標が光を反射してキラキラと輝いていた。


 あれらはきっと証拠品で押収されてしまうんだろうな。そしてその後、魔法塔とかへ……。 

 自然に返してあげたいのに……。


「あ、リージョ。またハルシャのカゴに乗ってる。ごめん、リオネルちょっと」


 私はリオネルから離れてハルシャのところへ行って、声をかけた。


「ハルシャ」


 ハルシャは、膝を抱えて肩を震わせている。

 ――泣いてる。


 先程、グラナートお父様が言っていた。

 つい先程息を引き取った妖精がいる、と。

 多分そのせいだ。わかるんだね。


「ここにいると、あなたも警備隊に連れて行かれる。ひょっとしたら保護扱いされない可能性もある……から。とりあえず私の家に来ない? リージョもいるし」


 それを言うと、リージョも反応した。


「にゅ、きゅ!」


 おいでおいで、とハルシャを説得しているように見える。


 ハルシャはしばらく間を置いて、俯いたまま頷いた。


「リオネル、悪いんだけど彼女を警備隊が来る前に家に――」


「待って。その前にあの氷の前に連れて行ってくれる? お別れするわ……」


 ハルシャは、氷の墓標の1つを指さした。


「……うん」


 私は察して彼女をカゴのまま連れて行った。

 その氷の中には、可愛らしいというより、美しい金髪のピクシーが眠っていた。


「オスニエルに、どっちかがツガイの儀式をすれば、二人共生かすって言われた時、アタシ、怖くて震えて、何も答えられなかったの」


「うん。それは怖かったでしょう」


「でも、彼女はアタシを庇うように前にでて、私がやるって……さっさと儀式をしてしまったの」


「……彼女は、あなたを守りたかったのね」


「アタシは何もできなくて……親友だと思ってたのに、彼女になにかあったら絶対助けるっていつも思ってたのに」


「でも……怖いのにここから逃げ出そうとしたのは、助けを呼びに行こうとしたからじゃないの?」


 ハルシャは、ハッとして私を見て言った。


「自分だけ逃げ出そうとしたって思わないの?」


「羽を切られて飛べなくなるまで、何度もチャレンジしたんでしょう? 自分だけのためなら、私ならきっとそこまでやらないわ。あきらめちゃう」


「ありがと……」


 ハルシャはパタパタと涙を流し、


「さよなら……」


 カゴから手を出し氷に手をついて触れられないその親友にお別れを言った。

 ふと気がつくと、リオネルもなんとも言えない悲しそうな表情をしていた。



 その後、リオネルはオスニエルを拘束して牢につなぐと、一度ハルシャを我が家に連れてってくれた。

 リージョもそれに付いていった。


「おねがいします」

「うん、行ってくるね」


 ――10分後。


 彼はあっという間に帰ってきた。


「早い!?」

「風魔法使って飛んだから」


 目立つことしてきたな!?


「工房の作業机の上に鳥かごは置いたよ。二人に果実水を上げて、ゲージは開けておいたよ」

「うん、ありがとう」


「それじゃ、はい。姉上」

「え、なに?」


 リオネルが腕を開いている。


「……まだ体冷えてるでしょ」


 わかんないの? と、再度抱きしめられた。

 う……!?


 しかし、確かにまだ冷えているのは確かなので、ありがたくもあった。


「ありがとう、あったかい」


 私も緩い力だけどハグした。

 幸せすぎて、リオネルが私のツガイだと言うことを、喋って私のこの気持ちを告げてしまいそうだ。



 しばらくそうしていると、警備隊がやってきて、静かだった氷の墓標は賑やかになった。


 その中に1人体躯のすごい騎士がいて目についた。


 「(山のように大きな人だな……)」


 そう思っていると、その騎士がリオネルを見て近寄ってきた。


「お――リオネルじゃないか」

「あ。ウィルフレド閣下。こんにちは」


 リオネルが頭だけでペコリと挨拶した。


 ん?


 ウィルフレド閣下……どっかで聞き覚えあるような。

 誰だっけ?



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