その金色の光は空間に亀裂を入れながら、縦横無尽に走り、屋敷を次々と破壊し天井は失われ、あっというまに大きな青空を見上げられるようになった。
「わ、私の屋敷が……!? なんですか!! この光はー!!」
そして、オスニエルの敷地が更地となった頃――その光は上空で止まった。
その姿は――『大きい』なんて言葉では足りなかった。
瞳と、その額にある大きな石は私と同じ赤。
秋の麦畑のような美しい金色の毛並み。
竜というより、少し狐に似た体躯に、長くしなやかな尾。そしてリージョに似た長い耳。
太陽の光を反射するその金毛と、翼から舞い散る妖精の粉が、彼の周辺を黄金色に輝かせていた。
かなり上空にいるはずなのに、その巨大な姿がはっきり見える。
降りてくれば、街全体を覆い尽くすほどの大きさだろう。
――まるで神話の一場面を見ているかのようだ。
こ、この竜が……グラナートお父様……?
お父様がとどまっている場所は、空間がどんどんひび割れていく。
――理屈はわからないけれど、お父様が人間界にとどまれない理由って……こういうこと!?
心でそう思うと、グラナートお父様の声がした。
《そうだ。私の規模を世界が許容できない。私は存在するだけでこの世界を壊していく》
ひえ……っ!
【グォアアアアアォオオオオオオオ!!】
グラナートお父様は咆哮を上げた。
それは、鼓膜が耐えられないほどの轟音だった。
《――――マルリースを、返しなさい。人間よ。今なら――マルリースに関することは不問とする》
「うああああ!! あー! アアアア!! 耳が!」
オスニエルが耳を抑えて、その場に転がり悶えた。
咆哮で済んでない、ダメージはいってるよ!?
私も耳痛い!? 転がるほどじゃないけど!
あ……よく見ると、魔力による防壁が私の周りにいつのまにか……なるほど、私のことは保護した上でやってくれたんだ。
見ると、ハルシャも耳を押さえてるけど、それに包まれてる。
助けるべきものまで、こうやって保護しないと攻撃できないのね……。なんて怖い咆哮なのよ。
オスニエルもあの様子だと、しばらくあのままだろう。
「(お父様、来てくれてありがとう)」
真上を見上げて、お礼を言う。グラナートお父様は青空に滞空している。
ピキピキ……と、空が割れてってる。やばい。
《遅れてすまない。なんとかこちらへ来ようとして自分の規模を縮小していたら思いのほか、時間がかかった。でも、あまり長く滞在すると、そのうち世界がひび割れて壊れてしまうし、媒体にしているリージョの体にも負担がかかるんだ》
「(縮小した!? これで!? というか、お父様、大変ですよ。このオスニエルって人は妖精たちを捕まえてツガイの儀式を!)」
《ああ、そうだな――途中から様子は聞こえていた。あ、そうだ。私が出現した余波で氷の魔法も壊れたはずだが、大丈夫かい?》
「(あ! ホントだ、術の進行が止まってる! うん、寒いけど大丈夫! ありがとう、グラナートお父様!)」
霜と氷はまだ体に張り付いているが、もう氷漬けになる心配はなさそうだ。
《うん、怖い思いをしたね。私のかわいいマルリース》
……。
グラナートお父様の優しい言葉に抱きつきたくなった。
けれど、手を伸ばしても、彼には届かない。少しさびしかった。
《お前を抱きしめることができない。……こういう、ことだな。妻が私に望んでいて、できなくなってしまったことは……》
同じことを考えていたようだ。
オスニエルを見ると、まだ耳を抑えて転がっている。
私は話題を変えた。
「(お父様。オスニエルが妖精を監禁してツガイの儀式をしていたことですが、妖精界で裁かなくてもいいのですか? 人間界だと私への罪だけになると思います)」
《妖精王が、そんなヤツは裁くためでも妖精界にいれるわけにはいかないと言っていた。彼には人間界で牢に入り、死と対面させる判断だ。残念だが先程最後の被害者(ピクシー)が氷の中で息絶えた。もう彼に生命の供給はない。しばらくすれば、持病の痛みにも襲われるはずだ》
「……あ」
死んでしまったんだ。
ハルシャがさっき言ってた1人は生きてるって言っていた子。
私があと一日でも早くここに来ていれば、助かったのだろうか……。
《屋敷のほうも、生き物の気配を消し去る術を展開していたようだが、それも私が破壊した。空間亀裂が取り返しのつくうちに、私は帰らなくては……。君をここに1人にしたくはないが、大丈夫そうだ。リオネルがここへ向かっているのを感じる……》
リオネル、私をもう見つけてくれたの?
それを聞いて、少し安堵した。
「(――はい、ありがとうございました。お父様)」
《また、落ち着いたら話をしよう――》
たくさんの光が飛び散り、世界へ広がって行って消えた。
金毛の竜はリージョに戻った。
リージョが青空からふんわり落ちてきて床に着地した。
「きゅ!」
そして元気に飛び跳ねると、またハルシャの鳥かごに飛び移った。
ハルシャは膝を抱えて泣いている。
先程、お父様が、今のツガイが死んだと言っていた。
きっと彼女の大事な友だちだったのだろう。
かける声が見つからない。
「マルリース……今のは、今のは何だッ!!」
気がつけばオスニエルが片耳を抑えて私を睨んでいる。
いつもの涼しい顔ではない。
「そんな言い方やめてください。――私の父です。失礼ですよ」
「父……だと? あの竜が!? おまえ、妖精の子じゃなかったのか!?」
「……これ以上、あなたに答える義務はないですね」
ふんだ、教えてやるもんか。
「しかし、確かにあの瞳の色に額の石、たしかに……たしかに……」
オスニエルは私を歓喜したように見ている。
「マルリース、頼む……私にツガイの儀式を! あの竜の娘ならば、混血であっても、おまえの寿命はさぞかし……!」
私は、驚愕した。起き上がれるの!?
「ちょ、近寄らないでください!!」
私は詰め寄ってくる彼に平手打ちしようと、手をあげようとしたが、体がまだ凍えてうまく動かず。
「ああ、大丈夫。大事にしようマルリース。君は美しい。そして性格はちょっと抜けているが錬金術ができる知能もある。私の花嫁としてふさわしい……! 君ならば本物の妻にしても構わない……!!」
『性格が抜けてる』は余計だ!! 失敬な!!
いちいち失礼だな、オスニエル!!
「い……た……っ」
肩を掴まれ、狂喜の瞳で私を見ている。怖い。
「さあ、私に! ツガイの儀式を……! 愛を誓い合おう! マルリース!!」
グイグイ抑えつけようとしてくる。
押し返すようにして耐えてるけど……、え、これひょっとして私を押し倒そうとしてる!?
とりあえず手籠めにしよう、とか考えてる!?
「や、やめてください――!!」
ドカッ!!
私が叫ぶのと、大きな打撃音がするのが同時だった。
少し目線を上げたら、オスニエルの脳天に、剣の柄がめり込んでいた。
「が……あ……っ」
その音がしたあとすぐ、オスニエルは横倒しにゆっくりと倒れて気絶した。
「誰が、誰の花嫁だって……」
背後には、非常に気分を害した様子のリオネルが立っていた。