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44 亀裂

 私の足元にできた霜が、じわじわ増えていく。


「つめたい!? やめてください! さっきも言いましたが、私にこんな事したら弟や両親が黙ってないですよ! いいですか? もう一度言いますよ! 私には人間の法律が適用されますから、あなたは捕まりますよ!!」


 私は、慌てふためいて言った。


「でも、それは見つかったら……の話しでしょう? ねえ、マルリース。私、今日はあなたを捕まえようと思って結構準備してたんですよー。寝坊はしましたが」


「大事な計画を実行する日に寝坊する犯罪者とか聞いたことない……!」


 ああ! 思わず突っ込んでしまった!


 オスニエルはいつもそうだ。

 こういう事を言って、いつもこちらの緊張感を奪ってくる……! ほんと最悪な人だ。


 そしてまた時間ロスだ。

 足元の霜が、全身に広がりつつ、今にも氷に成長しそうだ。


 魔力による防御を試してはみたが、抜け目なく魔力も封じられていた。

 多分、私を今繋いでる鎖に細工してるんだろう。


 防御する術がない。


 「あはは~。それとね、私が雇った人たちがですね。今頃、街で大騒ぎして噂を流す工作してくれてるんですよ。あなたみたいな容姿の人が、誘拐されるのを見たってね。あなたの見た目は特徴的ですからねえ。弟さん、来るとしても、まずそっちに引っかかるのではないですかね? ちょっとした時間稼ぎです」


「な……!?」


「そしてあなたはその間に氷漬けの標本になります。そうなったら気魄オーラで生気も追えなくなりますから家探しでもしないと見つかりませんよ。そしてあなたを隠すためにさらなる地下室を作ってあるんですよー。うーん、完璧」


 剣聖は、魔力とは別に、生物が発する「生気」というものを感じ取る。

 ダンジョンなんかでは魔物の気配察知などに使える。


 例えば、リオネルがどの範囲まで感じ取れるかわからないけれど、近くにいたら隠れたって見つかる……けど、先生のやり方ならたしかに私を見つけられないだろう。


「もちろん死にません。コールドスリープって言ってね。あなたは凍ったまま生き続ける。そして私はこのあと永遠に生きる予定ですのでね……あなたの知り合いが全ていなくなった頃に、氷から出してあげますよ。ねえ? そしたら私以外に君は、頼る人はいない。……私にすがるしかなくなるんですよー」


 そう言い、50歳男性が子どものようにアハハ、と笑った。


 うわ……!!

 やっぱり、常々感じてきたこの人は『なんか嫌』って感覚は合ってた。

 もっと早くに縁切っとくべきだった!!


 グラナートお父様だって、オスニエル先生のことを――。


 あ。


 そうだ、グラナートお父様!!

 リージョはどこだ!


 傷心だから聞こえるかどうかわからないけど、何かあったら呼べって言ってた。

 しかし、助けてといっても、こちらの世界に来れないお父様を呼んでどうにかなるのだろうか、という疑問は頭をかすめる。


 けど、呼ぶしかない。


 リージョはどこ!


 あ、まだハルシャのカゴに乗っかってペシペシやってる!



 私は息を吸い込むと、リージョに向かって、大声で叫んだ。


「グラナートお父様!! 助けて!!」


 ちなみに、脳内でも叫んだ。




 ……。

 しーん。


 何も起こらなかった!?


 うわーん、お父様のばかああああ!

 聞いてないなああああ!!


「グラナートお父様……? たしか、リシュパン子爵のお名前はアーサーだったはずですが……? ……ああ、ひょっとしてあなたの妖精の父親のことですか? これはこれは興味深い。あなたがいつか目覚めた時に色々聞かせて下さい。楽しみですねー」


 ああ、もう。無駄に察しがいいな!

 学校の教授になるだけはある!


「誰が喋るもんです……か……」


 髪をつたって、霜がパサリと落ちた。


 寒い。


 寒さから震えが始まった。


「大丈夫ですよ、マルリース。死にませんから。安心して凍りなさい」


 リオネルの顔が浮かんだ。

 このまま会えなくなるの?


 いやだ。

 絶対にそんなの嫌だ。


 目から溢れた涙が、頬を伝いながら凍っていくのを感じる。


 「ああ、凍っていく姿のなんと美しいことか。あなたは見た目だけは本当に最高ですね。お酒を用意すればよかったですねー。凍りゆく様をつまみにしたら最高だったでしょうに」


 ほんと、最低な言葉しかでてこないわね!!



「にゅ」


 その時、リージョの耳がピン、と立ち、鳥かごからこちらへ跳ねてきた。


「リージョ……」


「おや、リージョ。ちょうどいい。リージョあなたも一緒に凍りなさい。リージョはどれだけ調べてもわからなかったんですよねえ。いまだに何の妖精なのか……ひょっとしてご存知です? マルリース」


「誰がいいますか――あ……」


 一瞬、首がかく、となった。

 眠たい。


「眠くなってきましたか? いいですよ、そのまま眠っておしまいなさい。良い夢を、マルリース」


「……っ」


 私は目に力を入れて、オスニエルを睨んだ。

 ふんだ……。どうにもならないってなら、せめて観賞用にふさわしくない表情のまま凍ってやる。


 こんな子供じみた抵抗しかできないなんて、くやしい。


「……あなたって人はまったく……。萎えますねえ、そういうの……ん?」



 ビキ……!!


 という大きな音が、その時した。


 見ると、リージョの周りの空間に『ヒビ』が入っている。


 ……え?


 私はいっきに目が覚めた。


 え、だって。空間にヒビ……?

 空間に、まるで鏡が割れたかのようにヒビが……。


 ビキビキビキ!


 ――ヒビが入っては消える。


 こんな現象見たことがない。



  《――マルリース》



 リージョから声がした。グラナートお父様の声だ!


「お父様!? ……助けて! オスニエルが私を氷の標本にしようとしてる!!」


 私はもう一度力いっぱい叫んだ。


 ピキピキピキ……! とさらに、リージョを中心に空間に亀裂が入っていく。


「な、なんですか……これは」


 さすがのオスニエルも、度肝を抜かれた顔をして後ずさった、その次の瞬間――


 リージョから縦に大きな金色の光が走り、その光は屋敷を縦に貫いた!


「うああ!?」


 私は、瓦礫が落ちてくる! と思って反射的に身をかがめたが、なにも落ちてくることはなかった。


「え……。え……?」


 見上げると瓦礫は全て霧散していき、天井に空いた大きな穴からは青空が見えた――。




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