私の足元にできた霜が、じわじわ増えていく。
「つめたい!? やめてください! さっきも言いましたが、私にこんな事したら弟や両親が黙ってないですよ! いいですか? もう一度言いますよ! 私には人間の法律が適用されますから、あなたは捕まりますよ!!」
私は、慌てふためいて言った。
「でも、それは見つかったら……の話しでしょう? ねえ、マルリース。私、今日はあなたを捕まえようと思って結構準備してたんですよー。寝坊はしましたが」
「大事な計画を実行する日に寝坊する犯罪者とか聞いたことない……!」
ああ! 思わず突っ込んでしまった!
オスニエルはいつもそうだ。
こういう事を言って、いつもこちらの緊張感を奪ってくる……! ほんと最悪な人だ。
そしてまた時間ロスだ。
足元の霜が、全身に広がりつつ、今にも氷に成長しそうだ。
魔力による防御を試してはみたが、抜け目なく魔力も封じられていた。
多分、私を今繋いでる鎖に細工してるんだろう。
防御する術がない。
「あはは~。それとね、私が雇った人たちがですね。今頃、街で大騒ぎして噂を流す工作してくれてるんですよ。あなたみたいな容姿の人が、誘拐されるのを見たってね。あなたの見た目は特徴的ですからねえ。弟さん、来るとしても、まずそっちに引っかかるのではないですかね? ちょっとした時間稼ぎです」
「な……!?」
「そしてあなたはその間に氷漬けの標本になります。そうなったら
剣聖は、魔力とは別に、生物が発する「生気」というものを感じ取る。
ダンジョンなんかでは魔物の気配察知などに使える。
例えば、リオネルがどの範囲まで感じ取れるかわからないけれど、近くにいたら隠れたって見つかる……けど、先生のやり方ならたしかに私を見つけられないだろう。
「もちろん死にません。コールドスリープって言ってね。あなたは凍ったまま生き続ける。そして私はこのあと永遠に生きる予定ですのでね……あなたの知り合いが全ていなくなった頃に、氷から出してあげますよ。ねえ? そしたら私以外に君は、頼る人はいない。……私にすがるしかなくなるんですよー」
そう言い、50歳男性が子どものようにアハハ、と笑った。
うわ……!!
やっぱり、常々感じてきたこの人は『なんか嫌』って感覚は合ってた。
もっと早くに縁切っとくべきだった!!
グラナートお父様だって、オスニエル先生のことを――。
あ。
そうだ、グラナートお父様!!
リージョはどこだ!
傷心だから聞こえるかどうかわからないけど、何かあったら呼べって言ってた。
しかし、助けてといっても、こちらの世界に来れないお父様を呼んでどうにかなるのだろうか、という疑問は頭をかすめる。
けど、呼ぶしかない。
リージョはどこ!
あ、まだハルシャのカゴに乗っかってペシペシやってる!
私は息を吸い込むと、リージョに向かって、大声で叫んだ。
「グラナートお父様!! 助けて!!」
ちなみに、脳内でも叫んだ。
……。
しーん。
何も起こらなかった!?
うわーん、お父様のばかああああ!
聞いてないなああああ!!
「グラナートお父様……? たしか、リシュパン子爵のお名前はアーサーだったはずですが……? ……ああ、ひょっとしてあなたの妖精の父親のことですか? これはこれは興味深い。あなたがいつか目覚めた時に色々聞かせて下さい。楽しみですねー」
ああ、もう。無駄に察しがいいな!
学校の教授になるだけはある!
「誰が喋るもんです……か……」
髪をつたって、霜がパサリと落ちた。
寒い。
寒さから震えが始まった。
「大丈夫ですよ、マルリース。死にませんから。安心して凍りなさい」
リオネルの顔が浮かんだ。
このまま会えなくなるの?
いやだ。
絶対にそんなの嫌だ。
目から溢れた涙が、頬を伝いながら凍っていくのを感じる。
「ああ、凍っていく姿のなんと美しいことか。あなたは見た目だけは本当に最高ですね。お酒を用意すればよかったですねー。凍りゆく様をつまみにしたら最高だったでしょうに」
ほんと、最低な言葉しかでてこないわね!!
「にゅ」
その時、リージョの耳がピン、と立ち、鳥かごからこちらへ跳ねてきた。
「リージョ……」
「おや、リージョ。ちょうどいい。リージョあなたも一緒に凍りなさい。リージョはどれだけ調べてもわからなかったんですよねえ。いまだに何の妖精なのか……ひょっとしてご存知です? マルリース」
「誰がいいますか――あ……」
一瞬、首がかく、となった。
眠たい。
「眠くなってきましたか? いいですよ、そのまま眠っておしまいなさい。良い夢を、マルリース」
「……っ」
私は目に力を入れて、オスニエルを睨んだ。
ふんだ……。どうにもならないってなら、せめて観賞用にふさわしくない表情のまま凍ってやる。
こんな子供じみた抵抗しかできないなんて、くやしい。
「……あなたって人はまったく……。萎えますねえ、そういうの……ん?」
ビキ……!!
という大きな音が、その時した。
見ると、リージョの周りの空間に『ヒビ』が入っている。
……え?
私はいっきに目が覚めた。
え、だって。空間にヒビ……?
空間に、まるで鏡が割れたかのようにヒビが……。
ビキビキビキ!
――ヒビが入っては消える。
こんな現象見たことがない。
《――マルリース》
リージョから声がした。グラナートお父様の声だ!
「お父様!? ……助けて! オスニエルが私を氷の標本にしようとしてる!!」
私はもう一度力いっぱい叫んだ。
ピキピキピキ……! とさらに、リージョを中心に空間に亀裂が入っていく。
「な、なんですか……これは」
さすがのオスニエルも、度肝を抜かれた顔をして後ずさった、その次の瞬間――
リージョから縦に大きな金色の光が走り、その光は屋敷を縦に貫いた!
「うああ!?」
私は、瓦礫が落ちてくる! と思って反射的に身をかがめたが、なにも落ちてくることはなかった。
「え……。え……?」
見上げると瓦礫は全て霧散していき、天井に空いた大きな穴からは青空が見えた――。