「わ、びっくりした!?」
いや、心底びっくりした。
ピクシー、見るのは初めてじゃないけど……まさか、こんなところで。
グラナートお父様が言ってた、複数の妖精との関わり……ってこの部屋のことかもしれない。
たくさんの妖精が氷漬けだ。
……研究用?
常軌を逸する部屋だが、彼は妖精学の研究者だから、おかしい話でもはない。
「……あんた、誰? あの男の仲間? というかあの男以外ここへ来たことはないけど」
声が小さい。弱ってる……?
私はカゴに近寄った。
ピクシーは、桃色の髪に、薄いピンクや白の花びらが重なり合ったペタルドレスを着ていてとてもかわいい。
たまに鼻をすすっている。
ひょっとしてリージョはこの子が泣いてるのを聞きつけたのかも。
「……あの男って、オスニエル先生のこと?」
「そうだよ……ってあんた、純粋な人間じゃないね?」
「あ、うん。私、半分妖精だよ」
「半妖精? まさか、人間との混血?」
「そうだよ。ほら」
私はサークレットを少し上げて、額石を見せてあげた。
「ふうん。……それにしても、アンタ。アイツを先生っていうことは生徒? ここに長居しちゃだめ。……すぐに逃げたほうがいいよ。あの男は頭おかしい。もう二度とここに来ちゃだめ……」
そう言うとピクシーはポロポロと涙を流した。
「そんな事言われても、この状況で、わかったー! とか言って出ていけないよ」
良く見ればピクシーの羽は片羽だ。
ハサミで切られたようなあとがある。
「なにこれ、酷い……あなた、羽どうしたの?」
「何度か逃げ出そうとしたの。そうしたら、あの男に切られたわ」
うわ……。
しかも片羽だけっていうのがまた……。
「なんて、酷い……。ひょっとして、廊下に落ちてた妖精の粉は逃げ出そうとしたあなたが落としたもの?」
「そうかも。でもこの中にもそんな子たちはいたんじゃないかな……ピクシーが多いし」
ふと、壁を見ると凍った額縁も並んでいた。
そのいくつもの額縁には……妖精の羽がまるで虫の標本のように……いやあああああああ!?
「うわ……あの先生、一体なんでこんな事を。まさかそういう性癖……」
「気持ち悪い事言わないで……。でも、やってることが凶悪なことは確かよ。ねえ、アタシのことは見捨てていいから、他の妖精たちに知らせて。この屋敷のやつがやばいってこと。被害者をこれ以上出したくない」
「お、オスニエル先生は、ここで何してるの!?」
「……アタシ達は、彼に強制的にツガイの儀式をさせられてるの。氷漬けになってる子達はツガイの儀式が終わった子たちで、そこの金髪のピクシーを除いてもう死んでる。金髪の子は、今の彼の妻で、まだ生きてるわ。そしてアタシは一応……ストック。まだ儀式をしていないから、この鳥かごに入れられてる。……壁に飾られてる羽は彼に従わなくて殺された子たちのものよ」
……思わず息を呑んだ。
――確かに。
彼はもう50歳に近いのに見た目がものすごく若い。
一昨日、練り菓子屋でも、吸血鬼なんじゃないですか? とからかったところだ。
これが……答えか……。
「いや、しかし氷漬けにする意味は……」
「半分趣味だそうよ。ここは墓場でオスニエルの個人博物館。生きている間に氷漬けにして眠らせるの。そして命がつきてもそのまま……アタシ達ピクシーは、は死んだら核と羽を残して霧散するんだけど、氷漬にする事で、それを防いでる。そんなアタシ達を眺めながらここでくつろぐのよ、アイツは」
最低だ……。そして気持ち悪い。
なんて悪趣味なのよ。
「つまり、彼が若いままなのって、若く見えるっていうだけじゃなくて……」
「そうよ。妖精にツガイの儀式を行わせて、期間限定の不老不死をアタシ達の生命から吸い取ってるのよ」
うわああ!! 頭おかしい! そして最低!!
……あれ、でも待てよ?
「ツガイにされる側って何回でもOKなんだ!?」
「アタシ達は生涯1人だけだけど、相手側は、ツガイの儀式に制限はないみたいね。アタシもこうやって捕まって初めて知ったけど。というか早く逃げなさいよ、アンタ」
え、でも。何人もって……ピクシーも寿命は結構長かったはず。
なんでそんなにいくつもの命をすり減らしてるの!?
「いや、置いてけないよ!」
私はかごを手に取った。
「にゅ、きゅー!」
どこへ行ったかと思っていたリージョがいつのまにか戻ってきて、小さな手でペシペシ叩いてる。
ほら、リージョも助かるべきだと言っている。
「やめて、友達を置いてアタシだけ助かるなんて。それにこんな羽じゃもう、アタシは助かっても……」
……あ。
この子、絶望してる……。
ピクシーって明るく陽気な種族だったはず。
それをこんな風にするなんて……オスニエル先生は、なんてことを……。
だが、これは人間の法律に触れるかというと……触れない。
魔法学の権威が集まる魔法塔というところがあるけど。
そこでも、生きた妖精や魔物を捕まえて実験する、なんてことは昔から当たり前にあることだ。
他人からの心象はともかくとして……。
おそらく種族が根絶するような乱獲でない限り、見つかっても罪にはならない。
でなければ、洞窟で魔物を狩りまくったり、妖精を捕まえて売ってる冒険者だって、今頃みんな牢屋の中だ。
つまり。
オスニエル先生が研究のために妖精を捕らえていた、とでも言えば、人間社会ではなんの問題にもならない。
それにしても、先生はどうしてこんなツガイのこと詳しいの?
もともと、妖精のツガイなの?
じゃなきゃ、これをするほどの知識はないと思うんだけど……。
そうじゃなきゃ、まず伝えないし、そうでなくてもツガイの儀式は喋れなくなる制限がかかるはず。
私なんて知ったばかりだし、父から教えてもらわない限り知らなかったはずだ。
――先生と私のツガイに関する知識はほぼイコールだったはずだ。
だって、詳しい知識書が存在しないのだから。
「なぜ、あなた達は……オスニエル先生にツガイの儀式をしてるの? 脅されてるんだろうけど……何を脅されてるの?」
「……」
――しかし。
ピクシーは、私の後方――つまり出入り口の方を見て、固まっている。
あ……。嫌な予感。振り返るの怖い。
――そして、ドアの方から声がした。
「それはね~マルリース君。仲の良い妖精をセットで捕まえれば良いんですよー。仲良しをセットで捕まえて、ツガイの儀式をしなければ片方を殺しますよーってね?」
頭はボサボサ、寝ぼけ声のオスニエル先生が、ドアの入口に立っていた。
開口一番、言う事が下衆(げす)い!!