翌朝。
さーて、今日はオスニエル先生の家を尋ねる日だ。
予定通りに出かける支度をしていると、ほぼ身一つ、と言って良いリオネルがやって来た。
「姉上、おはよう! 言ってあった通り引っ越してきたよー!」
「荷物少ない!? あなた、貴族令息ですよね!?」
荷車でも押して来るかと思っていたのに、まるで数日キャンプに行く程度の荷物だ。
「教科書やその他教材は学校のロッカーだし、服は基本制服だし……。私服は1週間分くらいあるから十分っていうか」
「……あまり物を溜め込まない主義なのね」
「うん。姉上の家がごちゃごちゃしてるよねー」
「これでも整理整頓はしてるつもりだよ!?」
「わかってるよ。実家も姉上の部屋って物がいっぱいあったけど、なんだかんだ散らかってはなかったもんね」
「侍女様たちのおかげです……っていけない、こんな時間だ」
「ああ、オスニエル先生のところへ行くんだっけ」
「うん」
「じゃあ行ってらっしゃい。戸締まりはちゃんとしておくから」
「助かるー! じゃあ行ってくるね! お昼には帰ると思うから」
「うん、待ってるね」
わ、わあー。
リオネルに見送られてお出かけだよ!
幸せすぎる。
で、帰ってきたらリオネルにお帰りって言ってもらえるの? 最高すぎない?
もう、ほんと告らなくていいんじゃない? 妖精の私よ。
十分、十分だよ……。
そんな事を自分に問いかけながら歩くこと1時間弱。
「そういえば、先生の家に行くのって初めてだなあ」
教えてもらった先生の家の地図を改めて確認する。
高級住宅街ですね! 良いところに住んでるなぁ。
秋にイチョウ通りが美しい黄色に染まるので、風情があり、閑静でオシャレな住宅街の……はずれだ。
しかし、着いてみると。
「あれ……てっきり使用人とかいると思ったのに、誰も……いない? 庭の手入れもされてないような」
……オシャレな住宅街に現れたお化け屋敷じゃないのよ、これー!
なんてもったいない。
学院の教師やってるし、身なりを見るに、お金がないなんてことはないと思うんだけど。
「こんにちはー!! オスニエル先生ー! 来ましたよ~! マルリースでーす!!」
重そうな扉の前に立った私は扉を叩く。
……しーん。
まさかの。ひょっとしての。留守かー!?
一昨日、予定の確認したばっかですよね!?
私は懐中時計を見た。
先程から何度かノックしたり呼び鈴したりしてるが、人の気配を感じない。
「あと5分待って出てこなかったら帰るかなあ……」
そんなふうにブツブツ言っていたところ、
「にゅ……」
私の外套のフードからニョキ、とリージョが耳を出したかと思ったら、キョロキョロする。
「ん、リージョ。どうかした?」
「きゅっ」
ぴょーん、と私の肩から飛び降りて、オスニエル屋敷周りの庭をピョンピョン跳ねていく。
「あ、ちょっと!!! リージョ!!」
私はリージョを追いかけた。
屋敷突き当り角を曲がると、遠くの窓の前でリージョが止まっていた。
「ちょっと、リージョ。人のおうちで勝手に――」
「にゅー」
私の話など聞かず、リージョは窓の中に飛び込んだ。
「え、窓開いてる! 不用心な。先生ごめんなさーい! 入りますよ~。どのみち入る予定でしたからいいですよねー!」
呼んでも先生は出てきてくれないし、リージョは回収しないといけないし、仕方ない。
私は、窓から屋敷内へ侵入……じゃなくて、お邪魔した。
屋敷内はひんやりして薄暗く、そして埃っぽい。
「これ、本当に人が住んでる!? あ、リージョ」
リージョが今度は、廊下の奥へ跳ねて行くのが見えた。
「一体どこ行くつもりよー」
リージョは、地下へ降りる階段を見つけると、そこを跳ね降りていく。
「わわ、ちょっと! 地下とかやめてよぉー!!」
こんなお化け屋敷みたいな屋敷で、地下とか降りたくないよ!
しかし、リージョは戻ってこない。
「ああ、もう……。リオネルについてきてもらえば良かったかな……」
ソロリソロリと階段を降りる。
さらに温度がひんやりする。怖いよぉー!!
「……ん?」
しかし、階段を降りきると、不自然な何かを感じた。
なんだろう、この変な感じ……。
胸がざわざわする。
地下に降りると、廊下といくつかの部屋。
突き当りをリージョが曲がって跳ねていくのが見えた。
「え……これって。妖精の粉……?」
廊下にキラキラしたものが、まばらに、少しだけ落ちていた。
妖精の粉は、ピクシーなどの飛行する妖精が落とす粉だ。
冒険者ギルドやマジックアイテム屋で売っている。
私も錬金術の材料で購入することがある。
つまり、手に入らないものではない。
……なにかの研究に使ってるのかな?
それにしても廊下に落とすかな。
リージョが、一番奥の扉の前でピョンピョンして、私を待っている。
開けて、と言っているように見える。
「えええ、開けるの? 帰ろうよー」
リージョはプルプルと耳を左右に振る。
否定してる! 帰るつもりがなさそうだ!
――鍵は掛かっていなかった。
カチャリ、とドアを開けると、中はうす暗くて、光魔法を灯したランタンがいくつかぶら下がっていた。
「う……」
その薄明かりの中、私は部屋の中を全て見てしまった。
部屋の中はかなりひんやりしている、と思ったら、水魔法による氷がいくつもあったからだ。
美術館の展示品のように、その氷達は飾られている。
大きさは様々だが、だいたい50センチ四方が平均のようだ。
――その氷中には、主にピクシーが目を見開いたまま、固まって入っている。
こ、こわっ!?
よ、妖精のコレクション!?
「これは……水魔法による――標本?」
……よく見ると、違う妖精もいる。
これは……ケット・シー? そして……あれ? あっちには人間の少女に見えるけれど耳が少し尖ってる娘がいる。あれは何の妖精だろう。
「……」
こんなものって、手に入るものなの……? と思ったけれど、先生は確か水魔法が使えたはず。
「――大体それであってる。そのうち1人はまだ生きてるけど」
小さな声がした。
声のした方を見ると、鳥かごがあった。
しかし、その中にいるのは、鳥ではなく、ピンクの髪をしたピクシーの少女だった。