目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
40 リージョについていくと、そこは……

 翌朝。

 さーて、今日はオスニエル先生の家を尋ねる日だ。


 予定通りに出かける支度をしていると、ほぼ身一つ、と言って良いリオネルがやって来た。


「姉上、おはよう! 言ってあった通り引っ越してきたよー!」

「荷物少ない!? あなた、貴族令息ですよね!?」


 荷車でも押して来るかと思っていたのに、まるで数日キャンプに行く程度の荷物だ。


「教科書やその他教材は学校のロッカーだし、服は基本制服だし……。私服は1週間分くらいあるから十分っていうか」


「……あまり物を溜め込まない主義なのね」


「うん。姉上の家がごちゃごちゃしてるよねー」


「これでも整理整頓はしてるつもりだよ!?」


「わかってるよ。実家も姉上の部屋って物がいっぱいあったけど、なんだかんだ散らかってはなかったもんね」


「侍女様たちのおかげです……っていけない、こんな時間だ」


「ああ、オスニエル先生のところへ行くんだっけ」


「うん」


「じゃあ行ってらっしゃい。戸締まりはちゃんとしておくから」


「助かるー! じゃあ行ってくるね! お昼には帰ると思うから」


「うん、待ってるね」


 わ、わあー。

 リオネルに見送られてお出かけだよ!

 幸せすぎる。


 で、帰ってきたらリオネルにお帰りって言ってもらえるの? 最高すぎない?


 もう、ほんと告らなくていいんじゃない? 妖精の私よ。

 十分、十分だよ……。


 そんな事を自分に問いかけながら歩くこと1時間弱。


「そういえば、先生の家に行くのって初めてだなあ」


 教えてもらった先生の家の地図を改めて確認する。

 高級住宅街ですね! 良いところに住んでるなぁ。


 秋にイチョウ通りが美しい黄色に染まるので、風情があり、閑静でオシャレな住宅街の……はずれだ。


 しかし、着いてみると。


「あれ……てっきり使用人とかいると思ったのに、誰も……いない? 庭の手入れもされてないような」


 ……オシャレな住宅街に現れたお化け屋敷じゃないのよ、これー!

 なんてもったいない。


 学院の教師やってるし、身なりを見るに、お金がないなんてことはないと思うんだけど。


「こんにちはー!! オスニエル先生ー! 来ましたよ~! マルリースでーす!!」


 重そうな扉の前に立った私は扉を叩く。


 ……しーん。


 まさかの。ひょっとしての。留守かー!?

 一昨日、予定の確認したばっかですよね!?


 私は懐中時計を見た。

 先程から何度かノックしたり呼び鈴したりしてるが、人の気配を感じない。


「あと5分待って出てこなかったら帰るかなあ……」


 そんなふうにブツブツ言っていたところ、


「にゅ……」


 私の外套のフードからニョキ、とリージョが耳を出したかと思ったら、キョロキョロする。


「ん、リージョ。どうかした?」


「きゅっ」


 ぴょーん、と私の肩から飛び降りて、オスニエル屋敷周りの庭をピョンピョン跳ねていく。


「あ、ちょっと!!! リージョ!!」


 私はリージョを追いかけた。

 屋敷突き当り角を曲がると、遠くの窓の前でリージョが止まっていた。


「ちょっと、リージョ。人のおうちで勝手に――」

「にゅー」


 私の話など聞かず、リージョは窓の中に飛び込んだ。


「え、窓開いてる! 不用心な。先生ごめんなさーい! 入りますよ~。どのみち入る予定でしたからいいですよねー!」


 呼んでも先生は出てきてくれないし、リージョは回収しないといけないし、仕方ない。


 私は、窓から屋敷内へ侵入……じゃなくて、お邪魔した。


 屋敷内はひんやりして薄暗く、そして埃っぽい。


「これ、本当に人が住んでる!? あ、リージョ」


 リージョが今度は、廊下の奥へ跳ねて行くのが見えた。 


「一体どこ行くつもりよー」


 リージョは、地下へ降りる階段を見つけると、そこを跳ね降りていく。


「わわ、ちょっと! 地下とかやめてよぉー!!」


 こんなお化け屋敷みたいな屋敷で、地下とか降りたくないよ!


 しかし、リージョは戻ってこない。


「ああ、もう……。リオネルについてきてもらえば良かったかな……」


 ソロリソロリと階段を降りる。

 さらに温度がひんやりする。怖いよぉー!!


「……ん?」


 しかし、階段を降りきると、不自然な何かを感じた。

 なんだろう、この変な感じ……。


 胸がざわざわする。


 地下に降りると、廊下といくつかの部屋。

 突き当りをリージョが曲がって跳ねていくのが見えた。


「え……これって。妖精の粉……?」


 廊下にキラキラしたものが、まばらに、少しだけ落ちていた。


 妖精の粉は、ピクシーなどの飛行する妖精が落とす粉だ。

 冒険者ギルドやマジックアイテム屋で売っている。

 私も錬金術の材料で購入することがある。


 つまり、手に入らないものではない。


 ……なにかの研究に使ってるのかな?

 それにしても廊下に落とすかな。


 リージョが、一番奥の扉の前でピョンピョンして、私を待っている。


 開けて、と言っているように見える。


「えええ、開けるの? 帰ろうよー」


 リージョはプルプルと耳を左右に振る。

 否定してる! 帰るつもりがなさそうだ!



 ――鍵は掛かっていなかった。

 カチャリ、とドアを開けると、中はうす暗くて、光魔法を灯したランタンがいくつかぶら下がっていた。


「う……」


 その薄明かりの中、私は部屋の中を全て見てしまった。


 部屋の中はかなりひんやりしている、と思ったら、水魔法による氷がいくつもあったからだ。


 美術館の展示品のように、その氷達は飾られている。

 大きさは様々だが、だいたい50センチ四方が平均のようだ。


 ――その氷中には、主にピクシーが目を見開いたまま、固まって入っている。


 こ、こわっ!?

 よ、妖精のコレクション!?


「これは……水魔法による――標本?」


 ……よく見ると、違う妖精もいる。

 これは……ケット・シー? そして……あれ? あっちには人間の少女に見えるけれど耳が少し尖ってる娘がいる。あれは何の妖精だろう。


「……」


 こんなものって、手に入るものなの……? と思ったけれど、先生は確か水魔法が使えたはず。


「――大体それであってる。そのうち1人はまだ生きてるけど」


 小さな声がした。

 声のした方を見ると、鳥かごがあった。


 しかし、その中にいるのは、鳥ではなく、ピンクの髪をしたピクシーの少女だった。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?