「あ、お父様!? どうしたの!?」
光の消えたリージョをゆさゆさと揺らした。
「きゅ、きゅううう!!」
「あ、リージョ……ご、ごめん」
お父様、まさかの思い出し傷心!?
い、いや。わかる。
例えば、私がお父様の立場でリオネルにツガイの儀式を断られ、さらに死なれたとかなったら……うわあ! きつい!
「しまった……。聞いちゃいけないこと聞く流れにしちゃったかな……どうしよう。大丈夫かな……」
妖精界と人間界は時間の流れが違うという。
この間はほとんど時間が経ってなかったとお父様は言った。しかし、私からしたら数日経っていた。
次に話しできるの、いつだろう……。
私は溜息をついて、自室のデスクに座った。
それにしても……。
「妖精竜か……」
私が妖精竜になるかどうかは、わからないけれど……もしなってしまったら、愛していてもきっとそこでお別れだろう。
リオネルがそれで良いと言っても、私は人間の両親からリオネルを奪って連れていくなんてできないし、竜の私を愛してなんてとても言えない。
額の石に触れる。
以前、グラナートお父様が、言っていた。
核である石を壊せば妖精でなくなるが、人間としては生きていけるかもしれない、と。
本当にそうなるなら、壊しても良いと思う。
だが、確定事項ではなく、それは推測だから……そんな危険は犯せない。
それに壊したら……このリオネルに対する気持ちが失われるかもしれない、と思うと、拒否感がすごい。
……いやだ、この気持ちを失いたくない。
そんな事を思ってしまう。
やはり冷静でいられない。でもこれは、妖精の私の感情で人間の私がリオネルを、どう思ってるかわからないからだ。
妖精になり、ツガイへの感情に呑まれてはいるが、今までの自分の考え方を振り返ると、
――人間としての思考するなら、石を割りたい……と考えると思う。
「……この気持ち……、何かに書きとめておかなきゃ」
自室のデスクに座り、レターセットを取り出す。
「ツガイのことは……他の人間に知られちゃいけないから、リオ宛に手紙を……書いておこう」
そう……リオ宛に。
もしこの先、私が妖精竜かその他の存在になってしまった場合は、額の宝石を割って欲しいと書いた。
『剣聖』の彼ならば。
たとえ私が凶悪で巨大な竜になろうとも、額の石くらい割ってくれるだろう。
「うう……」
手紙に涙が落ちる。
手紙を書いているだけなのに、すごく苦しい。
妖精の気持ちがそんな事を書くなと、邪魔してくる。
――でも、これは書いておかなくてはいけない。
*********************
――親愛なるリオネル様。
今、私はこの手紙を、姉としてではなく、あなたを愛する女性として書いています。
あなたが好きです。
――けれど、これは貴方が私のツガイだからなのかもしれません。
妖精や魔物にはツガイというものがある、というのは知っているよね。
私は最近、人間でありながら、妖精でもある、
以前は、妖精としての存在は小さく、ほぼ人間だったそうです。
そして妖精になったことにより、あなたが私のツガイだと気がついてしまったのです。
ツガイへの愛は気が狂うのではないかと思うほど、強烈です。
……だから。
そんな妖精としての感情が強すぎて、私は自分の本当の気持ちがわかりません。
人間の私が君を恋人として好きなのか、弟として好きなのか、自分でも分からないのです。
でも、人間としての私も君を大切に思っているし、何よりも人間として生きたいと思っている。
私の本当の父は、ツガイに愛を告白することで、妖精の枠を超えて、竜となりました。
私は同じようになるのではないか、と恐れています。
だから貴方に愛を告白することが出来ません。
でも、ツガイの気持ちは強烈で、いつか言ってしまうかもしれない。
その結果……もし私が人間でなくなるようなことがあれば。
その時は私の額の石を、割ってほしい。
前例がないため、どうなるか分からない。
けれど、例えそれで私が死んだとしても、それで本望です。
大変な事を頼んでしまってごめんなさい。
でも、私は賭けてみたいです。
人間として生き残ること。
そして、ただの人間になったとしても、貴方に恋していることに。
――愛を込めて、マルリース
*********************
指定した相手しか開封できず、そして読めない錬金術を施した手紙を使った。
リオネル以外が読もうとしたら、たとえ開封済みでも瞬く間に燃え落ちる。
愛すべき相手を普通に愛しただけなのに、どうしてこんな手紙を書かなきゃいけないの。
気づけば、リージョが傍で手紙を不思議そうに眺めている。
ちょうど傍にいて良かった。
この手紙はリージョに託そうと思っていたのだ。
「これでよし……リージョ」
「にゅ?」
「いつか私が、もし人間じゃなくなったら……この手紙、ここの引き出しに入れておくから、リオネルに渡してちょうだい」
「にゅ」
リージョは耳をフリフリした。
人間の言葉を理解してはいるようだから、多分大丈夫だろう。
ひと仕事終えた私は机に突っ伏した。
たかが手紙一通。
こんなに精神力を使ったのは初めてだ。
ツガイへの気持ちは強力で私はきっとそのうち、彼に愛を伝えてしまうかもしれない。
そして、リオネルも気持ちに答えてくれると思う。
その時にどうか、妖精竜になりませんように……。
どうか……この手紙が無駄になりますように。
どうしてカーバンクルの力は、自分のために祈れないんだろう。
それができれば、竜にならないで済む運命を呼び寄せられるかもしれないのに。