ツガイじゃない相手にもツガイの儀式はできると聞いて、私は唖然とした。
《できる。ツガイの儀式を行うことによって、その者は二度とツガイを得ることができなくなる。本来の相手への運命(リンク)が切れるのだ。だが、それがあるおかげで、悲しいすれ違いが起こらなくなるという利用法もある》
「悲しいすれ違い?」
……あ、なんだ、ちゃんと意義があるのか。
《そう、例えば……ツガイが現れる前に、恋人ができてしまった場合だ。まあ妖精の場合、それもめったにないが。その場合、その恋人にツガイの儀式を施すことによって、その後、ツガイが現れることはなくなる》
「なるほど……既に結婚してるのに、強烈なツガイ(あいて)が現れたらとんでもないことになりますもんね。良く出来てるなぁ……」
《ふふふ。でもそれは妖精王の承認がいる。我々にとってツガイの儀式は重要で厳(おごそ)か、決して汚してはならないものだ。妖精王の承認なしに、それを行えば、全ての他妖精から見放されるだろう》
「へえ……。あれ、でも普通の恋人にツガイの儀式を施した場合でも、強い力を手に入れたりできるの?」
《答えはノー、だ。強い力に覚醒するのはあくまで運命のツガイが相手だった場合のみだ》
「え、でも。強い生命を手に入れられないってことは……」
《うん、相手がひどい病を抱えていた場合などは、一方的に尽くすことになるだろうね。そして、本来の寿命より早くに生を終えるだろう》
「うわあ……普通に誰かを愛したのに、生命のデメリットを抱えるなんて」
《まあ、それもそのカップルによるさ。相手の寿命は伸びるだろうし、死ななくはなる。ツガイに出会うことを放棄するほど愛しているなら、本望というものだ。――そして、生命を与えられる側も1つだけ、術式を施される》
「え、それはなに?」
《ツガイの儀式の内容について、その秘密を漏らさない誓約印を心臓に刻み込まれる。これはツガイの儀式について話す前に施される。例えその後、ツガイの儀式を解除したとしても残る》
「それでも喋っちゃった場合は? ってツガイの儀式って解除できるの!?」
《可能だ。ツガイ側の意見が変わって希望があれば行う。それで誓約印が刻まれると、そのための行動が一切できない。文に残すこともできない。口頭ならば、いっとき喋れなくなる――どの種族も、ツガイの儀式に関してはとても重たい箝口令(かんこうれい)を敷いているからね》
「ああ、だからツガイに関する記述の本って内容が薄いのか。詳しいこと書いてないなぁって思ってたんだ」
《秘密が保たれているようで、結構なことだ。……だいたいこんなところかな。細かく言い出すと切りがないから……まあ必要になることがあったら聞いてくれ》
「大体わかった。大筋をまとめると、愛の告白をしあって、ツガイを成立させて……そしてツガイの儀式、なのね。あれ? お父様が妖精竜になったのってツガイ成立後ですよね? たしか容量が大きくなりすぎて不自然な大きさの人間になってしまうって……よく私が生まれ……」
あ、いけない。
下世話な質問だ。
私は言葉を引っ込めようとしたが、グラナートお父様は淡々と答えた。
《そのような魔法はないな。それは、愛の告白をする前に、すでに彼女の腹に君がいたからだな》
なんと!?
「まさかの、できちゃった婚!?」
私は思わず叫んだ。
《恥ずかしながら、告白前に酒を二人で呑んでいたら、雰囲気が良くなり……》
「それ以上言わなくて結構です!?」
親のそういうの聞きたくないわー!!
《そうか、わかった。しかし、ツガイ成立後彼女とは距離を感じたな……。彼女をより愛するためにもっと高位の存在になったというのに……》
あー……。うーん……。
前の私よりより強く素晴らしい存在になったから、彼女も喜んでくれる……しかし、みたいな感じかな……。でもそれは……。
「人間の感覚だとそれは違う……かも。うーん、ひょっとしたらお母様は多分、人間のままというか、出会った時のままの貴方と愛し合いたかったと、私は思うのですよ」
《な、なに? そうなのか?》
初めて焦った声を聞いた。
いや、だって。
愛を誓った相手が、しかも妊娠したあとに、竜になるなんて。
人によっては発狂しかねなくない?
愛した相手、しかも体を許した相手に告白されて、自分も愛を誓い、お腹の中には二人の愛の結晶。
だが、彼女を待っていたのは愛する相手の竜化、妖精界への引っ越し要請。
ちょっと人間の一般女性のキャパ超えてるよね……。
《今でも彼女にツガイの儀式を断られたことが理解できないのだ。ずっと一緒にいられるのに……。それに妖精界に来てもらえれば、人間体をとることもできたと何度も説明したのだが……》
やはり、種族間の思考の差を感じる。
誠実なのは伝わってくる、しかし温度差は確実にあったのだろう。
……私が、間に入ってあげられたら良かったのに。
「それはお母様にしかわからないことですから、別人の私には、なんとも言えませんが……」
《そうか。そうだよな……。答えはもういない彼女の中にしかないのに、ボクは……愚かな発言をした。すまない。だが、信じてくれマルリース。ボクは本当に彼女を愛していたし……自分でもまさか人間界にいられなくなるような存在に至るとは思わなかったんだ……》
「あ、いや! 余計なこと言いました! こっちこそすみません。お父様を落ち込ませてしまいました」
《いや、大丈夫だ。ジュリアの話しがこうやってできるのは、嬉しい》
純粋な人……いや、竜だなぁ。
とても優しい性格をしているように感じる。
……でも傷つけてしまった、どうしよう。……ええっと……そうだ。
「あ、そうだツガイの儀式をお母様がしなかったのは……お父様の生命を欠片でも奪いたくなかったんじゃないですかね。逆の立場なら、私もそうしてしまうかもって思いました。お母様はお父様の要求に添えないところはあったかもしれませんが……きっととても愛してたと思います!」
よし、想像だけど……良いこと伝えられたんじゃないかな!?
《……あ》
しかし。
……あれ? お父様の声が震えている……? な、泣いてる?、と思った途端――。
プツッ。
あ!! 通信が途絶えた!?