リオネルが帰ったあと、私は工房のソファでへたり込んだ。
わ、わわわ。
明後日からリオネルがこの家にいるの!?
……めちゃくちゃ嬉しいんだけど。
多分、ツガイじゃなかったとしても嬉しかった。
単純に一人暮らしは、すこし寂しかったし……。
王宮務めになってもここから通ってくれるって……。
こ、困った。慣れるまで仕事にしばらく集中できなくなるかも……。
……いや、慣れることできるのかな?
――《嬉しそうだね。マルリース》
その時、頭に声が響いた。
「あっ、グラナートお父様!! やっと話してくれた!!」
……う、嬉しそうに見えたのか。
《うん、とても嬉しそうだよ。しばらく連絡が取れてなかったようで、すまないね。妖精界のほうは時間が安定してなくて、ボクからするとこないだの交信から一日も経ってないんだけどね》
「え、そうなんだ!」
どうなってるんだろう。
ひょっとして妖精界に数年移住したとして、こっちへ戻ってきたら何十年とか経ってたりとかしないでしょうね……。
常識が違いすぎて、人間界とのギャップにちょっと怖さを感じてしまう。
《ところでマルリース。先程、リージョから嫌な感覚が伝わってきた。以前にも何度か感じたものだが前にも増してその感覚が強かった》
「あ、そうなんですね。それって、ひょっとしてオスニエル先生が原因かも。リージョはどうも彼のことが嫌いみたいだから」
《あ……なるほど。ボクもその人間はリージョを通じて知っている。昔からどうも、その人間は……嫌な感じしかしない》
「とはいえ、何か問題があったわけでもないんですよ? いつも通りの先生でした」
《彼からはいつも、複数の妖精との関わりを感じる》
「うーん、妖精学の先生だから、交流してる妖精たちがいるのかもね」
《それはわかるんだが……どうも、ね。妖精と契約して使役する人間もいるが、彼は違うだろう》
たしかに。
「そんなに感じるの?」
《うん。以前は実家で彼と会っていたようだが、今回からは彼の家にいくのだろう? 絶対にリージョは連れていきなさい》
「え、うん。お父様って結構心配性?」
《どうにも、きな臭いんだ》
「うーん。学院の先生っていう立場もあるし犯罪になるようなことしないと思うけどなぁ」
《何もなければ、それが一番だ。気にし過ぎだったとあとで笑い話にでもするといいんだ。ボクたちは気まぐれで陽気な妖精なのだから》
「……あはは。そうだね」
《面談が終わるまで、通信はすぐに繋げられるようにしておく。君からもボクを呼べるから。何かあったらちゃんとボクを呼ぶんだよ》
「助けてくれるの?」
《もちろんだ、君のためなら次元も越えてみせよう》
「言葉が壮大だ! 助けにくるの大変そうですよ!?」
《ごめん、ちょっと大げさに言った。ただ……ボクは大きすぎて、自分の規模を少なくとも圧縮しないとそちらへいけないから……。普通の妖精みたいに簡単にそっちへ行けないんだ》
……まあ、こっちの世界を壊すからと、大好きなツガイと離れて妖精界に戻ったんだものなぁ。
ちょっくら、いってくる! みたいな軽いノリでは来れないんだろう。
《えっとそれから、今日はツガイの成立とツガイの儀式について、伝えておくべきことだから話していこうかな》
あ。
そういえば以前、また話すって言ってたっけ。
ツガイの話かあ。……妖精竜のことを思い出して、気が重たい。
《まず……ツガイにはいろんなパターンがあるんだ。基本は同じだけど、今回は妖精として知っておくべきことと、マルリースに限った話をしていくよ?》
「うん、わかった」
お父様によると、ツガイには両思いタイプと、片思いタイプがあるらしい。
私やお父様は、片思いタイプだ。
相手が人間で、ツガイのルールを持たない生物だからだ。
《両思いだろうと片思いだろうとね。まずはツガイとして成立する必要があるんだよ》
「成立……この間も言ってましたよね」
《ああ、少し繰り返しになるけど――我々の愛を受け入れ、心から愛を返してくれた相手には、特別な印が体に現れる。それが『ツガイの成立』。そうなって初めて『ツガイの儀式』の内容を知るにふさわしい者となる。それが基本》
ちなみに、愛の告白は、どっちが先にしても良いそうだ。
私の場合、リオネルが先に告白してきた場合、私がそれに答える形だよ、と父は付け加えた。
ん……?
「愛を受け入れ、そして返すっていうのは、言葉ですよね? そ、その……か、体を重ねるとか……は」
《体を重ねることは関係ない。ツガイとは運命により魂で愛し合う相手。大切なのは心と言葉》
「つまり、両方が心で思いあっていたり、体を重ねても、言葉で告白し合わなければ、ツガイは成立しないのね」
そのあとお父様は、相手によっては生態的に身体を重ねられない相手もいるしね……とポツリと言った。
なるほど……そういうのもあるのね!!
「最初の告白、みたいなものですかね」
《そうだな。どちらかが告白し、その相手が受け入れる》
……ふうむ。恋愛のセオリーではあるのね。
《それで、ツガイの儀式の方だけど。その時がきたらリオネルに触れて……そうだね、誓いの言葉を述べ、リオネルの体のどこでも良いからキスをするんだよ。これは君がすべて行う》
そして、お父様は、その誓いの言葉を教えてくれた。
「……この言葉を述べるだけで、同じ時間を生きられるの?」
《そうだ。前にも言ったが、病気や怪我などは即座に治す。その代わり、ボクら側の生命が削られる》
「生命まで分け与えてしまうなんて、なんていうか、すごく愛が深いというか……」
ツガイのラブパワー(私達側)、すごいな。
《そうだよ。生命を捧げて愛する者を助けるんだよ。最期まで一緒にいられるようにね。余談だけど、相手が不治の病を抱えていようものなら、ずっと命を使い続ける。回避するには根本的な治療が必要だ》
「えええ。まさに死なばもろとも……!」
《何をそんなに驚いているんだい? ツガイならば、死ぬ刻(とき)まで同じでありたいと思うだろう》
「そそそ、そうですね」
そうか、ツガイの儀式をしたら本当に病める時も死ぬ時も一緒なのか。
ツガイルールを持つ種族っていうのは、少しゾッとするほどロマンチックで情熱的だなあ。
こんな儀式まで作り出してしまうなんて。
《実はあまり問題ない。ツガイが成立すれば、命を分け与えてもびくともしない生命力を手に入れる可能性が高いからね。不治の病を治す方法を見つける時間も十分にあるだろう》
「あ……そうなんだ」
《だから、相手が本物のツガイで、本当に愛してくれるならば何も問題ない。これは余談になるが、問題なのは、一族の許可なく、ツガイではない普通の恋人にツガイの儀式を施してしまった時だ》
えっ。
「ツガイじゃない相手に儀式することできるの!?」
ツガイってロマンチック過ぎるー、とか思ったのもつかの間……どういうことなの!?
ツガイじゃない相手にも使えちゃうの!?