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35 このままでいられたら

 足早に家へと急ぐと、店の前にリオネルが立っていた。

 私の姿を見ると、彼は優しく微笑んだ。


 道行く様々な年齢の御婦人が王子スマイルに釘付けになりながら歩いている……。

 そして私はツガイ効果で、ダメージ2倍以上だ(概算)!


 ぐ、ぐぬぬ。眩しい。助けて。


「やあ、姉上。出かけてたの?」


「う、うん。来てくれてたのに留守にしててごめんね。かなり待ってた?」


「ううん、大丈夫」


 鍵を開けて中に招き入れる。


「喉乾いたでしょう。なに飲む? 果実水? 紅茶?」

「アイスコーヒーがいいー。 姉上の作ってるやつ好きー」

「うん、いいよー」


 錬金術と魔石の組み合わせでちょっとした氷室を作れるので、作ったコーヒーを凍らせて置いてある。

 それにミルクをかければ、すぐに出せるのだ。


「お姉様は、さっきね。オスニエル先生とお茶してきてお腹が好いてないから、このクッキー全部、リオのね」


 卵白を使ってサクサクに焼き上げた、薄くて軽いクッキー。

 私が作るなかで、リオが1番好きなクッキーだ。


「あ、これ好きー。ありがとう……って、オスニエル先生? 久しぶりだね。そっか、定期報告続いてるんだね」


「うん、でも今日のはそれじゃなくて、偶然会ったというか、助けてもらったというか……。そうだ、聞いてよ~。今日ね、色々あったんだよー」


「ん? なにか大変だったの?」


 リオに、クレマンと遭遇したことを言った。


「なんだって!」


 ガタリと立ち上がるリオネル。そのまま屯所にすっ飛んでいきそうだ。

 私は、リオの腕の袖をひっぱって座るように促した。


「ストップストーップ。大丈夫だから座りなさい。オスニエル先生が処理してくれたから。私もあとでアーサーお父様に報告するし」


「いや、もうね。永眠させてあげたほうが親切かと思って」


 顔が真顔だ。冗談に聞こえない!

 でも、姉思いなのは嬉しい。


「うんうん。リオネルがそうやって怒ってくれると、お姉様は冷静になれるよ。ありがとう」


 私はリオネルの頭を撫でた。

 しかし、リオネルは、


「……子ども扱いしないでください」


 むくれた。感情が忙しいな。我がツガイよ。


「弟扱いだよ。 ……で、リオネルは今日は何の用事で来たの? 顔を見せに来てくれたのかな?」 


「むー……。そうだった。明後日、引っ越してくるから」


「えっ。……私の予定も聞かず決めた!?」


「学校で引っ越し手続きやら寮退室の諸々手続きしてバタバタしてたら、連絡するの忘れちゃった。ごめんね」


「うーん、まあいいけど……寮を出るのはまだ早くない? もっと学友と残りのアオハル・ライフをですね」


「友達とは別に寮にいなくても会えるし。それより僕はこの工房が何やらかすか心配なんです。いいですね。異論は認めません。大体もう荷造りおわったし書類も出したから、姉上が引き取ってくれないと僕、浮浪者です」


 ラフな格好ですら平民よりもワンランク上の衣類を着てキラキラ輝きを放っている、おまえみたいな浮浪者がいてたまるか!


「も、もう……しょうがないな。で、でも王宮務め始まるまでだからね!」


「ノー」


「はい?」


「王宮へも夜勤以外はここから通います(キリッ)」


「居座る気だ!? そんなにこの姉は非常識ですかね?!」


「非常識……ともいいますか。あなたは頭は良いはずなのに、どこか世間知らず……というかズレていて、おっちょこちょいで、たまに頭がポケーッとしてるという、危なっかしさフルコンボなので。妖精の血のせいかもしれませんけれども。それよりも1番の理由があってね」


「え、じゃあなに」


「……僕が、傍にいたいだけ……って気づいてよね」


「……っ!?」


 な、なんでそんな話しを……。

 リオネルって前から、こんなこと言ってたっけ??


 ……熱のこもった瞳でこっち見るのやめてくれません!?


「姉上……? なんでそんな顔赤いの? 照れてるの? 『弟』だよ? なんか勘違してる?」


 あ……あわ……!! 顔近づけるな!!

 ひょっとしてさっき、『弟扱いだよ』と言ったのが気に食わなかったの!?


「勘違いしてもいいよ……」


 さらに、片手で頬に触れられる。


 な、なにしてんだ……。


「か、勘違い……?」


「なんて、冗談ですよ。や~だな~」


 リオネルは私の反応を見てニマニマしている。ご満悦に見える。


 わ、私は彼の期待する反応を、示しているのか……!?


 ……いや。落ち着くんだ私。


 間違いない……リオネルは、私を落とそうとしている、と思う。


 名前で呼ぶとか言い出したのも絶対そうだ。そう。絶対そうだ。


 も、もうね、わかったもんね!

 私、もとからそんな鈍感じゃないし! ないし!


 けど、それなら……。

 昔、婚約を断ってしまったことは気にしなくてもいいのかな……。


 う……。

 妖精竜のことさえなければ、気持ちを伝えたいのに。


 ……と、妖精である私の部分が強く主張してくる。

 ああもう。人間の時も普通に恋心があればよかったのに。


 ……それにしても、こんなジリジリ攻めてきよって。心臓に悪い。仕返ししよう。



「……じょ」


「冗談なんだ。残念……」


 少し真顔気味に微笑んでみる。

 お姉様の余裕を見せつけてやる……!


「……え」


 私がそんな反応するとは思わなかった、と意外そうな顔した。

 私が恋愛音痴だと思って舐めてただろう、リオネルよ。


「なーんて言うとでも思ったか。私はお姉様だ・だぞ」


 ちょっと最後どもったが言い返し、話題を変える。


「と、とにかくだわよ。明後日は悪いんだけど。オスニエル先生との面談の日だから、午前中は留守にするから」


「……あー。そうなんだ。しょうがないな、明後日はホテルにでも泊まるかなー」


「あのね、待ちなさいよ。……予備の鍵があるから一本渡しておくよ。帰ってきたときに、荷物整理が終わってなかったら、手伝うから。まったく、リオもお姉様の予定も聞いてから行動しなさいよね」


「……う、うん。ありがとう」


 リオネルが、少し安堵したような顔をした。


「どうしたの? なんか急にしおらしいけど」


「ううん……ありがとう。実は本気で断られたらどうしようかと思ってた」


「確かに、連絡なしで押しかけは、どうなの? とは思うけど。弟を浮浪者にするわけにはいかないもの。お姉様にまかせなさい」


 そして、私は少し緊張しながら、彼の額にキスをした。

 こんなこと、ちょっと前なら全然勇気が必要なかったのに。


 リオネルが、とても嬉しそうな笑顔を浮かべてくれたので、私もまた幸せな気持ちになった。


 これ以上の距離を求めたい気持ちもあるけど、このままでも、いい。


 ……いや、このままでいられたらいいのにね、と頭の片隅で思った。



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