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34 練り菓子店にて


「ふう……」


「あはは~。おつかれさまだよ。マルリース」


「オスニエル先生、助かりました。いつから見ていたんですか?」


「いつからだろう? 会話は聞いてもくだらなさそうだ、と思ったから聞いてなかったんだよねぇ。ただ、彼の態度はよろしくなかったのですぐに警備兵へ連絡しにいったよ」


「なんという無駄のない生き方」


「スマートと言ってくれたまえ? そういえば、明後日は君の面談だったね。社会人になってから初めてだねぇ。どうだい、調子のほうは」


「儲かっておりません!! でも頑張ってますよ! そうそう、面談だから、今日は先生の家に持っていく練り菓子を買いに着たんですよ」


「なんだと~。じゃあついて行こう」


「えっ」


「持ってきてくれる練り菓子、私が選んでも良いかい」


 おおう、本当に練り菓子好きね?

 うん、助けてもらったし、好きなものを選んでもらおう。

 彼にあげるものだし。


「いいですよ。ついでに持って帰って下さい」


「それいいね~。明後日、君が来るまでに食べてしまいそうだ」


「まあ、それは別にいいですよ。じゃあ一緒に買いに行きましょうか」


「別に良いって……君は練り菓子を食べたいと思わないのかい?」


「そうですね。私、どちらかというとプリン派なので」


「マルリース君。練り菓子を要らないとか、世の中言って良いことと悪いことがあるよ?」


「私が食べなきゃ独り占めできて嬉しいくせに、食べない選択をするとそれはそれで怒るのやめてくださいよ!?」


 ほんと、昔から思ってるけど、性格が独特~う。



 しかし。

 先生と一緒だったので、私が行こうと思っていた練り菓子屋さんより、高級な店になった……。


 助けてもらったししょうがないか……おサイフさむーい!


 練り菓子は基本、砂糖と海藻からできたゼリーが固める前に似た液体、カンテンを混ぜて作られる。


 それが長方形の形に切られてショーケースに並んでいる。

 ケーキかと見間違うほど美しい練り菓子たちが色とりどりにならんでいる。



「ちょっとお茶していこうよ~。マルリース君」


 ……好物を目の前にして我慢できなくなったか。

 財布がー。


「はあ。まあいいですけども……」


「ここは奢るから、そんな顔しないでくれよ~」


「ご相伴に預かります」


「あはは。ゲンキンだねえ……じゃあ、店員さん、これとこれとこれ~ください。セットはティーで」


「私はこちらのを、同じくティーで」


「あー。君が選んだ練り菓子も美味しそうだね」


「……あげませんよ」


「すみません、店員さん。これも追加で」


 人が持ってるものを見て欲しがるタイプだな!?


 まるで侍女長のような落ち着いた店員さんに席を案内される。

 ここは高級練り菓子店だけあって、個室だ。


「おや、景色がいい個室に通されたねえ。通りが一望いちぼうだ」

「本当ですね」


 紅茶は既に用意されており、席についていただく。

 おや、サービスで小皿にナッツがいれてある。


「リージョ、ナッツたべる?」

「にゅ、きゅー」


 リージョが私の外套フードから出てきて、机の上に飛び移る。


「おや、リージョ君も久しぶりだね~。ボクのもあげよう」


「にゅー……」


 しかし、リージョはオスニエル先生の皿には手をつけなかった。


「んん~。相変わらず私はリージョに嫌われているようだ」


「なんでですかね。加齢臭がするワケでもないのに」


「失礼ではないかね。マルリース君。私の肉体年齢は25歳くらいだ」


「これは失礼。先生でもたしかもうすぐ50歳でしょう? 見た目若すぎません? 実は吸血鬼かなんかなんじゃ」


「重ね重ね失礼だね~、この子は。れっきとした人間だよ」


 そう、オスニエル先生は見た目がとても若いハンサム紳士である。


 ただ、独特の雰囲気があって……リージョはそれが苦手なのかな?

 リージョが、食物を受け取らない相手ってめったにいないんだけど。


 昔からリージョは、彼がくると隠れたりするし。

 本能的に嫌いなのかな?


 実を言うと、私もオスニエル先生のことは、ちょっと苦手だったりはする。

 なんでかはわからないんだけど。

 会わないでいいなら、会わないだろうな……と。


「まあ、明後日会うけども、少し聞こうか。他に話題もないし。どうだい? 最近は、何か変わったこととかはあったかい?」


 どうしよう。

 妖精になったとか、ツガイを見つけたとか先生に話したほうがいいんだろうか。


 勉強を教えてもらったりしてお世話になっている割には、あまり懇意にする気持ちになれないんだよね。


「んー……特には。そういえば疑問があります」

「ん~? なんだい?」


「妖精はツガイを得ると、強くなるんですか?」


「前に一度教えたよ~。妖精だけじゃなく、魔物もそうだよ。人間も恋人ができると心が満たされるだろう? 多分、それが埋まることが引き金となるんだろうねー」


 この人よく知ってるなぁ。

 むしろなんで知ってるんだろう。


 私だって妖精のことは今まで自力で結構調べたんだけど……。

 グラナートお父様から聞かなければ得られなかった情報だ。

 先生は、どこでそういう情報を得てくるんだろう。


「妖精の場合、竜になっちゃったりします?」


「ぶっ(紅茶吹いた) それは聞いたことないなぁ。どうしたんだい?」


「いえ、どこまで強い力を得るもんなのかなぁ、と」


「――何を隠しているのかな? マルリース君」


 私はギクリ、とした。

 ちょっとした雑談のつもりだったのに、見ると先生はこちらを見透かした瞳をしている。


「え、いや。何も隠しては」

「君の状態は、何かあれば包み隠さず話す約束だよ」


「い、いえ、本当に――」


 その時、失礼します、という声と共に、ガラリ、と引き戸があいた。

 練り菓子が届いた。


「わあ! きたきた!」


 態度がガラリと変わって、テンションアップする先生。


 ね、練り菓子さま……!! 助かった。


 その後は食べ終わるまで先程の会話ではなく、練り菓子の旨さを先生が延々と語り続けた。

 これはこれで疲れる。


「ふー。食べた。今日は夕飯、いらないなぁ~」


「ごちそうになりました。先生、おみやげは私が購入します、ウインドウで欲しい練り菓子があったらどれでも――」


 その時、先生の表情が冷めて、その切れすぎているくらい切れ長の目が、鋭くなった。


「マルリース君。先程の話、僕は忘れていないからね。明後日、僕の家に来た時にはちゃんと話してもらうからね」


「いや、本当になんでもないんですって……」


「そうかいー? 君の気が変わることを祈っているよ? じゃあ、コレもらってかえるね。君が来るまでになくなっていたらすまない!」


 うん、絶対食べ終わってるネ。


 オスニエル先生と別れて帰途につく。


 うーむ……。

 しくじったかな。


 グラナートお父様があれ以来、話しかけても返答が返ってこないから、つい……気になってたことを聞いてしまった。

 触りくらいなら平気かと思ったけど、見透かされたようだ。


 まあ……でも。今まで先生に危害を加えられたこともないし……。


 『なんだか嫌な感じがする』


 ……ってだけで何年も会っている妖精学の権威に何も話ししないのも……。


 ◆


 そんなことを考えながら歩き、家に近づく頃、心地よく心臓が跳ね、私は胸を押さえた。


 「あ……」


 う。わかる。リオネルが家にいる……と思う。


 ツガイってこんなこともわかるようになるの……?


 「……た、訪ねてきてくれたのかな?」


 私は急に気持ちが浮かれて、家へと向かう足が速くなった。


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