「妻を従えるのは夫の権利だからね。そして愛している夫が窮地なら身を呈してでも支えるのが妻だろう?」
クレマンさんは、少し顎をあげ、それはもう当然といった感じで喋りだす。
へー……。そうなんだ。知らなかったなぁ。
「君も僕のところへ戻ってきたら愛でてあげよう。そして僕のために働くんだ。振り返れば君は良き妻となる人だった。バレーヌが気に入らないというなら、第二夫人にはしないで妾にするから」
この人はどうでもいいけど、領民のことが心配だよ、私は……。
「あなたは領地の赤字対策を考えたりはしてるんでしょうね……?」
「もちろんだ。執務室で重要書類に印鑑を押している(※1押ごとに30分かかります)。対策としては今、お前を連れ戻そうとしている。いや、王都に来てよかった。ここで会えるなんて運命でしかない」
……。
ばっかじゃねぇ~の~。
……とは言いませんが、バカじゃないの?
バレーヌさんも、褒められた性格では有りませんでしたが、さすがに同情するな。
「しかしですね、貴方の最愛のバレーヌさんは、まだ子供を産んで半年も経ってないのでは? 娼館なんて入れて良い体じゃないんじゃ」
「オレへの愛でなんとななる」
愛って何でも出来る賢者の石かなんかなんですか? そんな訳ないですよね。
「赤ちゃんはまさか一緒に娼館へ……」
「跡取り息子だ。そんな所へ連れていくわけないだろ。父と母がみてくれてる。使用人がいなくなって困っている。彼らももう限界だ」
そんな所、とか言ってる場所へ、あなたは奥さんを放り込みましたよね!?
「なるほどー」
「これからは君が見てくれ。僕らの跡取りだ。両親はそろそろ限界なんだ。そうしたら今までのこと全部許してあげるから」
あ~。さて。
……ちょっと雑談に付き合ってあげたことだし、そろそろ離脱したいな。
実際、領地潰れちゃえー、くらいは恨んでたけど、赤ちゃんは可哀想だから赤ちゃんだけは、後継者として残って、あの領地は浄化されるといいな。こいつらは除いて、まともな領地になりますよーに。
そして、そろそろ握られてる腕が痛い。
「断る。というか接近禁止命令って何かわかってます? 守ってください。腕を放してください。ん? なんですか。顔歪めて」
「あ、いや。今お前のサークレットが太陽に反射して眩しかった」
……どうやら赤ちゃんのために願ってしまったか。
「腕が痛いです。放して下さい。いい加減にしないとまた裁判しますよ。この件もお父様に報告します。そうしないと今度は赤字どころじゃ済まないかもしれませんよ」
「お前が了解すれば全てうまくいくんだから、それはないだろう」
「了解しないっていってるじゃないですか……! 誰か………!!」
私は、周囲の人に助けを求めようとしたが、クレマンは――
「この……静かに……!」
うわ、手をふりあげた! 叩くつもりだ……!
私はギュッと目をつぶったが、平手打ちは振ってこなかった。
「……?」
恐る恐る目を開けると、クレマンの振り上げた手をとる、黒いスーツの男性がいた。
「おや~。穏やかじゃない会話が聞こえたと思ったら、マルリースじゃないかー。……とクレマン君、だったっけ?」
黒いスーツの男性はとぼけたような顔で首をかしげた。
「あ……! オスニエル先生!!」
オスニエル先生は、シルクハットに片眼鏡をした胡散臭い風体。
外套も黒なので黒尽くめである。
「誰だよ!」
「おや~。クレマン君。私のことを忘れちゃったのかい? 妖精学の先生だよ。マルリースの家庭教師もやってたんだけどねぇ……」
「ああ。お久しぶりです。学院の先生でしたね。今取り込み中なのでお引き取りください」
「別に取込み中じゃないわよ……。あなたがワガママ言って、接近禁止命令破ってるだけでしょ!」
「んふふ~。そうは行かないよ、クレマン君。マルリースが言ってるように、君は彼女に対して接近禁止命令が出ているだろう? 知っているよ。ねえ~? 警備兵さんたち?」
オスニエル先生がやんわり微笑み、すこし後ろを振り返ると、街の警備隊配属の騎士達が数人いた。
おお、手回しがいい。
「警備兵さーん、そういう事なので彼をちょっと連れてってもらえますかね~?」
「承りました」
先生がそういうと、警備隊の騎士たちは、クレマンを取り押さえて連れて行った。
「な、ちょ……!! マルリース!! 助けてくれ!!」
こら、暴れるな静かにしろ、とか警備兵さんに取り押さえられるクレマン。
「どうして、私があなたを助けるの?」
「だよねえ~」
オスニエル先生はニコニコしたまま、私はジト目で連れて行かれるクレマンを見送った。
グッバイ!! 永遠にな!!
――ちなみに。
このことは後日、お父様から手紙で教えてもらったのだが。
クレマンは、接近禁止命令を破ったこと、私を拉致しようとしたことで、今度こそ罪人となり、既に継いでいた爵位は剥奪されたそうだ。
彼は、私との婚約してた時も、詐欺罪など結構重たい罪があった。
けどそれは、我が家に支払う賠償金以外に、国に大金を払って罪を免れていたのだ。
炭鉱就職おめでとうございます。
なお、娼館で働いていたバレーヌは、パトロンを見つけて身請けしてもらい、借金を放り出してそのままパトロンの妾になったらしい。
そっかー、それでいいんじゃない。お元気で。
さて、残された借金はというと、バレーヌは娼館で働かされていただけなので、最終的にクレマンの両親に回っていった。
彼らはその借金と利子を背負うことになり、逃げ出そうとしたらしいが――
後日、国境付近の峠で彼らの遺体が発見された。おそらく盗賊に襲われたのだろう、とのことだ。
自業自得とはいえ、さすがに胸が痛みかけたが、領地内の農家にまだ幼い赤ちゃんを預け……もとい捨てていったそうだ……。うん、もう同情もしなくていいや。
赤ちゃんはそのまま農家の人が引き取ったようだ。幸せになるといいな!
赤ちゃんのことは、幸せになれるよう、お姉さん、いっぱい願っちゃうよ!
領地の経営は、国から派遣された役人がしばらく領主代行するらしい。
領民がどうなるかと思ったが、国が代行してくれたのなら良かった。
今度こそ、さようならだよ! クレマン一家!