それから数日。
私は、仕事のスケジュールを組み、そのとおりに制作をしていた。
店は開いていても固定客しか来ないし、暇だからある意味制作に没頭できる。
リオネルもしばらく来なかったので、気分は落ち着いた。
来てほしいけど、彼のことを考えたり傍にいたら、日常生活に支障が出そうなくらい彼に心を持っていかれる。
制御できるようにならないと。
グラナートお父様も話しかけてくることはなかった。
ひょっとしたらグラナートお父様の『ずっと』視てる、という言葉は、やはり人間の『ずっと』とはズレがあるのかもしれない。
まあいいや。
しばらく頭を空っぽにしてたい。
ノルベルトさんに渡す、寝具関連のテスト品も一式作ることが出来たし、人形用の『O’re』も用意できた。
また、おいもちゃん『ガウク』から作ったクリームもいくつかテスター品ができた。
これはマダム・グレンダのところに持っていって、こっちもテスター募集しなきゃ……あ。
「あ」
私はカレンダーを見て、そこに面会、という文字を見つけた。
「ああ~! 明後日、オスニエル先生との面談日だ!」
私の子供の頃の家庭教師、妖精学のオスニエル先生。
彼とは1年に1~2回会うことになっている。
私の家庭教師を終えたあとは、出張や個人的な旅が増えた留守がちな人だ。
いけないいけない。
口止めのための面会。
忘れちゃいけない。
「うーん。今日の作業はそろそろ〆(しめ)だし、先生のとこにもってく菓子折りでも買いに行くかな」
私は着替えて、城下町へ向かった。
先生の屋敷は、イチョウの丘近くの住宅街にある。
彼は伯爵家の次男だったらしく、その屋敷は独立時に両親から頂いたそうだ。
『留守が多くてねえ、常時使用人を置いていないせいか、屋敷は荒れている事が多いよ~』
イチョウ並木の美しい立地にあるのに、綺麗な屋敷ではなさそうだ。
「先生はたしか、練り菓子が好きだったよね」
そうポツリと言って、練り菓子専門店へと足を運ぼうとした時――。
「マルリース……!?」
「ん?」
名前を呼ばれて振り返るとそこには。
「……クレマン、さん」
薄汚れた服を着た私の元婚約者・クレマンが立っていた。
クレマンは、足早に私に近づくと、腕を掴んだ。
「探してたんだ! 頼む、オレとやり直してくれ……!!」
「え、いきなり、何をおっしゃるんですか。そんなの無理に決まってるじゃないですか……」
人が多い。
チラチラと通りすがりの人にこちらを見られる。
「爵位も領地も失いそうなんだ! 助けてくれよ……! あんなに仲良くしてやったじゃないか!」
そうなんだ……お父様の言った通りだったね。
私との婚約の内情が社交界に知れ渡り、他の貴族から見下され、付き合いを切られてたのも見た。
違約金やイメージダウン含めて結構なダメージは与えたので衰退はすると思ったけど、本当の意味で破滅へ向かうとは、私達との裁判の他にも下手をいくつも打ってるだろうな……。
「それに、私への接近禁止命令も出ていたはずですし、何よりあなたが裁判所で、私に二度と近づくもんか! とかご自分でおっしゃってましたが? ――離してください。叫びますよ」
「お、お前が帰ってきてくれたらきっと全部元通りなんだ! お前がいなくなってから領地は田畑は不作続きだし、工芸品も売れなくなった……。理由を考えたら、お前がいなくなってからだ! 婚約破棄前もお前の経営手腕のことは褒めていただろう?」
……それはあるかもしれない。
将来の嫁ぎ先を愛そうとして、額石を光らせる程度には祈ってたもん。
今、振り返ると、確かに私があの領地の婚約者になってから、上向きになってたはずだった。
私、お前ん家の経営、よく見学させてもらって、結婚前には携わらせてもらってたもんなー。
良く褒められてたなぁ。経営手腕が良いって。
自分のためには願っても意味ない力だから、今の錬金術の店の経営はボロボロだけど。
アンタ達の領地経営に関してはアンタ達の為にずっと祈ってたからね~。
なるほど~。
裁判でぶんどったお金、結構あったけど元々私の力で増えたお金だったんだよね~~。あやふやな力だからはっきりした証拠はないけど。
なんて、偶然マッチポンプ。
「それはお気の毒ですね。でも私はあなたに傷つけられたので同情する気持ちは欠片もありません。助けを求める相手をお間違えではないですか。だいたい幼馴染の奥様はどうされたんです? 彼女と手を取り合って生きるべきでしょう?」
「彼女ならちゃんと働いてくれてるさ、娼館で」
「はい!?」
「彼女は馬鹿だから僕に貢ぐためには娼館で高給取りになってもらうしかない。ついさっき娼館へ連れて行ったばかりだ!」
なんで王都に来たかと思ったら! まさか嫁を娼館へ放り込みに来たんですか!?
「え、それはあなたが行かせたんですか!? 愛してる妻を!?」
た、たまげた……。
そこまでクズだったとは。
……病める時も、貧しいときも、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすのは難しいとは思うが、表情に迷いがないぞ! この夫!