「姉上。そもそも、どうして……こんなアイテムばっかり作ろうとするの? キッカケはなんなの……?」
リオネルのグス、と鼻をすする音が聞こえた……。
弟が! 私のツガイが! 私のせいで! すすり泣いている!
うわあ、胸にくる!
「あの、思い立ったら吉日っていうか、思いついたら作りたくなったというか……。困っている人の一助になりたいというか……。その、娼館で取引先の人と話をしてて――」
カランカラン。
そこへまた1人増えた。
「ねえ、マルりーん。やっぱりこの間のあなたの様子が気になって来てみたのだけど――あら?」
推定195センチ、ブルーブラックの髪を結い上げたマダム・グレンダが頭をかがめながらドアをくぐって入ってきた。そのタッパでハイヒールブーツまで履いてるから、店内で1人違う人種のようだ。
「あ、いらっしゃい、グレンダさん」
「姉上、お客様?」
「うん。人形を販売してくれてる娼館のマダム・グレンダさんだよ」
「娼……館…?」
「んふ? あら、かわいい坊やたちね、ヨロシク」
ブチッ……。
先程から涙目だったリオネルの血管がブチ切れる音が聞こえた……気がした。え!?
「おまえかああああ!! 姉上をこんな風にしたのはあああ!!」
急にリオネルが切れてカウンターを乗り越え、グレンダさんの胸ぐらを掴んだ!
「り、リオネルー!?」
「ちょっと、ちょっといきなり何ー!? 私がなにしたっていうのー!?」
「リオネル! やめなさい!!」
「おいおいおいおい、お前ら落ち着け!」
狭い店内は混沌とし、10分後、落ち着いた。
だいたいノルベルトさんが収拾した。
「姉上が悪い……」
脱力したリオネルが、カウンターの椅子に座って突っ伏している。
ノルベルトさんに背中を擦られ、宥められている
すまない、すまない……。
「あはは。まあまあ。もとはと言えば私が余計な話をしたからいけなかったのよ。ごめんなさいねえ」
胸ぐらまで掴まれたのに、マダム・グレンダはにこやかだった。
「まあ、娼館の人間が娼館の愚痴話をするのも普通のことだしな……」
ノルベルトさんは、とりあえず淡々とリオネルの背中を擦っている。
……仲良しめ!
「どうか、あまりマルリースを責めないでやってちょうだい。王都の一番街に店を構えるような錬金術師たちは、自分のネームバリューを何より大切にしているから、こういった仕事には手をつけたがらないの。実は、私も以前にグッズのアイデアを思いついて、彼らに相談したことがあったわ。でも、『そんな仕事は断る』と言われ、門前払いされたのよ。他の人はどう思うかわからないけど……私はとても嬉しかったわ、マルリース」
そう言ってグレンダさんはウインクした。
「ぐ、グレンダさーん!!」
私は涙目でグレンダさんに抱きついた。
「あらあら、うふふ。マルリースは本当、可愛いわねえ」
グレンダさんが私の頭を撫でてくれた、が。その手をリオネルが優しく払った。
「姉上は嫁入り前ですので……気安くそんな風に触れないでもらえますか」
ん?
「あらあら、まあまあ。ごめんなさい?」
そんな事をされてもグレンダさんは穏やかで大人だった。
私はさすがにリオネルを叱ろうと、
「ちょっと、リオネル、失礼だよ?」
……と、リオネルを咎めた。
「え、姉上……」
リオネルが、また信じられないといった顔で私を見た。
見かねたようなノルベルトさんが口を開く。
「あー。気がついてなさそうだな、マルリース。そのマダムは男だぞ……」
「えっ……」
「あらまあ、気がついてなかったの? 可愛いわね。んふ」
「き、気づいてなかったです。……すみません、マダム。私、私……」
私は赤面して、マダムから離れた。
「本当に気づいてなかったの……? 普通気がつくでしょ!!」
お怒りだー! ごめんて!
「いや、ほんと。グレンダさんも、気が付かなくてごめんなさい」
「まあ、悪いというなら私よ。男だって言っておけばよかったのよ。でもマルりんが可愛いから、ついね。もうしないわ。約束するから許してちょうだい。そこの彼、リオネルと言ったかしら? マルりんの弟さんよね?」
「……そうです」
どうしよう、思いっきり不機嫌だ。
「今思い出したわ。巷で噂の剣聖様ね。」
「よくご存知ですね」
「だって、まるリン、私のとこへ来たら、ずっとあなたの話しばかりするんだもの」
「うあ」
あっ……! よ、余計なことを!
そうなのだ。妖精になる前も、私はブラコンだったのでグレンダさんに、よくリオネルの話をしてたのである。
だってグレンダさん、雑談をすごく聞いてくれるんだものー!
「え……。……へえ。そうなんだ」
いきなり顔の機嫌が良くなった!?
「そうそう、弟さん大好きなのよねえ、マルりんは」
「ちょっと、話を詳しく聞きたいですね。そこの喫茶店ですこしお茶でもどうですか? マダム」
「あらあら、若い男の子からのお誘いは断れないわねぇ」
カランカラーン……。
……二人で意気投合して出ていった。
えっ。
出ていく際に、グレンダさんがこっちにウインクして出ていった……。
……そうか、弟のメンタルメンテナンスで連れ出してくれたのだな……。ありがとうマダム……。
残された私とノルベルトさんは、その様子を唖然と見ていたが。
「お前の弟ちょろいな……」
「そ、そうかもしれませんね……。学院では殺伐としてるみたいなんですが……」
「まあ、ちょうどいい。オレも1つ言っておこう。芋の件はあのマダムとやるならいいだろう」
「お。ねえねえ、グレンダさん、いい人でしょ?」
「いい人かどうかは知らんが。取引相手として悪くないと思った。少なくとも話は通じる。ほら、芋」
「あ、ありがとうございます」
私は箱を受け取った。重たい。
「まあ、なんつーか。取引相手を見たらなんとなく安心した。おそらくリオネル卿も、帰ってきたらそう言うと思うぞ。職業に貴賤はないという言葉はあるが、その人間に合う仕事ってのはあるもんだからな。やっぱり、こういうアイテムをお前みたいな若い女性が作るとなると、周りは色々心配になる」
「心配?」
「……作り手が一人暮らしの若い女性で、顧客が娼館に来る程度には、そういう事が好きな男性達だ。中にはかなりヤバイ奴もいるだろう。娼館のトラブルは普通の商店のトラブルとは客層の色が違うからな。なにかしらの事情が発生して、お前のところに、その男性達が訪ねてくることもあるかもしれない、とか想像したら、オレでも心配するのに、弟の方は気が気じゃないだろう」
「ああ……うん」
私はゆっくり芋をカウンターに置いた。
「お前はおっちょこちょいだが子供じゃないし、商売するのも自由だ。だが、お前を大事に思ってる人間が心配するような事はあんますんなよ」
「うん、最もなご意見です……。肝に銘じます」
「今度から娼館関連や、やばい組織相手にもしも仕事することになった場合は、受ける前に弟とオレに相談しろ」
「え、あなた達セットで?」
「……お前の弟は、お前のことになると冷静さを失うみたいだからな。それにオレは元々相談相手だ。だいたい、この区画からあんまヤバい店も出したくない」
「そうですね。……はい、ノルベルトさん。よろしくお願いします!」
「おう。同じ商店街の店同士、持ちつ持たれつだ」
◆
ノルベルトさんが、帰ってしばらくして、リオネルも帰ってきた。
機嫌はすっかり治ったようだ。
「良い人だね。マダム・グレンダ。すこし安心したよ。仕入先は絶対に漏らさないって約束してくれたし」
あれだけ目くじら立ててたリオネルに良い人だと言わせた。
グレンダさん、すげえ。実際良い人なんだけども。
やっぱり、ノルベルトさんの言う通り、心配してたんだな。済まない、弟よ……。
「ありがとう、心配してくれて」
「あ……うん。滅多なことはないと思うけど。学院でも娼館へ遊びに行く令息達を見かけたし、だいたい不真面目な性格の奴らだったもんだから。ボクも偏見がちょっとあってね」
「そっか……人間だもの、穿った視点になることもあるよね。ところで、お昼はカフェで済ませてきた?」
「ううん。紅茶だけ」
「そっか。じゃあお昼作るね」
「うん、僕も手伝うよ」
しかし。
2人でランチを作って食べて、片付けをしていた時にリオネルが爆弾発言した。
「ところで。僕、近いうちに寮引き払ってここに住むからね。確認したけど使ってない部屋あったよね。家賃その他諸々は払うし、家事もする。いいよね?」
「……はい!?」
思わず洗っていた皿を落っことしそうになった。
「駄目なんて、言わないよね? 姉上」
「い、言わないけど……ナンデ?」
リオネルはニッコリ笑った。
「姉上は箱入り娘で世間知らずなことが、良ーーーくわかったからね……。百歩譲って半妖精だからと思っても他人とかなり感覚もズレてる。つまり……非常に危なっかしいから、に……決 ま っ て る よ ね……?」
「ひぃ!?」
とても綺麗な笑顔だが。綺麗すぎる。圧が強い。それ、笑顔に剣聖オーラのってない?
「え、えっと……」
リオネルが同じ屋根の下にいたら、私、仕事がはかどらないよ……!
断る理由を探したが、特に見つからずにうろたえているうちに、リオネルは、
「じゃ、そういうことで。ごちそうさま、また近いウチにくるね!」
と、帰っていった……。
え、えええ。
いや、別に住んでもいいけども!
でも、だって、え?
うそおおおお!!!! 心臓が死ぬ!!!