次の日の朝、私は寝坊してしまった。
「いけない、もうお店開ける時間……といってもお客が来るわけじゃないけど……」
着替えていると、いい匂いがしてきた。
慌てて1階へ降りると、リオネルが朝ご飯を作ってくれていた。
「ええ!? これリオが作ってくれたの!? ありがとう……」
「焼いたり湯がいたりしただけだよ。ダンジョンとか野営キャンプとかの授業でも一応調理当番とかあるしね」
「まさか、跡取り様にこのようなものを作っていただけるとは」
「ふふ。料理なんて、何一つ出来ないと思った?」
「そこまでは思ってないけど。家にいる時はなにもしてなかったし……なるほど授業かぁ。いやはや、なんでもできるねリオネルは」
「ありがとう。でも姉上がこの間作ってくれた朝食に比べたら、焼き加減がイマイチなんだよね」
イマイチ、とリオネルは言うが、私にはちょうどよい具合に焼けた目玉焼きが目に入る。
「……そうかなあ」
それを見ながら私は、姉上という言葉にシュン、とした。
マルリースと呼ばれたら呼ばれたで高揚してしまうし、姉上と呼ばれたら気分が沈む。
ツガイってこういうモノなんだろうか。
ツガイしんどい。
「姉上」
「は、はい? なにかな」
「本当に体調大丈夫? 様子がなんだかおかしいよ」
「そ、そう? そんなことは。全然。まったく。無いよ」
「……今日は学校休んだから傍にいるからね」
「ええ!? だめだよ! 今からでも急げば……」
「ううん、実はもう昨晩のうちにひとっ走りして欠席届出してきた」
「いつの間に!? 心配してくれてありがとう。でも授業はちゃんと出ないと……」
「大丈夫。必要な単位は取り終わってるし、出席日数も足りてる。実はもう寮引き払って学院行かなくてもいいんだよ。卒業式だけ出ればいいっていうか。だから、様子見させて」
「う、うん……」
そこまで話をしたところで、店のドアが開いた。カランカランとベルの音がする。
「おーい、マルリース。いるかー」
「あ、ノルベルトさんだ! いらっしゃーい!」
ほっ。
リオネルと二人きりだと心臓がなんかもたない。助かった。
私はパタパタと店の方へ早足で行った。
リオネルもその後について来る。
ノルベルトさんは、大きな箱をドン、と店のカウンターに置いた。
「リオネル卿もいらっしゃったのか。おはようございます」
「おはよう、ノルベルトさん。僕に敬語を使わないで下さい。水臭いです」
「そうですか? (そこまで仲良くなってただろうか……?)」
「え? なに? 仲良し?」
リオネルの顔がノルベルトさんが来た途端、ほんわかした笑顔になった。
これは、懐いているな。
いつの間にそんなに仲良くなった!?
「ほら、お前に頼まれた芋だ。安く仕入れられたぞ。この芋で合ってるのか?」
お! 頼んでたやつ!!
「わあーい! これこれ、これです。ありがとうございます!! やあ、冒険者ギルドで依頼だす前にノルベルトさんに相談してよかった!」
「ふーん、よくわからんが、気に入ったなら良かった。……ところで、この……えっとマグナームだっけ? この芋、初めて見たんだが美味いのか?」
「んー、美味いのかっていわれるとわかりません。私も食べたことないですし」
「素材か?」
「そうですそうです」
「何を作るんだ?」
「あ……」
私はそこで言いあぐねた。
私は真面目に製品を、と思っているが……。
ここにいる二人は……言うと反対されて面倒くさいかもしれない。
「……?」
黙りこくった私に、ノルベルトさんが訝しげな顔をしている。
言い訳を考える私の肩に、ぽん……と背後から手を置かれた。
「姉上。言ってごらん……? 何を、作るのかな……」
背後から低くなった弟の声が聞こえる!! 振り向くのが怖い!!
「もう一度聞こう、何を作るんだ?」
そして前方、既に目が剣呑になったノルベルトさんが私を見下ろしている……!
前門の虎、後門の狼……!!
「あはは、えっと。一度食べてみて美味しいようならなにかレシピでも考えようかなぁ~なんて」
私はとりあえず、そう言った。
「……何を作るんだ? ちょっと言ってみろ」
「ちょこっとだけ言ってごらん? 今なら怒らないから」
信じてない……!! ちょっとじゃ済ませないでしょ、それ!!
私から不穏な空気を察してしまったらしい二人に挟まれて問い詰められる……!
いや、だってこれ言ったら絶対反対される……。
「あ、いや、ちょっと趣味で栽培してみようかと……」
「さっき素材かと聞いたら頷いたよな? 何 を つ く る ん だ ?」
「姉上、ノルベルトさんに、ちゃんと報告しなさい」
リオネル!! あんたね、弟のくせに、保護者面するんじゃないよ!?
「の、のるべるとさんには 関係な……ほぎゅっ!」
ノルベルトさんに、鼻をつままれた!
「オレが流通元になるんだぞ……!」
目が、目がつり上がってますよー! ノルベルトさぁん!
「姉上、素直に話したほうがいいよ……さもないとこの芋、僕どうしちゃうかわからない……」
ひ、人質……いもじち!? やめてー!
「ふぁえげあてえjてj;」(はなしてー)
とりあえず、手は放された。
しかし、ノルベルトさんは疑いの表情のままだ。
おそらく背後のリオネルも。
怖いわよ、あなたたち!!
私は観念した。
「あー……えっと、その。悩める男性の、一助になるクリームを……」
「む。育毛剤か?」
「おしい! 正解は! 現在のサイズにお悩みの男性の男性部分を成長させるクリームでっす!」
私は思わず調子に乗って言った。
こういうとこ、妖精のノリなのかもしれない。
(※全ての妖精が陽気なわけではありません)
「「(青筋)」」
ノルベルトさんは、目を釣り上げて芋の箱を私から取り上げると頭の上に掲げた。
「……ああああ!! 芋、芋を、かえしてください!!」
私のおいもちゃん!
「なんちゅうもん作ろうとしてんだ!?」
何が悪い!? 人助けクリームだぞ!?
「いえ、実はそっちはおまけで! 今のサイズにお悩みの女性のふくらみの一助となるクリームを!! そう! むしろそっちが目的です!」
「……っ! もっと普通のアイテムをつくれ!!」
ノルベルトさんが少し頬を赤らめて叱咤した。
「今度作るじゃないですか! 枕とか! しかし、私は私の人形に真実の愛を見つけてしまった旦那様を持つ奥様を救わなくてはならないのよ!! 旦那ぁ!! 芋をおくれよう!!」
「訳わからないこと言うな! そしてババアみたいな喋り方するんじゃない! ついでに言うと、また忙しくなって倒れるつもりか!」
「ぐ……確かに! けど、そういうグッズは高価な値段でも売れますし、品質が良いものを作れば絶対需要はありますよ!! 貴族の方からの注文も有り得る!! しかもこれは娼館で売ってもらうつもりですから、ノルベルトさんの名前が表立つことはありません!」
「(ピクッ)」
よし、聞くほうに傾いた顔だ!!
よーしよーし、そのままこっちに芋をよこすんだ、べいべー。
「パス、パス(両手をしゃっしゃと動かす)」
「……理由は本当に、そのサイズに関する2つだけか? (芋箱を頭の上にのっけたまま、ジト目でスルー)」
「何故そう思うんです?」
「……オレの知るところだと、この芋はあまり売れてないというか、実は入手困難だった。味もまずいらしくて、売れないらしい。……王都の外れにある貧しいのに、やたら子沢山の民家から買った……」
あー。
やっぱり。入手困難だとは思っていた。結構がんばって探してくれたんだなぁ。
そして、そのノルベルトさんの言葉に芋の品質が確かだと確信し、私は目を輝かせた。
「さすがノルベルトさん、察しが早いですねー。あー……その芋、実は強壮効果がありまして……、常食していると、夜にかなり元気になっちゃいうかもしれません。味はまずいけど。だからそのおうちの方は子沢山……そしてこの芋をタブレットにして売れば、跡継ぎに悩む家庭の一助に……」
たしか、跡継ぎ問題もあったのよね、
ただ、2人が仲直りしないと、こっちは作っても意味ないかも知れない。
でも一応作れば、
「こんな事で察しが良いと褒められてもな!?」
「姉上……?」
……はっ。
背後からリオネルの悲しそうな声が聞こえた!? 後ろ振り向くの怖い!!
「り、リオ。お姉様はね。仕事に一生懸命でね? その、ね?」
私は後ろを振り向かず、弁明した。
しかし。
「……おい、おまえの弟、泣いてんぞ……」
ああああああ! ごめん!