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22 ランタンを灯す。

「よし、護衛の気配も消えた。諦めたっぽい。ご協力感謝です、姉上」


「夏だったら地獄だった……」


 しばらくして、やっと解放されるとどこか照れくさかった私は、少し迷惑そうに言った。

 けど、体がポカポカしているのは事実だった。あつい。


「姉上も悪い。僕の手を放そうとしたから~」


 小さい子供のような口調で言うな!? そしてちょっと、しつこいぞー。


「何度言うのそれ? ごめんってば」


「うん。そろそろ許す」


 気づけば不機嫌顔はなおって、ニコニコ顔だ。


 なにげに状況を楽しんでいるようにも見えるぞ、弟よ。

 まあ、なんにせよ機嫌が直ったなら良かった。


「まったくこのコはもう。学院でもあんな感じなの? 愛想、悪すぎじゃない?」


「愛想良くすると、ひどい時は令嬢人垣できるようになっちゃったから。そのまま戦争に行きたいくらい」


「令嬢人垣を盾にするつもり!? いつからそんな鬼畜な子になったの!?」


「『剣聖』になってからかな……。でも同年代や先輩たちはもう売れていったから、人垣もだいぶん減ったけどね」


「あー。大変なのね」


「うん。『剣聖』になって、王族と同じ位にはなったわけだけど。実家が子爵家だから、上級貴族からは舐められる事がちょこちょこ」


 ――そう。『剣聖』のような人間の極限を超えた存在は、王族と同位とされ、王族や他の上位貴族から命令されることもなくなる。されても拒否できる。

 けれど実情として、下に見られ上から目線で話をされるのがオチだったりする。


 まあ、弟には弟の世界がある。

 ちょっと気を使いすぎたかも。


 しかし、なんとその後。

 イチョウの丘の麓につくまでに、これと類似した事件が数回起こった……。

 何人ストーカーがいるのだ、弟よ……。大変だな。


「ごめんね、姉上。こんなに追っかけがいると思わなかった」


「祭りとなるとチャンスだもの。彼女たちも必死なのよね。ふふ、さすがの剣聖様も令嬢たちの情熱には敵わないようだね?」


「姉上、守ってー」


「よしよし、お姉様が今日はちゃんとエスコートしてあげるから安心しなさい」


「わーい、頼りになるー」


「……棒読みだけど、まあ許す」


 私達はそんな話を続けながら歩みを進め、麓に無事つき、丘を登った。


 すでに夕日は落ちたが、たくさん飾られたランタンで、丘は薄明るい。


「このイチョウの木にする?」

「うん」


 もうたくさんのランタンがぶら下がっており、空いている場所を探してやっと見つけた。

 2つのリージョランタンを、ならべてぶら下げる。


 ランタンの明かりは火ではなく、光の魔法が籠められた石だ。

 よって火事の心配はない。

 ランタンのほうも、軽くて枝が折れないよう配慮された作りだ。


「よし、完了」

「うん、このランタンにしてよかった。可愛い」

「きゅ」


 外套についたフードの中から、リージョが出てきて嬉しそうに私の肩ではねた。

 リージョも気に入ったようだ。


「「長生きできますように~」」


 長寿を祈る祭りなので、祈りごとは決まっている。


「頑張って高いとこまで登ってきたかいがあって、色とりどりのランタンが見下ろせて綺麗だわ」

「うん。子供の頃はここまで登れなかったよね」


「酒とつまみがほしいところ」

「元令嬢のセリフとは思えないな……あっという間に平民に染まっている……」


「いや、だって、あちこちからお酒の匂いするし……」

「皆呑んでるねえ……これぞ、お祭りって感じだ」


 ランタンを眺めながら丘を散策する。

 少し冷たい風が吹いた。この祭りが終わったら、冬がくるんだな、と思った。


 さて、あとは適当に景色を眺めたら、帰宅だな。

 トラブルもあったけど、楽しかった。


 そろそろ帰ろうか、とリオネルに声をかけようと思った時、彼が非常に真面目な顔をして私を見ていることに気がついた。


 どうかした? と尋ねようとした時、彼のほうが先に口を開いた。


「――マルリース」


 ふいに名前で呼ばれた。



「……え? どうしたの? どうして急に名前で呼ぶの」


 いきなり、名前で呼ばれるのはびっくりする。

 最近気にしていたことでもあったので、思わず聞いた。



 私の肩に置かれたリオネルの手が、少し震えている。


「これからは……貴女をマルリースと呼びたい」


「い、いきなり、どうして」


 リオネルが目をそらして、小さく咳払いをした。


「少し前からそう伝えたかったんだ……もう姉弟じゃないから、線引きをしたい」


「!?」


 な……なん、だと……。


「じ、実はまだ過去のこと怒ってる? それで縁を切るタイミングを見計ら」


 私はあわあわ、と涙目になった。


「あ、違う! 今、誤解したよね……? あのね、決して……身内だと思わない、とか、身分が違うからだとか、突き放した意味じゃないよ!」


「……そ、そう?」


 てっきりそうかと!

 きょうだいの縁を切りたいのかと思ったよ……!


「年齢も近いから……僕は、姉上と対等になりたくて」


「対等? 同い年になりたいってこと? でも確かに、私は生まれ月がはっきりしないけど、予想では半年くらいしか離れてないね」


「いや、そういうことでもなくて――」


「ちがうの? じゃあ、一体――」


「えっと……」


 リオネルが私の両肩に手を置いて、まっすぐ見つめてきた。


「マルリース、僕は……」


 言いあぐねている様子のリオネルの顔が、すこし紅潮しているのがわかる。

 手も先程から震えているのがわかる。


 それが伝わってきて、私の胸の奥が震えた。


「……?」


「僕は貴女のことを」


「――(あ、あれ……)」


 ランタンに照らされて、私の名前を呼ぶ、真剣な表情のリオネルに、目が釘付けになる。


 まるで魅了の魔法にでもかけられたかのようだ。

 心臓が大きく跳ね、私は片手で心臓のあたりを抑えた。


 それと同時に、急に額の石がかなり熱くなった。


 リオネルの傍にいると常々、居心地がとても良く、胸から湧き上がってくる何かがあるのは感じていた。

 それはいつも胸の中だけで渦巻いていたはずなのに、今は、それが外に出ようとして暴れている感じがする。


 胸の中もいつもより熱い。


 さらに額の石もっと熱くなってきて――ついには、目の前が真っ白にフラッシュした。

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