「よし、護衛の気配も消えた。諦めたっぽい。ご協力感謝です、姉上」
「夏だったら地獄だった……」
しばらくして、やっと解放されるとどこか照れくさかった私は、少し迷惑そうに言った。
けど、体がポカポカしているのは事実だった。あつい。
「姉上も悪い。僕の手を放そうとしたから~」
小さい子供のような口調で言うな!? そしてちょっと、しつこいぞー。
「何度言うのそれ? ごめんってば」
「うん。そろそろ許す」
気づけば不機嫌顔はなおって、ニコニコ顔だ。
なにげに状況を楽しんでいるようにも見えるぞ、弟よ。
まあ、なんにせよ機嫌が直ったなら良かった。
「まったくこのコはもう。学院でもあんな感じなの? 愛想、悪すぎじゃない?」
「愛想良くすると、ひどい時は令嬢人垣できるようになっちゃったから。そのまま戦争に行きたいくらい」
「令嬢人垣を盾にするつもり!? いつからそんな鬼畜な子になったの!?」
「『剣聖』になってからかな……。でも同年代や先輩たちはもう売れていったから、人垣もだいぶん減ったけどね」
「あー。大変なのね」
「うん。『剣聖』になって、王族と同じ位にはなったわけだけど。実家が子爵家だから、上級貴族からは舐められる事がちょこちょこ」
――そう。『剣聖』のような人間の極限を超えた存在は、王族と同位とされ、王族や他の上位貴族から命令されることもなくなる。されても拒否できる。
けれど実情として、下に見られ上から目線で話をされるのがオチだったりする。
まあ、弟には弟の世界がある。
ちょっと気を使いすぎたかも。
しかし、なんとその後。
イチョウの丘の麓につくまでに、これと類似した事件が数回起こった……。
何人ストーカーがいるのだ、弟よ……。大変だな。
「ごめんね、姉上。こんなに追っかけがいると思わなかった」
「祭りとなるとチャンスだもの。彼女たちも必死なのよね。ふふ、さすがの剣聖様も令嬢たちの情熱には敵わないようだね?」
「姉上、守ってー」
「よしよし、お姉様が今日はちゃんとエスコートしてあげるから安心しなさい」
「わーい、頼りになるー」
「……棒読みだけど、まあ許す」
私達はそんな話を続けながら歩みを進め、麓に無事つき、丘を登った。
すでに夕日は落ちたが、たくさん飾られたランタンで、丘は薄明るい。
「このイチョウの木にする?」
「うん」
もうたくさんのランタンがぶら下がっており、空いている場所を探してやっと見つけた。
2つのリージョランタンを、ならべてぶら下げる。
ランタンの明かりは火ではなく、光の魔法が籠められた石だ。
よって火事の心配はない。
ランタンのほうも、軽くて枝が折れないよう配慮された作りだ。
「よし、完了」
「うん、このランタンにしてよかった。可愛い」
「きゅ」
外套についたフードの中から、リージョが出てきて嬉しそうに私の肩ではねた。
リージョも気に入ったようだ。
「「長生きできますように~」」
長寿を祈る祭りなので、祈りごとは決まっている。
「頑張って高いとこまで登ってきたかいがあって、色とりどりのランタンが見下ろせて綺麗だわ」
「うん。子供の頃はここまで登れなかったよね」
「酒とつまみがほしいところ」
「元令嬢のセリフとは思えないな……あっという間に平民に染まっている……」
「いや、だって、あちこちからお酒の匂いするし……」
「皆呑んでるねえ……これぞ、お祭りって感じだ」
ランタンを眺めながら丘を散策する。
少し冷たい風が吹いた。この祭りが終わったら、冬がくるんだな、と思った。
さて、あとは適当に景色を眺めたら、帰宅だな。
トラブルもあったけど、楽しかった。
そろそろ帰ろうか、とリオネルに声をかけようと思った時、彼が非常に真面目な顔をして私を見ていることに気がついた。
どうかした? と尋ねようとした時、彼のほうが先に口を開いた。
「――マルリース」
ふいに名前で呼ばれた。
「……え? どうしたの? どうして急に名前で呼ぶの」
いきなり、名前で呼ばれるのはびっくりする。
最近気にしていたことでもあったので、思わず聞いた。
私の肩に置かれたリオネルの手が、少し震えている。
「これからは……貴女をマルリースと呼びたい」
「い、いきなり、どうして」
リオネルが目をそらして、小さく咳払いをした。
「少し前からそう伝えたかったんだ……もう姉弟じゃないから、線引きをしたい」
「!?」
な……なん、だと……。
「じ、実はまだ過去のこと怒ってる? それで縁を切るタイミングを見計ら」
私はあわあわ、と涙目になった。
「あ、違う! 今、誤解したよね……? あのね、決して……身内だと思わない、とか、身分が違うからだとか、突き放した意味じゃないよ!」
「……そ、そう?」
てっきりそうかと!
きょうだいの縁を切りたいのかと思ったよ……!
「年齢も近いから……僕は、姉上と対等になりたくて」
「対等? 同い年になりたいってこと? でも確かに、私は生まれ月がはっきりしないけど、予想では半年くらいしか離れてないね」
「いや、そういうことでもなくて――」
「ちがうの? じゃあ、一体――」
「えっと……」
リオネルが私の両肩に手を置いて、まっすぐ見つめてきた。
「マルリース、僕は……」
言いあぐねている様子のリオネルの顔が、すこし紅潮しているのがわかる。
手も先程から震えているのがわかる。
それが伝わってきて、私の胸の奥が震えた。
「……?」
「僕は貴女のことを」
「――(あ、あれ……)」
ランタンに照らされて、私の名前を呼ぶ、真剣な表情のリオネルに、目が釘付けになる。
まるで魅了の魔法にでもかけられたかのようだ。
心臓が大きく跳ね、私は片手で心臓のあたりを抑えた。
それと同時に、急に額の石がかなり熱くなった。
リオネルの傍にいると常々、居心地がとても良く、胸から湧き上がってくる何かがあるのは感じていた。
それはいつも胸の中だけで渦巻いていたはずなのに、今は、それが外に出ようとして暴れている感じがする。
胸の中もいつもより熱い。
さらに額の石もっと熱くなってきて――ついには、目の前が真っ白にフラッシュした。