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21 恋人のふり

 振り返ると、金髪碧眼の背の低い――なんとも可愛らしい令嬢が立っていた。

 ひと目で貴族だとわかる。

 上等で質の良いワンピース姿に豊かな髪を結い上げ、平民があふれるこの場所でひときわ格の違いが溢れている。

 すこし後方で平民に模してる護衛達も見える。


「ああ。こんばんは。パブロ伯爵令嬢」


 リオネルが、笑顔を浮かべて挨拶した。

 パブロ伯爵令嬢は、頬を染め憧れの瞳でリオネルを見上げている。


 この令嬢、リオネルにかなり入れ揚げてるように見える。

 いくつか年下かな。ちょっと幼い感じがする。


「そんな、他人行儀ですわ……アダリナって呼んでください……。あの、こんなところでお会いするなんて、運命を感じてしまいます。良ければ、一緒にランタンを灯しに行きませんか……?」


 お。デートのお誘いか。

 少なくとも学院関係の人からのお誘いならば、お姉様は気を利かしたほうが良いだろうか。

 男友達ならご一緒してもいいかもしれないが、令嬢の場合、二人きりになりたいだろう。


 令嬢が、リオネルと手を繋いでる私をチラリと見る。


 あ、いかん。

 誤解を生みそうだ。


 そう思い、リオネルの手を放そうとしたら、いきなり、強い力で握られた。


「!?」


「それでは、また学院でお会いしましょう」

「え、リオ?」


 は、伯爵令嬢の言葉を思い切りスルーした!?

 いやまあ、実家が子爵家でも、彼自身は伯爵家よりも位は高くはあるけども!

 ちょっと扱いが雑過ぎやしない?


「あ、あのリオネル様!?」


 令嬢が何か言おうとしたものの、リオネルは、すごいスピードで横をすり抜け、そのまま雑踏に私ごと紛れ込んだ。


「リオ。ひょっとして嫌いな子だったかもしれないけど、ちょっと対応が雑じゃないかな?」


 私は姉として、リオネルを少し諭そうとした。


「……」


 リオネルは答えない。

 そのまま、しばらく無言で歩いて、雑踏を抜けたところでリオネルは足を止めた。


「……姉上、僕をほったらかしにしようとしたでしょう」


 振り返り私を見たリオネルの顔は――お、怒っている……!!


「へっ!?」

「僕の手、放そうとしたでしょう」


 リオネルの声が若干低い。

 え、それで怒ってんの!?


「ほったらかしだなんて。令嬢が私の方もチラ見してたから誤解を生むかと思って。それに、顔見知りの令嬢がいたのなら、行っておいで、ともお姉様は思うしだね。学院の付き合いは大事でしょう」


「友達じゃない。夜会のダンスの申し込みじゃないんだよ? 今日は完全なプライベート。僕が今日、約束したのは姉上だよ」


 なるほど。

 そう言われれば、そうだけども。


「あ……うん。そうだね。でも、何も言わずにいなくなるつもりもなかったよ? ちゃんと行っておいでって言おうと」


 ドン。


 私の背後にあった木にリオネルが手をついて、私を見下ろす。

 顔が、不機嫌をキープしている。


 ……ひえっ。


 話す余地が無さそうだ!?

 こんな事で怒るような子だったかな!?


「やっぱり、あの令嬢のところへ僕を行かせるつもりだったんだ」

「き、嫌いな子だったのかな!?」

「どうでも良い相手です」

「そ、そっか。ごめん、それはお姉様が悪かったよ。ごめんね」


「それだけじゃ、ちょっと許せないかも」


 顔から瘴気がでてる。瘴気が。どうやってるのそれ。それとも私が幻を見てるのかな?!


「えー。じゃあどうしたらいいのよ」


「そうだなー……。頬にキスしてくれる?」


「それでいいの?」


「……うん。してくれないなら、僕もう帰るー」


「子供だ!?」


「僕はまだ学院卒業してないから、ギリギリ子供とみなされてもいいと思う」


「ああ、もうわかったよ。ちょっと屈んでよ」


 子供の頃から私がなにかやらかしてリオネルが許す時、謝罪に添える要求が何故かいつもほっぺチューだった。

 私にしてみたらそれで許してもらえるなら、というのがあったのだけど、さすがにこの年齢になると恥ずかしいというかなんというか。


 ちなみに、この国の成人は18歳である。

 結婚して良い年齢は男子が16歳、女子が15歳と少し年齢は下がる。


 ちょっと待て。リオネルの誕生日は春だから、今は冬生まれの私と同じ18歳のハズ。

 成人してるよ、お前!!


 と、思いつつも仕方なく要求に従う私だ。


 改めてリオネルを見た。


 当然だけど、子供の時とは背丈が違うなぁ。

 大きくなったなぁ……と思いながら、私はリオネルの肩に手を置いて、彼の頬にキスした。


 私はなんだか照れくさく、ちょっとむくれて言った。


「これでいいですか、いいですよね? 王子殿」


「まあ、いいでしょう」


 ホッとして離れようとしたら今度はランタンを持ってないほうの片手でそのまま抱きしめられた。


「な、何をやってるの!?」


 顔が熱くなってどもってしまった。

 そして耳元でリオネルがささやく。


「……しー。実はね。彼女がしつこく追ってきてこっちを見てるから、恋人のフリしてもらおうと思っただけ」


「ああ、なんだそう言うこと。早く言いなさいよ、お姉様びっくりしたよ!?」


 というか、伯爵令嬢だよね?

 私が姉だということくらい調べはついてるのでは?


 これ、意味あるの? と突っ込みたいが、なんとなく……口にしなかった。

 なんか、ほっぺたが熱い。


「姉上が僕を置いて行こうとしたから、ちょっとビックリするような仕返しを」


 仕返しされてた!!


 それにしても、態度を見るに、どうでも良いと言いつつ嫌いな令嬢なのね? そうなのね?


 うーん、そういえば。

 以前も1人だけに付き合うと厄介なことになる、みたいなこと言ってた気がするな。

 なるほど。


 ……っていうか、恋人のふり。

 ……恋人。ふむ……。


 少し想像したら、心臓が跳ねた。

 そして額石がまたトクトクと脈打ってる気がする。


 ……?


「いくら僕が『剣聖』でも、実家が子爵家だからね。あっちは伯爵家だし。僕自身には何もできないだろうけど、実家に何かされたらいやだし……。今後のために行っておくけど、ああいうのは一切スルーすることにしてる。だからね、姉上もそのあたり理解しといてください」


「う。わかった、わかったよ。お姉様も親切のつもりだったのよ。ごめんね。で、いつまでこうしてるの?」


「んー」


 回答らしい返事はなく、しばらくそのまま、リオネルは私を放さなかった。




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